第16話
夜の帳が降りたキャンパスで、美咲先輩の噂と教授の会話が頭の中で交錯する。
教授が話していた「例の件」とは一体何なのか、そしてその相手が本当に美咲先輩なのかという疑念が俺の心に重くのしかかっていた。
「先輩が、巻き込まれているとしたら…」
心の中でそう呟きながら、猫カフェのバイト終わりに、由香と美咲先輩、未来と集まる機会があった。
理由は由香のストーカー問題だが、正直、頭の片隅には教授の件がずっと残っている。
「智君、私の話、聞いてる?」
由香が不安そうに問いかけてくる。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「まったく、智先輩、作戦会議中ですよ!」
未来さんが軽く笑い、由香もふっと微笑んだ。随分と仲良くなったようで、僕としても安心が一つ増えた。
「でも、真剣に聞いてほしいな。最近のストーカーの件、本当に怖くて…」
彼女の声には怯えが混じっていて、僕も少しばかり胸が痛んだ。
「大丈夫だよ、俺がいるから、必ず由香のことは助けるから」
「智君!」
「ヒューヒュー! 智君、言うわね」
「智先輩かっこいいです!」
「はいはい。茶化さない」
由香に言葉をかけることはできるが、それでは足りないと感じていた。
結局、解決策を考えなければならない。ストーカーの件に関しては、僕自身も正直どう対応すればいいのか分からない。相手を見つける必要があるが、その方法が未だにわかっていない。
「でも、その相手が分からないと、さすがに調べようがないよね」
僕は考えていた悩みを口にする。
「まぁ、確かに普通の人はそんなに簡単には分からないわね」
美咲先輩が静かに呟いた。その瞳はどこか鋭く、何かを考えているように見えた。普段の先輩とは違う雰囲気に、あの冷たい瞳を思い出してしまう。
「先輩、何か知っているんですか?」
「さぁ、どうかしらね? だけど、由香さんを見ていると、少し気になることはあるわ」
彼女は微笑むが、その笑みには何か含みがあった。
「この間も、気になる人影を見かけたのよ」
「人影?」
由香が驚いた表情で尋ねると、美咲先輩はさらに詳しく説明してくれる。
「最近、キャンパス内で見かける男性が由香さんのことをよくみていたの。由香さんを遠巻きに見ているような視線だったわ」
その言葉に、僕はすぐさま美咲先輩の言葉に引き込まれた。もし、その男が由香のストーカーだったら?
「どんな男だったんですか?」
「そうね…少し怪しい感じで、無造作な髪に、服装も乱れているような…」
先輩の説明を聞くうちに、少しずつ不安が広がる。まさか、身近な人物ではないかという考えが頭をよぎる。
「ちょっと一緒に見に行ってみる?」
「えっ? いく?」
「ええ、今の大学でもその男の姿を見かけたのよ」
美咲先輩が誘導する形で、僕たちは彼女がいう怪しい男のいる場所に向かっていった。
「由香先輩、怖くないですか?」
未来さんが隣でさりげなく、由香の腕を支えてくれているのが見えた。彼女は優しく由香を支えようとしてくれている。
「うん、でもみんなが一緒なら大丈夫だよ。ありがとう、未来さん」
由香も少し緊張しているようだったが、美咲先輩の案内する方へと足を進める。
その場所に近づくと、確かに遠くから一人の男が立っているのが見えた。
僕はじっとその男を見つめる。ぼんやりと佇む彼の姿は、どこか見覚えがあるように感じた。
「えっ、まさか…」
顔が見える距離まで近づいた瞬間、俺は確信した。その男は、僕の友人であり、由香の元カレである田中拓也だった。
「拓也?」
僕が小さく呼びかけると、彼は驚いたように振り返った。
「うん? 智…お前どうしてここに?」
拓也の顔に浮かんだ狼狽の色に、僕は言葉を失った。美咲先輩が静かにその様子を見守っている。
「えっと…お前こそこんなところでどうしたんだ? もう講義は終わっているだろ?」
「俺はサークルに残っていただけだよ。お前こそどうして?」
「ああ、僕もサークルで」
「なら、同じだな。俺はもう終わったから、そろそろ帰るよ」
「あっ、ああ」
拓也は、足早に別れを告げて立ち去っていく。その姿に由香は少し戸惑った表情を浮かべ、僕も正直どう受け止めるべきか迷った。
隠れていた由香も微妙に困った表情をしていた。その後、美咲先輩と未来さんの元に戻って、俺たちも少し緊張が解けた雰囲気になる。
「智君も、なかなか波乱万丈ね」
「えっ? どういう意味ですか?」
「ううん。わからないのならいいわ」
美咲先輩が軽くからかい、俺は苦笑いを浮かべた。
「なんなんですか、全く」
「智君、ありがとう」
「えっ?」
「ううん」
由香からも意味がわからないお礼を言われてしまう。
拓也が去った後、俺たちは再び静かな時間を取り戻したが、皆がさりげなく安心しているのが分かった。美咲先輩がふと笑いながら口を開いた。
「やっぱり智君は、周りの女性にいろんな問題を持ち込まれるのね」
「いやいや、そんなことないですって」
未来さんも美咲先輩と同じようにニヤリと笑っていた。
「智先輩、モテるんですね~」
「そういうわけじゃないだろ、ただ幼馴染が困ってるから力になりたいだけだよ」
俺が反論すると、由香も笑っていた。
「本当に頼りになる幼馴染だね、智君は」
三人に揶揄われながら、俺は拓也が立ち去った方向を見ていた。
和やかな雰囲気の中で、俺たちはしばらく雑談を楽しみ、気づけば由香も美咲先輩や未来さんとすっかり打ち解けていた。
3人で話していると、女性同士の距離が一気に縮まるのを感じ、俺は自然とその輪に溶け込んでいく。
その中で、僕は夜の闇に視線を向け続けた。
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