第18話
ストーカー騒動は、僕が偽彼氏として、演じながら相手の出方を伺っているところだ。
そんな中で、二週間が過ぎて、日曜日がやってきた。
美咲先輩は原田教授と肉体関係がある? という話が頭の中にこびりついて離れない。
そんなはずはない、と思い込もうとするものの、どうしても完全には振り払えない。信じたい気持ちと、疑ってしまう心の間で、僕の中にある不安が日々大きくなっていた。
僕はついに決心した。本当に噂が嘘なのかどうか、確かめるしかない。
美咲先輩は、噂に出てきた原田教授の研究室に顔を出していることが多いと聞いたことがある。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。
噂がただのデタラメだと確認できれば、胸のモヤモヤも晴れるだろう。
僕は先輩を尾行することに決めた。
日曜日、美咲先輩が研究室のある校舎へ向かっているのを見つけた。
距離を取りながらその後をつける。静かなキャンパスを歩く先輩の後ろ姿を見ていると、なんだか罪悪感がこみ上げてきた。
尾行なんて、自分がこんなことをしているのが信じられない。だけど、真実を知りたい。美咲先輩を信じたいからこそ、疑いを晴らしたい。
美咲先輩は校舎に入り、長い廊下を進んでいく。俺もその後を追い、物陰に隠れながら様子を伺うが、急に彼女の姿が見えなくなった。
しまった……見失った。
慌てて辺りを見回すが、美咲先輩の姿はどこにもない。
どの部屋に入ったんだ? 周囲にはいくつかの研究室の扉が並んでいる。
「そろそろ時間か、もしかして尾行に気づかれていたのか?」
僕は迷いながらも、原田教授の研究室に向かうことにした。もし美咲先輩が本当に原田教授と会っているなら、その部屋にいるはずだ。
慎重に足音を立てないようにして、研究室のドアに近づいた。
薄暗い廊下に、緊張感が漂う。ドアの前で立ち止まり、耳を澄ますと、中から何やら話し声が聞こえてくる。
美咲先輩の声……ではない。低く、不快なトーンの男性の声が聞こえる。
それは、明らかに原田教授の声だった。
「……どうだね。提案は考えてくれたかな?」
「えっ、あの、でも」
不気味な響きに、僕の胸がざわつく。美咲先輩じゃない……。
だけど、誰かが原田教授に迫られている。恐る恐るドアの隙間から中を覗くと、そこには原田教授と一人の女性の姿が見えた。
でも、その女性は美咲先輩じゃなかった。
眼鏡をかけた小柄な女の子だった。ハッキリと顔が見えない。
だけど、瞳ではなく、胸で気づいた。あの特徴的な大きな胸の持ち主を僕は知っている。同じサークルの白井未来だ。
どうして未来さんがここにいるの? 彼女が原田教授の愛人? 息が詰まるような気がした。
美咲先輩じゃなかった。そこにあるのは安堵。
だけど、同時に未来さんを見捨てていいのか? あのコスプレイヤーになることを夢見る後輩を見捨てて、証拠の写真を撮る?
原田教授は未来さんに近づいて、いやらしい笑みを浮かべながら、さらに卑猥な要求をしていた。
「白井君。君はとても賢い女性だ。私が指導をすれば、成功も夢じゃない。どうだい私の個人授業を受けてみないかい? もちろん、見返りはもらうけどね」
最悪だ。僕はその場で吐き気を覚えた。原田教授が何を言っているのか、何をしようとしているのかは明らかだった。
手が震え、呼吸が浅くなっていく。こんな現場を目撃してしまった以上、どうするべきか頭の中が混乱する。とにかく、ここを離れて警察に通報するべきか? それとも、もっと証拠を集めるべきか?
ふと、ポケットに入っていたスマートフォンに手が触れる。そうだ、録音できる。僕は咄嗟に録音アプリを起動し、音声を記録し始めた。
盗聴器も、隠しカメラも全てが起動している。このやり取りを記録すれば、後で何かあった時の証拠になる。
原田教授が卑猥な要求をしている様子が、全て録音されている。自分でも情けないほどに僕の指は震えていた。
「わっ、私は」
「おい、いい加減にしろ。そんな怯えた顔しても、どうせ誰も助けちゃくれないぞ?」
「えっ!?」
「すでに、君がここに来たと言うことは私の申し出を受け入れたと言うことだ。私は君を指導する。もちろん、成功は約束しよう。その代わり、君はその体を私に提供する。Win-Winの関係だろう」
教授の言葉が続き、俺はますますその言葉に怒りを感じていた。
信じられない……。これが噂の正体だったのか? 美咲先輩じゃなかった。
だけど、夢を見ている女性を狙って、経済学部の教授としての地位を利用して甘い夢を囁く……。
録音を続けながらも、どうすればいいのか考える。葛藤が頭の中で渦巻いていた。
警察に通報するべきか? いや、今この瞬間に飛び出して助けるべきか? だけど、もし僕が飛び出しても、原田教授は知らぬ存ぜぬと言い切り、未来さんを後日呼び出すだけだ。
だが、未来さんがこのまま危険な状況にさらされるのを見過ごすことなんてできない。
なら、やることは一つしかない。僕は震える足を無理やり動かし、意を決してドアを押し開けた。
「失礼します!」
その場の全員が凍りついた。
原田教授は驚いた表情でこちらを振り返り、白井未来は僕が現れたことに目を見開いてこちらを見ていた。
僕は録音したスマホを握りしめながら、原田教授の方へ一歩踏み出した。
「何をしてるんですか?」
僕の声が震えているのが自分でもわかる。情けない。だけど、こんな修羅場に踏み込んだことなんてないんだ。心臓は今にも破裂しそうだった。
だが、原田教授はすぐに険しい表情を浮かべ、怒りに満ちた目で僕を睨んだ。
「佐藤だったか? 君こそ、何をしているんだ?!」
原田教授は僕に向かって大きな声で怒鳴りつけた。だが、その怒りを無視して、僕は白井未来の方に視線を移した。
「未来」
声をかけると、未来は震えながら立ち上がり僕に近づいてきた。
「助けてもいいか? 困っているなら僕が君の支援をするから」
「お願いします! 智先輩が私はいいです!」
「ああ」
未来の頭を撫でてやる。彼女はその大きな胸を押し当てるように僕の胸に押し付けて抱きついた。
「ありがとうございます!」
「外へ出ていてくれ」
「はい!」
お礼を伝えると外へ向けて走り出した。未来の瞳には涙を浮かべていた。
原田教授は、その様子を見て、完全に激怒していた。
「余計なことを! 私を敵にしたな。もう終わりだぞ貴様の学生生活は」
僕に向かって、教授が突進してくる気配を感じ、反射的に後退した。
「チッ!?」
どうやら僕がスマホを握っていることに気づいて取り上げようとしたようだ。
スマホを握りしめたまま教授の一歩手前で立ち止まった。
原田教授の顔は怒りで真っ赤になっており、僕に向かって殴りかかりそうな勢いだった。
「貴様……何を聞いた? そのスマホは何をしている!?」
原田教授の声は低く、怒りが混じった冷たい響きだった。僕は震えながらも、スマホを握りしめていた。
「もう全部録音しましたよ。全部ね」
そう言うと、原田教授は一瞬だけ怯んだように見えた。しかし、その後すぐに怒りに燃えた目を再び俺に向けた。
「そんなことが許されると思っているのか?! 貴様!」
原田教授が再び怒鳴り声を上げて、近くにあった物を握って振り上げる。
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