第2話 生きる意味をシラナイ
欧風住宅の並びに不釣り合いな
広さだけなら張り合える二階戸建て――その玄関の引き戸に
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
腰に届くツインテールを揺らして出迎えた妹は、
「ただいま、
「えー、まだだし。今からやるところだし! ていうか、お兄ちゃん桜いっぱいだね」
「ああ、これはマズいな」
桜を外で払い落とし再び玄関に戻ると、妹の姿はなかった。
宿題を指摘したせいだろう。
先もって行動するのが苦手な妹も、自慢の兄がひと声かければ嬉々として動く。
人との接触を
邪魔が入らないうちに家事をこなせば無駄も省けるわけで。まずは
生活環境を円滑にするため、自分で動いたほうが早い事なら、幸は進んで行った。炊事洗濯はある程度習慣化してしまえば事務的にこなせた。
いつか独立することを考えれば、今から勉強しておくのも悪くはなかった。
私服に黒いエプロンを装備した幸は、軽く畳に掃除機をかけたあと、調理にかかる。
作るなら、栄養バランスがよく手間のかからない料理が好ましい。
幸は甘辛醤油だれに漬け込んだ豚バラを焼き、レンジで温めた玉ねぎやキャベツ、ニンジンと混ぜ合わせた。
野菜がたれと合わさって、キッチンが甘い香ばしさに包まれる。
煮物や漬物を母が大量に作り置いているので、食事はいつもフライパンひとつで調理が済む。
「――お兄ちゃん、今日のご飯はなあに?」
座卓に彩りが揃った時、無駄に鼻の利く
「いつもの野菜炒めだ。……宿題は終わったのか?」
「うん! 終わったよ。でも
そう言われるのを見越して、邪魔がいない間に作ったのだ。リクエストに応えることが習慣化すれば、面倒なことになる。
「残念だったな。オムライスはまた今度だ」
「でも明里、お母さんよりもお兄ちゃんが作るご飯のほうが好き。だって優しい味がするもん」
「そうか」
(……タレは母さんの作り置きだけどな)
医療機関で働く父母は帰宅が遅く朝も早いため、食卓はいつも二人だった。
だが慣れている明里は、二人でいることが当然のように、満面の笑みで座卓に身を乗り出す。
「お兄ちゃん、ご飯何杯までおかわりしていい?」
「太るぞ」
「明里、縄跳びいっぱいしてるから大丈夫だし!」
口いっぱいに野菜炒めを頬張る明里の向かいに幸も座る。
いつもと変わらない味。
明里と違い、幸は無機物でも
味がわからないわけではないが、食に関して特別内面が動くことはなかった。
器官で味を知ることはできても、喜びを覚えたりはしない。
幸にとって食事を摂るという行為は歯を磨くことに等しく、必要だから行っているにすぎず。
ちなみに食に執着がないということは、過分に栄養を摂ることもないため、太ることもなく――幸は常に痩せていた。
本当は口に入るものなら固形栄養食でも良いくらいだが、周りから
信頼さえあれば、干渉されないことに気づいて以来、優等生でいるのが楽だった。
幸の平和主義の根源は、弱さもあるが、他人との関わりを最低限に抑えたいという回りくどい横着さによるものでもあった。
(一度ヒキコモリになってみたい)
なかば義務感で食事をする幸は、ぼんやりと思う。
特異な行動をとることで周囲との摩擦を増やせば、両親は無理に関わってこようとするだろう。
向上心の強い両親と戦うことは幸にとって何にも耐え難い面倒事なのである。
そのため幸は、自宅が自身のテリトリーだという意識はなく、家族対応のマニュアルも存在していた。
付き合いが長い分、慣れているだけ楽だが、自分の内面と体の繋がりが薄いのは、どこにいても変わらない。
「お兄ちゃん、ご飯終わったらゲームしようよ」
「悪い、テスト前だから遊ぶのは日曜まで待ってくれ」
「……じゃあ、明里、お兄ちゃんの横でゲームしてていい?」
「イヤホンつけろよ」
「うん!」
明里は三杯目のご飯をかきこんだ後、弾む足取りで二階へと駆け上がった。
幸が明里と遊ぶのは、両親の前でだけと決めており、明里も兄がそばにさえいれば、不満を言うことはなかった。
妹の面倒をよく見ていると思わせておけば、何を言われることもない。
――――今日も実に円滑な日常を送っている、と実感しながら、幸は食器を片付ける。
見下ろせば、いつもと同じ機械のように動く手。
何も変わらず、心も動かない日々。
胸の微かな
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