第27話
僕は由香に励まされたことで、もう一度美咲先輩に向き合おうと決意し、サークルに足を運んだ。
昼下がりのキャンパスは静かで、風に乗って遠くの笑い声や講義の声がかすかに聞こえてくる。そんな中、僕は期待を胸に、扉を開けた。
だが、部屋にいたのは未来さんだけだった。
「こんにちは、未来さん」
「こんにちは、智先輩」
「美咲先輩を見なかった?」
尋ねると、未来さんはスマホをいじっていた手を止め、僕を見上げた。その顔はいつものように明るい笑顔を浮かべていたが、どこかぎこちなさを感じた。
「えっと、今日は美咲先輩、来ないんですよ」
「え、そうなんだ。何か予定があるとか聞いてる?」
僕は期待がしぼむのを感じながら問いかけた。未来さんは一瞬だけ視線を逸らし、曖昧に微笑んだ。
「そうですね……まあ、そんなところだと思います」
その言い方に、胸がざわつく。
未来さんの表情には何か隠しているような気配があった。僕は思わず部屋の中を見回し、美咲先輩の席が空いているのを確認すると、立ち上がった。
「じゃあ、他の場所にいるかもしれませんね。ちょっと探してくれるよ」
未来さんが目を見開き、慌てて僕を止めた。
「あの! 待ってください、智先輩!」
「えっ?」
「美咲先輩は、大学に来てませんよ」
「どうして?」
僕は呼び止められて、未来さんが美咲先輩の事情を知っていると確信が持てた。振り返り、未来さんをじっと見る。
未来さんは少しだけうつむいて、言いづらそうにしている。
「どうしていないのか、知っているんだよね?」
僕の問いかけに、未来さんは困ったように唇をギュッと噛んで、言葉を詰まらせた。彼女は嘘をつけない人で、悪いと思いながらも彼女に詰め寄る。
「未来さん、何か知ってるなら教えてくれないか?」
「どうして?! どうして、そんなに知りたいんですか?」
未来さんは、強い意志を込めた瞳で俺を見つめる。
その瞳にどんな意味が込められているのかわからない。
だけど、未来さんには素直に言えるような気がした。
「僕、美咲先輩に告白したんだ!」
「ッッッ!」
口にした言葉に、未来さんは目を大きく見開いた。そして、ほんの一瞬だけ悲しそうな表情を見せたが、それをすぐに隠すように柔らかい笑顔を浮かべる。
「そうだったんですね……智先輩がそんな勇気を出したなんて、ちょっと意外です」
それまで必死に何かを隠そうとしていた。未来さんは、肩の荷が降りたように微笑んだ。
「まあ、自分でも意外だった。でも、その時は伝えなきゃいけないと思ったんだ。だから、未来さん、教えてください。お願いします」
俺は彼女に向けて頭を下げた。
未来さんはしばらく僕を見つめていた。
「ふぅ〜」
やがて観念したように息をついた。そして、小さな声で言った。
「先輩は今、検査入院しているんです」
「検査入院?」
その言葉に、心臓が一瞬だけ大きく脈打った。思いがけない言葉だった。
「そうです」
「何の検査?」
未来さんは口を閉ざし、何も答えない。彼女の顔には迷いが浮かんでいる。僕はさらに問い詰めるように言葉を重ねた。
「未来さん、何か知ってるんですよね? どうして教えてくれないんだ?」
未来さんは目を伏せ、何かを思い詰めたようにしていた。そして、再び顔を上げたとき、その目にはほんの少しの涙が滲んでいた。
「私、本当に詳しいことは知らないんです。ただ、先輩はたまに体調を崩していて……智先輩の前では見せないようにしてました。気分が沈んだり、顔色が悪いのを化粧で誤魔化したりしていたんですよ」
いつも気だるそうにしていた美咲先輩。そして、あの独特な化粧。
「それで今回、詳しい検査をするために入院したって」
「でも、それだけなら教えてくれてもいいんじゃないですか? まるで隠さなきゃいけないことみたいじゃないですか」
僕の言葉に、未来さんは苦笑いを浮かべた。
「だって、智先輩、私が何を言っても先輩のことを心配するでしょう?」
「当たり前じゃないですか! 振られたけど、美咲先輩を心配する権利は俺にもあるはずだ! 先輩がどんな状況なのか知りたいんだ」
未来さんはしばらく黙っていたが、やがてポツリと言った。
「本当に、私も詳しいことは知らされてないんです。先輩は私に『心配する必要はない』って言って笑ってました。だけど、検査って言っても、入院って言えば心配されるのは嫌だから黙っておいてって」
「……美咲先輩らしいね」
少しだけ笑ってしまった。だから、既読もつかなかった。そう思えば納得できた。
「はい。だから、何かあっても平気なふりをするから……私もそれ以上、聞けなくて」
未来さんの言葉に、胸が締めつけられる。美咲先輩のあのいつもの飄々とした態度の裏に、そんな不安が隠れていたなんて。僕は一体、彼女の何を見ていたんだろう。
「智先輩、先輩のことが本当に好きなんですね」
未来さんの静かな言葉に、僕は頷いた。
「うん。自分でもビックリだけどね。正直、自分でもこんなに考えるなんて思わなかった。でも、美咲先輩のことをもっと知りたい。どうして僕の告白を拒否したのか、どうして美咲先輩がいつもあんな風に振る舞うのか……知りたいんだ」
未来さんはその言葉を聞いて、小さく微笑んだ。
「智先輩、美咲先輩が戻ってきたら、ちゃんとその気持ちを伝えてくださいね。そして、美咲先輩が何を隠しているのか、どうしてそんなに孤独そうに見えるのか、聞いてあげてください」
「未来さん……」
彼女もわかっていたんだろうな。だけど、彼女の立場では体調の悪さには気付けても、それ以上は聞けなかったでしょうね。
「私も、美咲先輩に誰かにちゃんと向き合ってほしいと思ってます。智先輩なら、もしかしたらその相手になれるかもしれないから」
未来さんの言葉には、どこか切実なものが込められていた。その表情を見て、僕は決意を新たにした。
「ありがとう。美咲先輩が戻ってきたら、もう一度ちゃんと向き合ってみるよ」
「はい、その時は全力で応援しますね」
未来さんの微笑みに、僕も小さく頷いた。
美咲先輩のいないサークルの部屋には、どこか静かな緊張感が漂っていたが、その中で僕の心には小さな光が差し込んだ気がした。
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