第19話
教授が目の前に迫ってくる。
彼の顔は真っ赤に染まり、怒りに燃えた瞳が鋭く俺を睨んでいる。
心臓がドクドクと早鐘を打つが、俺は冷静にその場に立ち続けた。ここで逃げるわけにはいかない。むしろ、今こそが勝負の時だ。
「お前……」
教授が再び低い声で呟いた。
「何を企んでるんだ? 金か? いくら払えば、その証拠を売ってくれるんだ?」
教授の声には、ただならぬ殺気が含まれていた。
俺はその声を聞いても怯まず、むしろ内心で冷ややかに笑っていた。
「何がおかしい!?」
どうやら、俺は内心だけでなく、表情も笑ってし待っていたようだ。
教授のような人間は、権力を盾に弱い者を支配することに慣れている。だが、今回は違う。
「今のも、録音しました」
俺は静かに口を開いた。自分の心が冷たく、冷静になっていくのを感じる。
「全部、あなたがあの後輩に対してしていたことを、しっかりと記録しています」
教授の顔が一瞬、驚愕に歪んだ。自分の身に起こったことが信じられないような表情を浮かべている。
そして、僕の変化に戸惑うように……。
「お前は本当に灰原なのか? 何を言っている?」
「もう一度言いますね。全部録音しました」
俺はスマホを軽く持ち上げ、録音アプリの画面を教授に見せた。
「これがあなたの全ての言葉です。どうします? このままでは終わりませんよね?」
教授の顔色がさらに悪くなった。
俺が余裕のある姿を見せると、教授は俺を睨みつけ、次の行動を考えているようだったが、そのまま近づいてくる様子を見せない。
内心、彼は焦りを感じているに違いない。
「そんなもので、俺を脅すつもりか?」
教授が苦々しげに呟いた。
「それだけじゃありません」
「それだけじゃない?」
俺は冷ややかな笑みを浮かべながら、スマホをポケットにしまった。
次の一手はすでに用意してある。ここからが本番だ。
「録音だけじゃ、弱いですよね。なので、もう少し確実なものも用意しました」
俺はポケットから数枚の写真を取り出し、教授の前に投げた。
そこには、教授が他の女生徒に対しても手を出している証拠が映っていた。
ある写真では教授が女生徒の服に手を入れて胸を触っている。
別の写真では、明らかに嫌がる女性にキスを迫って、涙を浮かべている女生徒の姿。そして、下半身を出している写真。
「これは……」
教授の顔が一瞬で蒼白になった。彼の口元が震えているのがわかる。
「あなたはただの一回きりの過ちじゃない」
俺は淡々と言葉を続ける。
「これらの写真が示すように、あなたは複数の女性に対して、何度も同じことをしてきた。そして、もし今後も同じことを繰り返そうとするなら、この情報は全て流出します」
「くっ……!」
教授が苦しそうに唸った。俺はその表情を見て、さらに一歩踏み込んだ。
「俺が望むのは簡単です」
俺は冷静な口調で続けた。
「これから先、白井未来さんが卒業するまで、他の女生徒であっても誰かに手を出せば、全てばら撒きます。あなたは黒曜美咲、藤崎由香、白井未来を次の標的にしていたようだが、そんなことはさせない」
「どうしてそれを!」
「もちろん、他の女生徒に対しても二度と同じことさせない。これが俺の条件です」
教授は唇をかみしめ、怒りと焦りが混じった表情を浮かべた。だが、俺はその表情に怯むことなく、冷静に続けた。
「もし、あなたがこの条件を破れば、全ての証拠を世間に公開します。あなたのキャリアは一瞬で終わりです。理解できますか?」
「お前……そんなことをして何になる? 金なら払う!」
教授が震える声で問いかけてきた。彼の目にはまだ抵抗の意志が残っているようだった。
「金なんていりませんよ」
俺は淡々と言い放つ。
「俺はただ、あなたが二度と俺の友人や知人に手を出さないことを望んでいる。それだけです。お前みたいなクズに未来を奪われる若者を救うだけだ」
「……」
教授は完全に言葉を失っていた。
彼は目の前の状況にどう対処すればいいのか、迷っている様子だった。
俺の条件は思っていたよりもハードルが低いと気づいているはずだ。
自分の悪事を隠し続けられるならば、今後は慎重に行動すればいい。そう判断したのだろう。
「……わかった」
しばらくの沈黙の後、教授は低く唸るような声で言った。
「お前の言うことに従おう」
その瞬間、俺の中で勝利の感覚が広がった。だが、顔には一切出さず、冷静さを保ちながら、さらに一言付け加えた。
「もし、俺や俺の家族や親友たちに何かあれば、その時も全ての情報が流出します。それはあなたの仕業だと判断されますよ」
教授は無言で俺を睨んでいたが、すぐにその目を逸らした。俺はそのまま彼に背を向け、ゆっくりとその場を離れた。
胸の中にはまだ複雑な感情が渦巻いていた。
確かに教授を抑え込むことには成功したが、俺が選んだ手段は決して褒められたものではない。
腹の底に潜んでいた、冷酷で計算高い自分の本性が、今ここで完全に表に出てしまった。
それを感じながらも、後悔はない。
美咲先輩や大切な友人たちを守るためには、この道しかなかったのだ。
俺は、彼らを守るためならどんな手でも使う。
廊下を歩きながら、俺は改めてそう自分に言い聞かせた。
これで、少なくとも美咲先輩や由香、後輩の子は安全だろう。俺が手を打ったことで、教授は二度と手を出せなくなるはずだ。
だが、心の奥底では、まだ何かが引っかかっていた。
俺は本当に正しい選択をしたのか? この先、美咲先輩にこの事実を伝えるべきなのか? それとも、このまま黙っていたほうがいいのか……。
俺は深い溜息をつきながら、廊下を歩き続けた。
心の中の葛藤は消えず、ただ静かに、闇の中で渦を巻いていた。
この選択が正しかったのかどうか、それを知るのは、もっと先のことだろう。
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