第33話

 教授の一件で、智君が私を調べていることは理解できた。


 だけど、私のことよりも、未来ちゃんや、幼馴染の由香ちゃんと仲良くしてほしい。そう思っていると、由香ちゃんのストーカー問題について進展がないことを懸念するようになっていた。


 私は彼は一見無気力に見えるけれど、意外に友人や大切な人たちを守るためには動ける智君のことは素敵だと思う。


「由香ちゃんと智君がデートをすればいいのよ。二人で出かければ、ストーカーはきっと近くで様子を見たくなるはずだから」


 私の提案を受けて、智君はすぐに由香ちゃんを誘って、その週末に智君と由香ちゃんはデートという形でストーカーを誘き寄せる計画を立てた。


 智君には内緒で、二人を見守るために私は裏で行動する準備を進めていた。どうせ彼は私のことに気づかない。


 デート当日、私は少し離れた場所から二人の様子を見守ることにした。


「美咲先輩! いいですか? お二人のデートを覗いて」

「ふふ、未来ちゃん。これは由香ちゃんのストーカーを突き止めるためよ。二人だけじゃ見逃しちゃうのを見守ってあげるの」

「なるほど! 私も頑張るのです!」


 私は未来ちゃんと一緒に二人を見つめながら、あたりを見渡した。


 智君はいつもとは違って、何かを気にしている様子で由香ちゃんと話していたけれど、その瞳は鋭く周囲を警戒している。やっぱり緊張しているのね。


 由香ちゃんは、彼の隣で少し微笑んでいる。その微笑みは、智君への信頼を感じさせるものがあって、私は少しだけ胸が締めつけられる思いがした。


(これでいいのよ。二人には幸せになってもらわないと)


 そんなことを考えながらも、私の目は二人ではなく、周囲の人影に集中していた。


 しばらくして、彼らの後をつけるような怪しい人影が視界に入った。長身で目立たない服装をしている男性。その動きはぎこちなく、視線は明らかに由香ちゃんに固定されている。


(この人がストーカーね……)


 私は静かにその男を追跡しつつ、彼の正体を探ることにした。だが、近づくにつれてその顔に見覚えがあることに気づく。


 やっぱり彼なのね。


「未来ちゃん。ちょっと席を外すわね」

「えっ? でも、智先輩が今から」


 二人の様子を見れば、彼らをつけていた男と智君が対峙している。だけど、それは智君に任せれば大丈夫よ。


「そっちは智君に任せるわ。未来ちゃんも智君の勇姿を見届けてあげて」

「美咲先輩?」


 私は未来ちゃんと離れてもう一人の男性の影を追いかける。


 由香ちゃんの元カレであり、智君の友人でもある田中拓也君。


 智君は拓也君を友人であり、信じていると言っていた。


 だけど、明らかに拓也君の瞳は智君が信じている友人のものではなかった。


 彼の目は嫉妬と執着に満ちていて、間違いなくストーカーそのものだった。


 私は彼に近づき、静かに声をかけた。


「田中君」


 彼は驚いて振り返り、私の顔を見るなり怯えたような表情を浮かべた。


「黒曜先輩……どうしてここに?」

「それは私のセリフよ。どうしてここにいるのかしら? その答えを私が言うよりも、あなたが一番よくわかっているはずよね?」


 私は冷静な声でそう告げると、彼は目を泳がせながら言い訳を始めた。


「俺は……別に怪しいことは何もしてない。ちょっと……由香のことが気になっただけで……」


 その言葉に、私は冷たい視線を向ける。


「気になるだけで、こんなふうに彼女を監視して、脅すような手紙を送るの? 拓也君、あなたがやっていることは立派な犯罪よ」


 彼は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「俺だって、悪いことをしてるってわかってる! でも……でも、由香が俺と別れて、他の男と仲良くしてるのを見るのが耐えられなかったんだ! しかもやっぱり俺を振った理由は智で、どうしていつもあいつばっかり!」


 その叫び声に、私はため息をついた。


「だからって、こんなことをしていい理由にはならないわ。智君や由香ちゃんがあなたの正体に気づけば、二人ともあなたを失望するだけよ」

「……」


 彼は何も言い返せなかった。私は少しだけ声を落として、厳しさを込めて話を続けた。


「あなたはもう振られたの。これ以上、付き纏うなら、私はあなたを警察に突き出すわ。たとえ一度で警察に捕まらなくても、由香ちゃんはあなたを遠ざけ、智君はあなたを友達とは思わなくなる」

「くっ?!」

「あなたのことは黙っていてあげるから、金輪際二人に関わらないで」

「……どうして黙ってくれるんですか?」


 ストーカーである彼は誰かに止めてもらわないと止められない。だけど、教授と違って彼は犯罪者の一歩手前であり、初恋に敗れた、ただ嫉妬に狂っているだけの大人になれない子供。


「それは、智君があなたを大切な友人だと思っているからよ。でも、次に同じことをしたら、私も手加減しないわ。そうね。今の会話を録音して、私の知り合いに送ったわ。もしも、私に何かあってもあなたの悪事は暴かれる」


 その言葉に、彼は震えたように頷き、ゆっくりとその場を去っていった。その背中を見送りながら、私はほっと胸を撫で下ろした。


(これで一応は解決ね……)


 智君と由香ちゃんの姿を探すと、彼らは楽しそうに笑いながら歩いていた。私の胸に少しだけ温かいものが広がった。


(これでいい。私の役目はこれで終わり)


 彼らが幸せになるために、私は影に徹することを改めて心に決めた。


「さようなら、拓也君。そして……がんばって、智君」


 私は小さく呟きながら、彼らの元へ向かって歩き出した。


「智君、みんなを連れてパーといきましょう!」

「えっ? 美咲先輩いたんですか?」

「ふふ」


 本当に楽しい。智君を中心に私は今まで生きてきた中で、一番楽しいわ。

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