第30話
《side黒曜美咲》
「会いたいです」
その短い言葉が、スマホの画面に映し出されている。
彼、佐藤智君と出会って、2年が経とうとしている。まさか、こんなにも彼との関係が深いものになるなんて思いもしなかった。
そして、いつも無気力で他人から距離を取って、そこそこに上手く人付き合いをしている彼が、私に告白をする日がくるなんて思いもしなかった。
スマホを握りしめたまましばらく動けなくなってしまう
智君からのメッセージ。
彼と話すようになってからは、軽い会話や、冗談交じりのやり取りがほとんどだった。元々の彼を見ていて、こんな真っ直ぐな言葉が送られてくるなんて思いもしなかった。
「……どうして?」
誰にともなく呟くと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
智君のことを思うと、私の心は罪悪感と、切なさで押しつぶされそうになる。
彼にだけは迷惑をかけたくない。むしろ、私が今こうして距離を取っているのも、私のことを彼に知られたくないからだ。
病室から、彼の姿は見えていた。私を追いかけてきたのだとすぐにわかった。
彼がそんなにも行動的な人だとは思っていなかったけれど、どこか嬉しいと感じる反面、申し訳なさが浮かんでしまう。
何度も振り返らないようにしてきたはずなのに、智君はその度に私を追いかけてくる。彼の存在が私の中をどんどんと大きくして、私の心を揺さぶる。
彼の不器用だけど一生懸命な態度が、どれほど私の心に触れてきたか。スマホをテーブルに置き、深呼吸をした。
病院のベッドの上は静かで、今は他の患者もいない。聞こえるのは、窓の外を吹き抜ける風の音と、私の心臓の鼓動だけだ。
「どうして……」
再び呟くと、思い出が頭をよぎる。
彼が私に告白したあの日。
あの瞬間、私は確かに心が揺れた。けれど、彼を受け入れるわけにはいかなかった。病室に置かれた手帳に目をやる。そこにはスケジュールが細かく書き込まれている。
「次の検査は……」
ページをめくると、血液検査やCTスキャン、カンファレンスの日程が並んでいる。腫瘍内科の医師たちは親切で、私の病状についてできる限りの説明をしてくれる。けれど、その説明の一つ一つが私にとってどれだけ重い意味を持っているのか、彼らもわかっているのだろう。
私は知っている。この体がどれだけ長く持つのか、どれだけ無理をすれば倒れるのか。
昨日、智君に倒れる姿を見られてしまった。
あの時、彼はどんな気持ちだったのだろう。驚き、焦り、心配してくれた。でも、あの一瞬で彼に重荷を背負わせてしまった気がしてならない。
「会いたい、か……」
再びスマホを手に取る。
この言葉を素直に受け入れていいのだろうか。私の中で迷いが生まれる。
自分の体調を知れば、彼はもっと心配するだろう。それでも、彼の真っ直ぐな気持ちに応えられないのは、私が臆病だからだ。
彼は強い。けれど、その強さを私のために使わせるわけにはいかない。
私には時間がない。限られた時間の中で、やらなければならないことがある。
「……智君」
画面を見つめながら、私はそっと返信を打ち始めた。
「ごめんなさい、今は会えないの。でも、気にかけてくれてありがとう」
送信した瞬間、胸の奥が締め付けられるような感覚が広がる。
これで良い。これで彼の気持ちを遠ざけることができるはずだ。けれど、送信したメッセージの文字列が、どこか遠く感じられた。
彼の「会いたいです」に込められた感情を、私は本当に拒絶してしまっていいのだろうか。彼の優しさを、彼の真剣さを。
次第に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
スマホを握りしめたまま、目を閉じる。
智君。あなたは私にとって、どうしようもない光みたいな存在なの。
あの日……。
「先輩、おっぱい見せてください!」
私の心に衝撃を与えた。
それがどれだけすごい事か君はわからないでしょうね。
彼に追いかけられると、いつか私の本当の心に触れられる気がする。でも、その光が私の手に届く前に消えてしまうことが、何よりも怖い。
しばらくして、私はスマホを手に取る。
「やっぱり……」
そう呟き、返信の履歴を開き直す。彼のメッセージがそこにある。それを消してしまいたい自分と、もう一度だけ素直になりたい自分がいる。
迷いながら、私はもう一度彼の言葉を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます