第34話
智君が、未来ちゃんでも、由香ちゃんでもなく私を誘ってきた。
仕方なく、二人で歩き始めて、すぐに智君が私を呼ぶ。
「美咲先輩」
「うん?」
「僕は本気であなたを好きです!」
「……今度は冗談にしないの?」
智君が告白をしてきた。それは私の胸を締め付ける。本当は嬉しくてすぐにでも受け入れたい。
だけど、それはできない。
「はい! 最近、美咲先輩のことばかり考えてしまうんです」
「……ダメよ」
「えっ?」
つい、すぐにダメだと口にしてしまう。
だからもう覚悟を決めることにした。
「ふふ、私はダメ。未来ちゃんや由香ちゃん。智君の周りには綺麗な子ばかりじゃない。私を選んじゃダメでしょ」
「なぜですか?! ダメな理由がわかりません!」
「私はダメなの。ごめんなさい」
ダメ以上の言葉が浮かんでこなくて私は逃げるように彼の前から走り去った。
告白なんて、本気でされるなんて思ってもいなかった。いや、誰かが私にそんなことを言う状況なんて、訪れるとは思っていなかった。
だから、智君の言葉を聞いたとき、一瞬だけ心が震えた。
まっすぐな瞳。真剣な声。冗談でもからかいでもない。彼は本当に私のことを想ってくれている。そう確信できた。
でも、私はその気持ちを受け止めるわけにはいかなかった。
「智君……」
名前を呼んだ声が、どこか震えていたのは、私の中で押し殺そうとしている感情が顔を出したからだ。
けれど、私には答える資格なんてない。
「……ごめんなさい」
かろうじて絞り出した言葉がそれだった。智君は驚いたように目を見開いていた。
私は、精一杯の気持ちを込めて答えた。それ以上何も言えなかった。彼の悲しそうな表情が視界の端に映るけれど、私は見ていられなくて背を向けた。
逃げるように、その場を立ち去った。彼に背を向けて歩きながら、涙が頬を伝うのを感じた。自分でも情けなくて仕方がない。
冷たい風が頬を撫でた。夜の街は賑やかで、私だけが取り残されたような気分だった。
ふと、足元がふらつく。全身に力が入らない。
(また……)
最近、頻繁に起こるめまいと息切れ。無理をしていることはわかっている。でも、立ち止まるわけにはいかない。
そう思いながら歩みを進めると、目の前が白く霞んだ。視界が揺れて、音が遠くなる。
(ああ……倒れる……)
その瞬間、私の体は地面に吸い寄せられるように崩れ落ちた。
次に目を覚ましたのは、ぼんやりとした白い天井だった。鼻を突く消毒液の匂い。ここが病院だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「美咲先輩……気がつきましたか?」
耳に届いたのは、未来ちゃんの声だった。心配そうな顔が目の前にあり、私は思わず目を逸らした。
「未来ちゃん……どうしてここに?」
「先輩が倒れてるのを見つけたんです。それで、すぐに救急車を呼びました……本当に心配しましたよ!」
「ごめんなさい……迷惑かけたわね」
私がそう言うと、未来ちゃんは涙目になりながら首を振った。
「迷惑なんかじゃないです! でも、先輩、本当に無理しすぎですよ。体調が悪いならちゃんと休まないと……」
その言葉に、胸が痛んだ。彼女の優しさが私の中の何かを揺さぶる。
「ありがとう、未来ちゃん。でも、私、大丈夫だから」
「嘘です! 先輩、そんな顔してないです! 私がどれだけ心配したか……」
彼女の涙が頬を伝うのを見て、私は胸が締め付けられるような思いだった。余命が短い私が誰かに心配をかけるなんて、そんな資格はない。
「未来ちゃん、泣かないで……」
「泣きますよ! だって、先輩が自分のことを大事にしてくれないんだもん!」
未来ちゃんの言葉に、私は何も言い返せなかった。自分を大事にしない……その通りだと思ったからだ。
医師が入ってきて、簡単な診察を始めた。未来ちゃんはその間も、心配そうに私を見つめている。
「黒曜さん、あなたはこれ以上無理を続けると本当に危険です。今すぐに精密検査を受けて、しっかり治療計画を立てる必要があります」
その言葉を聞いても、私はただ頷くことしかできなかった。
診察が終わり、未来ちゃんと二人きりになると、彼女は静かに問いかけてきた。
「先輩、私に何か隠してませんか?」
その言葉に、私は一瞬息を呑んだ。
「……何もないわよ」
「嘘です。先輩、本当のことを話してくれないなら、私……もう何もできません」
その瞳に浮かぶ悲しみが、私を追い詰める。
(何も言えない……)
私は未来ちゃんの優しさに応えることができず、ただ俯いてしまった。彼女の問いかけに答える勇気なんて、私にはなかった。
「先輩、どうか、自分のことをもっと大事にしてください。私も智先輩も、みんな先輩が大事なんです」
その言葉が、私の心に深く突き刺さった。
「……ありがとう」
それだけを絞り出すように呟くと、未来ちゃんは優しく微笑み、私の手を握ってくれた。
病院のベッドに横たわりながら、私は天井を見つめていた。
(智君……)
彼の真剣な告白の言葉が、何度も耳に蘇る。私が断ったことで、彼が傷ついたことは間違いない。
だけど、それでいいんだ。私は彼の未来を奪いたくない。それが私にできる、唯一の選択肢だと思っている。
それでも、心の奥底で彼のことを考えてしまう自分がいる。
(私は本当に、これでよかったの……?)
その問いに答えが出ることは、まだなかった。
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