第3話 色の無い世界
***
「――
新学期早々、実力テストで早い下校。
友人の話を聞き流していた
気づけば、住宅地を挟む
「明日はマジで頼むわ。オレとしては死活問題だから」
「……まあ、忘れてなければな」
「お前が忘れたら洒落にならん。今ここで、腕に油性で書いとけよ」
「だったら当日メッセしろよ」
「朝練で忙しい俺が、なぜにモーニングコールせにゃならん。そういうのはママ村にしてもらえ。あいつなら喜んでやるだろ」
そう言って、
調子の良い飯山の冷やかしに、幸は溜め息をこぼす。
「お前の仕事代わってやるんだから、それくらいやれよ」
「――お? ママ村のことは否定しない? あいつ、あからさまだからなぁ」
「その呼び方やめろ。お前といるとうつるんだ……」
飄々としてドライな飯山は、比較的付き合い易い友人だが、他人をまともに呼ばないのが悪い癖だった。
友人は真面目すぎず弾けすぎないのがちょうど良い。
自分が欲しいとする要素があれば、幸は他人から密かに吸収した。
書店に行かなくとも、学校という小社会は
周囲からは、飯山が幸に似ているとたまに言われるが、実際は幸が模倣犯なのである。
「お前のせいで人の名前が覚えられない」
「うわ、ひっでー。あんだけ好かれてんだから、名前くらい覚えてやれよ。あいつ
「絶対違うだろソレ。ひどいのはお前だ――で、書類は机の中か?」
「おう。学年分あるから、枚数だけ確認してくれ。合宿がなければ自分でやるんだが」
「風紀委員なんてよくやる。今年は
「担任に頼まれたんだよ。誰が立候補なんかするか――んじゃ、明日頼むわ。あと、ママ村の本名がわかったら俺にも教えてくれ。あいつ、SNSではオランウータンとか名乗ってるだろ。意味わからん」
「名簿見ろ、名簿。風紀のがあるんだろ?」
「もういっそウータンでよくね?」
「お前がどう思われてもいいなら止めはしないが――それより時間、大丈夫か?」
「やっべ、集合遅れる! んじゃあな!」
分かれ道にさしかかり、飯山は幸とは違う道を全力で駆けていった。
一人になった幸は、幕を閉じるように表情を消す。
取り繕う相手もいなくなり、自動操縦に変わった
(俺は……ちゃんと友達らしく振る舞えていたか……?)
言葉の組み合わせと表情を選択することで会話を繋げてはいるもの、味覚と同じで、他人との交流に心が弾むことはなかった。
『幸の生活』という動画は、今日も感情の色が乏しく。
機械のような体は、同じ指令ばかりで時々錆びついた動きをする。
生活環境を整えて、妹の面倒を見て、
勉強をして、クラスメイトと他愛ない話をして、
また妹の面倒を見て、勉強をして――。
目次のように完成された幸の平穏。
(――――終わりを迎える時も、静かだといいが)
幸は自分の最期について考える。
無味無臭の食事をとるような生活に、虚しさばかりが募り、
――いっそ完全な静寂に包まれてしまいたい――
そんな陰りが、いつしか幸に纏わりつくようになっていた。
『戸沼幸』を保つことに、疲れを感じていた。
上流の石は流れとともにすり減って、下流で砂粒となる。それをまるで自分のようだと思っていると――ふいに、幸の周囲に突風が吹き荒れた。
「――う」
かき混ぜるようなつむじ風に、地面から青い花びらが色濃く舞い上がり、幸はきつく目を閉じる。
両腕で頭をかばい、重心を前にして強風をやり過ごす。
激しい風圧のうねりは、幸をさんざん蹴りつけた挙句、空へと吸い込まれていった。
元の静けさを取り戻したところで、幸はゆっくりと
(……今、青い花びらが……?)
夢でも見たような気分だった。
周囲を見回すもの、青い花が咲いていた形跡も、散った残骸も見当たらない。そもそも、舗装された地面から大量の花びらが舞うこと自体が、おかしな話だった。
幸は思わず鉄柵から身を乗り出し橋を見おろす。
暖かな陽の下、緑々しい雑草に包まれた
(幻覚か? 今のは一体――)
「――ちょっとぉ、そこのキミぃ!」
小さな違和感にひっかかり、放心状態の背中に、突然声をかけられた。
幸は反射的に振り返るが、咄嗟のあまり素の表情を晒してしまう。
振り向いた先には、黒い着物を乱れがちに纏った少女。
ご祝儀袋の結び切りのような複雑な髪型をした少女は、幸と目が合うなり屈託なく笑った。
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