第25話

 僕は一人で考えていても答えは出ないと結論づけて、結局、美咲先輩に直接問いかけることを選んだ。


 今までの僕は馬鹿だった。自分から動こうとしないから、美咲先輩には振り回されてばかりで、からかわれては曖昧な態度で逃げられてきた。


 だけど、未来さんの教授の一件や、由香のストーカー事件を通して、自分が動ける人間だと知った。


 だからこそ、今回は違う。自分から美咲先輩を誘い、彼女をもっと知るために積極的に動くべきだと考えた。


 僕は大学の昼休み、美咲先輩がよくいるキャンパスの中庭に向かった。


 彼女が日差しの中でぼんやりとベンチに腰掛けているのを見つけ、心の中で軽く息を整える。


「先輩、こんにちは!」


 声をかけると、美咲先輩は驚いたようにこちらを振り返り、すぐにいつもの飄々とした笑みを浮かべた。


「どうしたのかしら? 智君がサークル以外で私に話しかけるなんて、図書館以来じゃ無いかしら?」

「今日は、美咲先輩を誘いに来たんです」

「私を誘って? ふふ、面白いことを言うのね。いつも一緒に飲みに行ったり、未来ちゃんとサークルでお話をしているじゃない。由香さんの時にも四人でレストランに行ったわよ」


 その通りだ。言ってから少しだけ恥ずかしくなりながらも、今回の僕はみんなと行きたいわけじゃない。


「今回は美咲先輩と二人で、行きたいと誘いにきました」

「ふふ、誘うって? 智君が私を? なかなか面白くない。どこに連れて行ってくれるのかしら?」


 どうやら誘いには応じてくれるようだ。だけど、それで喜んじゃダメだ。今のままではいつもと変わらないまま、美咲先輩のペースに持っていかれる。


「えっと、どこがいいかはまだ決めてないんですが、例えば……映画とか、カフェとか」

「へえ、映画とかカフェね。どっちもいいわね。でも、急にどうしたの? 智君から誘われるなんて、何か企んでいるんじゃないかと疑ってしまうわね」

「うっ! そんなことないです!」

「そんなに慌てて否定しなくてもいいわよ。智君は可愛いわね」

「くぅ〜!」


 美咲先輩はにやりと微笑んで、僕の顔をじっと見つめてくる。その視線にはどこか試すような色が見えたが、僕は気持ちを強く持ち続けた。


 本当に美咲先輩は手強い。


「美咲先輩のことをもっと知りたいんです。からかわれてばかりで、結局、先輩がどんな人かほとんどわからないままだし。悪いですか?」


 恥ずかしさを押し殺して、本当のことを告げると、先輩はキョトンとして、驚いた顔を見せてくれる。


 そんな顔を見るのは初めてなので、僕としても不思議な気持ちになって、その後に顔が熱い。


「ふふ、そういうことね。でも、智君、そう簡単に私のことがわかるとは思わないでよ? 知りたいのはわかるけど、私も全部話すつもりはないから」

「それでもいいんです。ただ、先輩とちゃんと話したいんです」


 僕は少しだけ心も熱くなっていた。美咲先輩もそれに気づいたのか、ほんの少し口元を緩め、何かを考えるように視線を外す。


「うーん、じゃあ、そうね……智君がここまで言うなら、付き合ってあげようかしら。せっかくだから少し歩きましょうか? 映画もいいけど、まずはゆっくり話すのがいいかもしれないしね」

「本当ですか? ありがとうございます、美咲先輩!」


 僕の喜びに満ちた声に、美咲先輩はくすっと笑いながら立ち上がった。


「じゃあ、出発しましょうか。あんまり期待しないでね? あなたが思うようなことは、何もないかもしれないわよ」


 そう言いながらも、彼女はいつもとは少し違う、どこか柔らかい雰囲気で僕を見つめていた。僕たちは一緒にキャンパスを歩きながら、大学を出てどこに向かうでもなく歩き出した。


 美咲先輩は珍しく、何も話をしないで。僕の横に並んで歩いてくれる。


 未来の話や、美咲先輩がどんな人なのか、聞きたいことは山ほどあるはずなのに、横を歩いている美咲先輩の顔を見ていると、全てがどうでも良くなるような気分にさせられる。


「じっと私の顔を見てどうしたのかしら? お話をするんじゃなかったの?」

「僕は……美咲先輩のことが好きなのかもしれません」

「……そう」


 今、僕は何を言った? 告白? 告白をしたのか? だけど、美咲先輩は、聞こえなかったのではないかと思うほどにさらりと話を流してしまった。


 これはどっちなんだろう? 聞こえていなかった?


「それで、智君。私のことを知りたいって言ってたけど……どこから聞きたいの?」

「えっと……その、美咲先輩? 今の聞こえていなかったってことですか?」

「うん? 智君は私が好きだから、私のことを知りたいってことでしょ?」


 美咲先輩は少し口を開いて僕を見つめた後、自販機の前に移動して、少しだけ冷たくなった風から体を温めるために、ホットltコーヒーを買って、僕にも渡してくれた。


「はい」

「ありがとうございます」


 僕は美咲先輩に男として相手にされていないのだろうか? だけど、告白してわかった。僕は美咲先輩が好きなんだ。


「美咲先輩」

「うん?」

「僕は本気であなたを好きです!」

「……今度は冗談にしないの?」


 美咲先輩はからかうように微笑んで、少しだけ肩をすくめた。


「はい! 最近、美咲先輩のことばかり考えてしまうんです」

「……ダメよ」

「えっ?」

「ふふ、私はダメ。未来ちゃんや由香ちゃん。智君の周りには綺麗な子ばかりじゃない。私を選んじゃダメでしょ」

「なぜですか?! ダメな理由がわかりません!」

「私はダメなの。ごめんなさい」


 彼女はダメとごめんなさいという言葉を残して、走り去ってしまった。

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