第22話

 教授の一件が、一応は解決したと思う。本当は警察や、学校に相談するべきことだと思う。だけど、僕は今回のことにこれ以上関わるつもりはない。


 教授が、これから犯罪をするとしても、それはもう僕には関係ないことだ。


 それよりも、実害を受けている由香のストーカー対策を本格化する。


 まず拓也が最も怪しいと考えている。拓也の動向を注意深く見守ることにした。拓也は由香の元カレであり、彼女の周りで姿を目撃されることが多い。


 それでも、拓也がストーカーである確証はなく、慎重に確認する必要があった。


 そこで、美咲先輩が罠を仕掛けることを提案してくれた。


「どういうことですか?」

「由香ちゃんと智君がデートをすればいいのよ。二人で出かければ、ストーカーはきっと近くで様子を見たくなるはずだから」


 その案に僕は一瞬戸惑ったが、由香が不安を抱えたままでいることを思うと、効果的な方法かもしれないと考えた。


「わかった。由香に声をかけてみるよ」


 その日の午後、僕は由香に「今度、一緒に出かけないか?」と誘ってみた。


 彼女は少し驚いたようだったが、すぐに微笑んで頷いてくれた。


「うん、行こう! 智君と一緒なら、なんだか楽しみ」


 由香の表情に浮かぶ笑顔は、心からのもののようで、僕も少しだけ緊張がほぐれた。だが、頭の片隅にはストーカーの存在が残り、油断はできない。


 デート当日。


 僕たちは都心のカフェで待ち合わせをした。由香はいつもよりも気合いが入った服装で現れ、少し照れくさそうに「どう?」と尋ねてきた。


「うん、似合ってるよ。すごく素敵だ」


 率直に褒めると、由香は頬を赤らめて小さく笑った。その仕草が可愛らしく、僕も自然と微笑んでしまう。


「今日はどこ行く?」

「そうだな、まずはゆっくりとカフェでお茶しようか。その後は、少し散歩でもしながら気になるお店を見て回ろう」


 僕たちは予定通りにデートを始めた。


 カフェでコーヒーを飲みながら、近況や昔の思い出話に花を咲かせる。由香は楽しそうに笑いながら話し、時折目が合うと少し照れくさそうに視線を逸らす。まるでこれが本当に恋人同士のデートであるかのようだ。


「智君とこうやって一緒に過ごすの、なんだか懐かしいね」

「そうだな。高校の時にも二人でっていうのはなかったかも」


 由香が微笑みながら言う。


 僕も彼女に合わせて微笑みつつ、心の中では「罠」としてのデートだという意識を保とうと努めていた。だが、由香がこんなに楽しそうにしているのを見ると、ふとその目的を忘れてしまいそうになる。


 カフェを出てからも、僕たちは街を歩きながらウィンドウショッピングを楽しんだ。由香は僕の腕を軽く掴み、時折寄り添うようにして歩く。 


 由香が行う仕草は自然で、僕たちが昔からこんな風に過ごしていたかのように感じられた。


「智君、これどう思う?」


 彼女が指差した先には可愛らしいアクセサリーが並んでいる。


「似合うと思うよ。由香らしいし、買ったらどう?」


 僕が言うと、由香は少し悩んでから返事をしてくれた。


「そうだね」


 一つのピアスを手に取った。その様子を見ながら、僕はつい微笑んでしまう。彼女の素直さや屈託のない笑顔が、僕の心を穏やかにさせてくれた。


 デートの途中、僕は周囲の様子を注意深く観察していた。


 拓也がこっそり僕たちを尾行している可能性もあるし、彼以外の不審な人物が現れるかもしれない。だが、これまでに怪しい影は見当たらなかった。


 夕方が近づき、僕たちは街の小さな公園で一休みすることにした。ベンチに腰掛けると、由香は少し疲れたように深呼吸をして、空を見上げた。


「今日は楽しかったよ、智君。ありがとう」


 彼女は心からの笑顔を見せる。その笑顔に、僕はふと、この時間がずっと続けばいいのにとさえ思ってしまった。


 だが、そんな穏やかな時間もつかの間のことだった。ふと気づくと、公園の遠くに立っている一人の男の影が目に入った。

 男は僕たちをじっと見つめているようで、異様な存在感を放っていた。


「智君、どうしたの?」


 由香が心配そうに尋ねてくる。僕は気づかれないように小さく息を吸い、彼女の手を軽く握りしめた。


「あのさ、ちょっとそこの道まで一緒に歩いてみようか」


 僕は由香を連れてゆっくりとその男の方へ向かって歩き出した。


 彼が僕たちを見続けていることは明らかだった。そして、その男がこちらに気づくと、少し動揺したような様子を見せる。


 その瞬間、僕は確信した。この男こそが、由香のストーカーに違いない。


 ゆっくりと距離を詰める僕たちに気づいた男は、ふいに踵を返して足早に立ち去ろうとした。僕は由香に「ここで待ってて」と伝え、男の後を追いかけることにした。


「智君、気をつけて!」


 由香が心配そうに見送る中、僕はその男の姿を見失わないように公園の外まで追いかけた。男は振り返りながら逃げていくが、僕も負けずに距離を詰めていく。


 ようやく人気のない路地に差し掛かったところで、男は息を切らしながら立ち止まり、僕を睨みつけた。


「お前、由香をストーカーしているだろう」


 僕が静かに問いかけると、男は怯えた様子で後ずさりし、言い訳を始めた。


「俺はただ……彼女を見ていたかっただけなんだ。ミスコンで一目見てから、彼女のことがずっと頭から離れなくて……」


 男の言葉からは、狂気じみた執着が感じられた。


 由香をただ見ていたい、それだけで満足だったと彼は言うが、その言葉がどれだけ由香に恐怖を与えていたか、彼には全く理解できていないのだろう。


「由香に近づくな。彼女はお前のことを怖がっている。これ以上しつこくするなら、通報するぞ」


 僕の言葉に、男は怯えた表情で頷き、逃げるようにその場を去っていった。完全に姿を消したのを確認してから、僕は公園に戻り、待っていた由香に報告した。


「ありがとう、智君……」


 由香は安堵の表情を浮かべながら、僕の腕にそっと寄り添った。その腕は震えていて、僕は彼女を守ることができたんだと安堵する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る