第31話
私はあの日、病院で告げられた。
「黒曜さん。あなたの余命は半年です」
「えっ?」
その言葉が耳に届いた瞬間、私は現実感を失った。
思わず声を漏らしたが、医師の表情は変わらなかった。真剣で、でもどこか冷たく響くその声が、私の中に否応なく現実を突きつける。
「今年いっぱい生きられるのか、それすらも怪しいです」
机に置かれたカルテの上に、診断結果が書かれているのだろう。けれど、その内容を見ても何が書いてあるのか理解できる気がしなかった。
私は言葉を失い、ただ座っているだけだった。手が震えているのがわかる。けれど、涙は出てこない。
「冗談ですよね……? 私はまだ若いし、そんなわけないです」
思わず笑いながら言った。笑わなければ、泣いてしまいそうだったから。
「残念ながら、冗談ではありません。あなたの症状はかなり進行しています。これまで無理をしていた分、急速に悪化しています」
医師の目を見たくなかった。彼の言葉を聞きたくもなかった。
けれど、耳に届くその言葉から逃れることはできない。
あの日、病院からの帰り道、私は何も考えられなかった。足元がふらつき、景色がぼやける。街を歩く人々の笑顔や何気ない会話が、私には遠い世界のものに感じられた。
「半年しか生きられない」
その言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。
私はどうしてこんなことになったのだろう? なぜ私がこんな病気にならなければいけなかったのだろう? 理由を探しても、答えなんて見つからない。
家に帰ってからも、部屋の中はただ静寂に包まれていた。手に持っていた診断書をテーブルの上に置くと、それ以上何も考えたくなくて、布団に潜り込んだ。
けれど、眠れるわけがなかった。
それからの私は、自分でも驚くほど冷静だった。感情を封じ込めて、何事もなかったかのように振る舞うことを選んだ。
まず最初に考えたのは、周囲の人にこのことを隠すことだった。友人にも、誰にも言いたくなかった。きっと心配をかけるだけだし、余命を告げられた人間として扱われるのが怖かった。
それに、もし誰かに「可哀想」と思われたら、それこそ自分が壊れてしまうと思った。
だから、私は普通に生活を続けることに決めた。大学にも通い、サークルにも顔を出し、何事もないかのように振る舞う。
だけど、それは簡単なことではなかった。
夜になると、どうしても一人になる時間が訪れる。その時に、ふと胸の奥から湧き上がる不安や恐怖を抑えることができなかった。
「本当に、あと半年しかないんだろうか……?」
そう考えるたび、体が冷たくなるような感覚に襲われた。
そんな時だ……。
私の気持ちなど考えていないふざけたことを言ってきた男子生徒。
「先輩、おっぱい見せてください!」
言われた瞬間、意味が分からなくて、普通にしようとしている私に、この子は私の気持ちも知らないで……怒りが湧いてきた。冷たい視線を向けて、彼を睨みつける。
暑い夏の日差しと、彼の汗によって外の暑さが感じられる。
「なんて言ったの?」
私は彼の言葉にそうやって問いかけた。その間も頭の中はグルグルと思考が働いて、彼の言葉を理解しようとしている。
だけど、私の態度に何を思ったのか、彼は慌てて、「冗談です」と言って誤魔化そうとした。
その態度が苛立ちを通り越して、面白くて、怒りを感じていた私はもっと彼の困った顔が見たくなった。
「本気なの?」
だから、彼の困った顔を見たくて、私は挑発的な態度を取ることにした。
人の気持ちも知らないで、失礼なことをいう後輩を懲らしめてあげる。ううん、どうせ襲われても私に未来はないのだから、どうでもいい。
そんな気持ちが私を大胆にさせる。
「いいよ、見せてあげる。でも、見たらどうするの?」
私がボタンを外すたびに、彼は涙目になる。それが背中にゾクゾクとした快感をもたらしてくれる。
「それで、私の何が変わるの? 君の何かが変わるの?」
「先輩、やめてください!」
彼の瞳は恐怖に怯えていた。こんな死んでしまう私に声をかけて、涙目で冗談だと必死になる彼の姿はあまりにも滑稽で、今まで私が苦しんできたのが嘘のように楽しい。
ブラウスを脱いで、キャミソールに手をかけたところで、彼は目を閉じて、必死に私の姿を見ないようにしていた。
不意に、こんなガリガリで病的な体を見せることが悲しくなってしまった。
「……ふふ」
それは自傷的な笑いだった。私は何をしているのだろう。
「ごめん、冗談よ。本当に冗談。ただ、あなたがあんまりにも必死だったから、つい面白くてね……」
本当に楽しいと思っていた。久しぶりに心から笑っていた。
最初の言葉は最低だと思ったけど、彼の態度はとても楽しくて、楽しませてもらった。
「ところで、どうしてあんな冗談を言おうと思ったの?」
「えっ……それは……」
彼は一瞬言葉を詰まらせた。
「……いや、先輩が最近元気なさそうだったから、少しでも元気づけようと思って……」
私は普段通りにしているつもりだった。だけど、彼は私の変化に気づいて元気づけようとしてくれていた。それがなんだか嬉しくて笑ってしまう。
「ありがとう、あなた、優しいね」
とても真面目で人のことなど見ていないと思っていた子が私を見ていた。それがなんだかおかしくて、嬉しかった。
それからの日々は、一つ一つが私にとっての宝物になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます