第24話
浴びるように酒を飲んで、三人と別れた僕は静かな夜の部屋に戻ってきた。
ふと一人になると、美咲先輩のことが頭に浮かんでしまった。
教授との関係があるかと思い悩んだ日々、由香のストーカー騒動に追われた日々。それらが一段落して、何事もなかったように日常が戻った今。
少し気が抜けた反面、妙な虚しさが心の中に広がっていた。すべてが片付いたようでいて、どうしても心に引っかかる。結局、美咲先輩のことがわからないままだ。
美咲先輩がぽつりと言った「未来から来た」「大切なものを失った」という言葉。
彼女の笑顔の奥に垣間見えた影。
その先には、僕が知り得ない過去が隠されているのかもしれない。そして、それが「未来」だというのなら、僕の想像を遥かに超える何かが、彼女の人生には存在しているのだろうか?
そもそも、美咲先輩が未来の話をする時、その目に宿る悲しみは作り物ではなかった。本気で何かを背負っている、そんな強さと脆さが彼女の言葉ににじみ出ていた。
僕が信じたくて信じたわけじゃない。けれど、彼女の表情や目に映るものが、僕にその言葉を信じさせた。
では、あの「大切なものを失った」というのは、一体どういうことなのか? それが家族や恋人といった、彼女の心の中で特別な存在を意味しているのなら、僕が思っている以上に深い悲しみが、彼女の胸の奥に秘められているのかもしれない。
それを美咲先輩はひた隠しにしている。
表面的にはふわっとした無気力な態度を見せながらも、芯の強さや鋭い観察力を持ち続けている美咲先輩を見ていると、僕は時々、彼女の中にどうしようもない孤独が潜んでいる気がしてならなかった。
未来から来た、という言葉が現実だとしたら、美咲先輩はどんな思いでこの時代にやってきたのだろう? 彼女にとっては、ここにいる僕たち全員が過去の人間であり、知り尽くした歴史の一部なのかもしれない。
その視点を持つ彼女が、日常に馴染むことができないのは当然かもしれない。
今、彼女が感じている世界は、彼女が知っているはずの未来とは違うものかもしれない。その矛盾を抱えながら生きることがどれほど辛いことなのか、僕には到底想像できない。
ただ、もし彼女がその悲しみを口にしたとして、僕は彼女の話を真剣に聞くことができるだろうか? 未来を失った先輩の言葉に、どれだけの重みを感じることができるだろう。
もし彼女がここに来るまでの間に誰かを失っているとしたら、その「誰か」がどれほどの存在であったのか。
そして、それが彼女の未来を変えるほどの出来事であったのだろう。
僕はただ、「わかるよ」と簡単に言える立場ではないし、そんな軽々しい同情を彼女に向けてしまうことが怖い。だからこそ、僕は何も言わずに見守るしかないのかもしれないが、その気持ちだけでは彼女に対して何もしてやれない。
僕が知っている美咲先輩は、ダウナー系で、時折ふっと遠い目をしている。
そして、見た目はモデルのように美しく、周囲からも一目置かれる存在だ。
だけど、その表面の下には、彼女だけの秘密が眠っている。僕にそれを覗く資格はないのかもしれないが、知りたいと思ってしまう。
美咲先輩の本当の姿に触れたいと、僕はいつの間にか感じているのだ。
そして、もう一つ疑問がある。
美咲先輩は本当に未来から来たと言っていたが、ならば「未来」とは一体どんな世界なのだろう。
彼女が知っている未来は、僕たちが想像するよりも遥かに異なるのかもしれない。
今の時代では考えられないほど進化した科学技術や、僕たちが知らない常識、歴史の転換点など、僕が知るよしもないものが詰まっているのだろうか。
そして、その未来で一体何が起こったのか。彼女が「未来で誰かが死んだ」と言った言葉の背景には、何が隠されているのだろう。
彼女はその未来を救うためにここに来たのか、それとも過去を修正するために戻ってきたのか。
どちらにしても、僕には到底理解できない壮大な計画が彼女の胸の中に秘められているのかもしれない。だが、彼女がそれを打ち明けることはないだろう。
きっと彼女は、誰にも言わずに一人でその思いを抱え続ける覚悟を決めているのだ。
僕は一人ベッドに横たわりながら、ふとそんなことを考えていた。
美咲先輩が未来から来たという話を、あのとき信じた自分がいた。
その自分に少し驚きつつも、どうしても彼女の話が嘘だとは思えなかったからだ。彼女の悲しみや、背負っているものの重さが、僕にはどうしようもなく本物に感じられたのだ。
今こうして思い返してみても、彼女が語る「未来」がどんなものであるかはわからないし、彼女が何を失ってきたのかもわからない。ただ、ひとつ確かなのは、僕がそんな彼女の孤独を少しでも和らげることができたらと思ってしまうことだ。
僕がこうして悶々と悩んでいる間にも、美咲先輩はどこかで一人、自分の未来と向き合っているのかもしれない。
彼女はその強さと孤独の中で生きている。
それが僕には痛いほどわかる。美咲先輩の背負っているものが、僕には重すぎるとしても、何かできることがあるのなら、それを知りたい。
一体、彼女は何を隠しているのだろう?
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