第11話 嫌でも弱さを晒せない
幸は今まで、生きることに目的など持ったためしがなかった。
まるで遺伝子に組み込まれた生涯を、本能的にまっとうする昆虫のように、周囲や親から課せられた生活をこなしてきた。だが、それは日本という
力を持つ外来種は、たやすく生態系を壊すが――それがもし力を持たない弱者だったとしたら、どうやって生き残れば良いのだろう。
幸を『歯車』と称した
心と体の繋がりをよくするために、危機感という形で幸を一体化させるつもりなのかもしれない。
確かに幸はもう、意識と活動を別にする
これが『幸のあるべき姿』だというのなら、そうなのだろう。
老人は決して、幸を送る世界が安全だとは言っていなかったのだから。
妹が熱を出しただけでも大騒ぎだった世界で生まれた幸が、常に死と戦わなければならないのかと思うとゾッとした。
そんな風に落ち着いて考えたところで、自分の身に起きた全てが、さらに事実として幸の肩に重くのしかかる。
吐き気がして、自分の口を手で塞ぐもの――だがそんな幸を見て向かいに座る男は、なぜか安堵した顔をする。
「……ようやく、君が人間らしく見える」
幸は「なぜ」と口をひらくことができず、嫌な気分を飲みこむ。
すると彼は自ら言葉を繋いだ。
「こんなまともじゃない場所、状況で、最初は君のような子供が普通に立っていることさえ不思議に思っていた。それにさっきの……君が遭遇した女には、ちょっとした話がつきまとってね。女神とは、出会ったが最後、生きて帰れた者はいないと聞く。いくら無知とはいえ、僕のような人間についてくること自体、怪しいと思っていた――だからもしかしたら、君は弱いふりをして隠れ家を奪うつもりなんじゃないかって、思っていたんだ」
幸は吐き気を我慢しながら
いっそ倒れてしまいたい気分だったが、さすがにそれは出来なかった。今もまだ、幸の命の糸は簡単に切れてしまうという不安がある。リスクを考えると、今後他人の前で安易に意識を手放すことは出来ないだろう。
幸は小さな器に入った、赤い果実の飲み物で『弱気』を胃に流し込んだあと、ようやく男に訊ねた。
「……あなたは……どうして俺を助けたんですか?」
「言っただろう? 僕は仲間が欲しいのさ。見ての通り――君じゃないが、僕みたいな『殺し合い』とは無縁な男が、生き残れるとは思えないからね。誰かと手を組みたいと思って、町を張っていたんだ」
「……俺とあなたが組んで……『誰かを殺す』……?」
「もちろんだ。この催しにはいくつかルールがあってね。ひとつは、『
「必ず人を殺す……だからこの町には人がいないのか」
「いや、ここは『殺し合い』の会場として使われているだけだ。ここで暮らす者は、こういった催しのあと、死体を片付ける役割を担うかわりに、生活を保障されているんだよ」
「死体を片付ける……仕事……」
考えただけで鳥肌が立つもの、幸は大きく息を吐いてなんとか持ち直した。
男は苦笑する。
「どうだい? 君の置かれている状況がわかってきたかい?」
「……はい、まあ……なんとなく。……けど……」
「なんだい?」
――――人を殺すことなんて出来ない、と言いかけて幸は抑えた。
日本で
しかし目の前の男が、『人を殺すことが出来ない人間』とみなせば――幸は放り出されかねない。
最悪は殺される可能性も考える。
だったら、たとえ出来ないことでも出来ると言わなければならないのかもしれない――幸は弱い自分を押し込めて、本音は綺麗に隠す。
「この町に住むと苦労しそうですね」
「そうだね。僕の国には、こんな恐ろしい習慣自体ないけど……この国は王様が
「仕事を選べない……そう、ですか」
「それはそうと……さっきからずっと気になっていたんだが、僕相手にそんな丁寧な言葉は使わなくていい。僕はそれほど高い地位にいるわけでもないから、どうにも慣れないよ」
「そう、か?」
「そうだ」
「わかった。あんたのおかげで、この国での『催し』については大雑把に理解したと思う。それと今後についても話し合いたい、けど――」
「それは、僕と組んでも良いってことだね?」
「ああ。その代わり、あんたに頼みがある」
「頼み……ね。僕に出来ることで、『催し』に障りのないことであれば」
「いや、むしろあんたにもメリットはある。俺が知識を得るほど、協力できることも増えるだろうし」
「なるほど。君はこの国や催しに関する『知識』が欲しいのかな。この国のことを知りたがるのは当然か――本当に何も知らないようだしね。了解した――で、君は何を知りたいんだい?」
「まず、あんたのその言葉。どうして俺と会話ができるんだ? あの女の人は『言葉に力を与えている』と言ったが、具体的に教えてほしい」
「面白いね、君。女神と会話までしたのかい? ――女が言ったのは、おそらく
「……俺はそんな魔術は知らない……何も知らずに、何も持たずに、ここへ来たんだ」
「だったら、君は魔術師に向いているのかもしれない。君はなんの術を施さなくても、分解された『ソ』を体感することが出来るんじゃないかな」
「俺が……魔術師……になれるのか?」
「そうだね。万物の『ソ』を生まれつき感じ取ることが出来る人間は……本当に
そう言って笑った男の手は、微かに震えていた。
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