第15話
僕はホッと胸を撫で下ろしていた。
貯金通帳を見られる分には、男して自慢するだけの話だ。ステータスとして、お金を持っている男はモテる程度にしか思っていない。
そんなことよりも、普段通りに過ごしながら僕は美咲先輩の黒い噂について考える日々は変わっていない。
拓也に対して否定はしたが、僕の中で、確かめなければならないと動き出していた。
「プロフィールは……」
すでに個人情報の収集は完了している。
名前:
年齢:49歳
経歴:帝都大学大学院を卒業後は、准教授になり、現在は、経済学部の教授として20年以上帝都大学に勤務。
犯罪歴:法に触れる犯罪歴はなし。しかし、闇サイトを通じて帝都大学、原田九郎を調べるとどこの誰が撮ったのかわからない。写真がいくつかピックアップされて掲載。つまりは、生徒を脅かした犯罪歴はあり。
「さて、サイトには掲載されているが、内々で処理された案件がいくつかあるみたいだな。便利な世の中だ。多少金額を払う必要があるが、それだけで必要な情報が買えるのだから」
僕は別に犯罪に手を染めたいわけじゃない。自分にはお金があり、調べれば教えてくれるサイトを知っていたに過ぎない。
そして、教授が犯罪者であろうと、明るみに出ていないということは、それぞれで解決はしているということになる。
そこに関して僕がどうこうしようとは思わない。
ただ、教授の噂に美咲先輩が関与しているのか、それが知りたい。
「残念ながら、サイトだけでは先輩らしき人物の写真はなかった」
関与していないのか、それとも現在のサイトではアップされていないだけなのか、知ることはできない。
それに、先輩の名前をサイトに入れて、何かしらの情報を手に入れるのはフェアじゃないと思う。
アンフェアの相手には、アンフェアで。それが僕の流儀でもある。
「仕方ないな」
僕は教授の研究室にあるオフィスに潜入することを決めた。
自分が悪いことをしている自覚はある。心臓が激しく脈打ち、呼吸も浅くなる。
大学の薄暗い廊下を歩き、教授の講義が始まったことを確認してから、オフィスに向かう。
部屋の前にたどり着くとそっと研究室の扉を開く。誰か、いればそれだけでアウトだと思ったが、どうやら誰もいないようだ。
「大丈夫、大丈夫……」
自分に言い聞かせながらオフィスのドアノブをそっと回すと、鍵はかかっておらず、静かに開いた。
薄暗い部屋に一歩足を踏み入れると、わずかに漂う埃と古い紙の匂いが鼻をつく。だが、ほんのわずかな物音すら自分の存在を告げるような気がして、全身が緊張で強ばった。
「早く……終わらせないと」
足音を消すようにして部屋に入ると、まずは盗聴器を手に取り、周囲を見渡す。観葉植物の裏が最適だろうと判断し、植物の陰にそっと仕掛けた。
完全に犯罪行為だ。だけど、美咲先輩が関与しているのか、それを調べるために必要だと自分に言い聞かせる。もしも、巻き込まれて脅されているなら助けてあげたい。
緊張で汗がにじみ、手が少し震える。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、最後に位置を確認し、素早く次の行動に移る。
次は小型カメラだ。部屋全体が映る位置を探し、机がよく見える壁の影に設置する。普段は、荷物が置かれているが、ここなら部屋全体が撮影できて死角はないはずだ。
さらにもう一台を別の角度から調整して設置する。
スマホのモニターを確認して、念には念を入れる。だが、ふと手元のカメラが少し傾きかけた瞬間、思わず「くっ」と小さな声が漏れてしまった。
その時、外からかすかな足音が近づいてくるのが聞こえた。
音は徐々に近づき、教授の部屋の前で一旦止まったように感じられる。胸の鼓動が急に速くなり、息が詰まる。
(まさか、教授……?)
緊張で一瞬動けなくなり、冷や汗が背中を伝う。
この場で鉢合わせでもしたら、すべてが終わる。
慌ててロッカーに飛び込み、ドアを少しだけ開けて隙間から様子を窺う。心臓が耳元で響いているようで、どうか音が漏れていませんように、と必死に祈る。
やがて、ドアがゆっくりと開き、入ってきたのは教授の研究室に所属している先輩だった。美咲先輩や教授ではないことに、少しばかりホッとする。
彼女は机の上に資料を置き、そのまま出て行った。だが、まだ油断はできない。彼女が本当に立ち去るまで、息を潜めて待った。
息を潜めて待っていると、研究室から出ていく音が聞こえてきた。
ようやく静けさが戻り、僕は恐る恐るロッカーから這い出した。
今のうちにここを出なければならないとわかっているが、盗聴器とカメラの位置を最後に再確認することにする。
だが、再確認が終わった瞬間、再び足音が響いてきた。
「まさか、本当に戻ってきたのか……?」
今度は紛れもなく教授の靴音だ。
ゆっくりとドアを開ける音がし、僕は再び息を呑んでロッカーに身を潜める。
教授が部屋に入ってきたのは間違いなく、ドアが閉まる音が聞こえた。
ロッカーの中で、僕は密かにカメラが動作しているのを祈りながら、じっと息を潜めて様子を伺う。
教授はデスクに座り、低い声で誰かと電話を始めた。
「ええ、わかっている。……うん、例の件だ。もちろん、君の態度次第で考えてあげるとも。私のオフィスで話をつけよう」
成績の件? 例の場所? 怪しげな言葉が俺の耳に入るたび、噂が現実味を帯びてくる。
教授は冷淡に何度も「わかっている」とだけ答え、あたかも契約を交わすように電話で確認している。
会話の内容は、どう考えても成績を対価に何かを取り引きしているようにしか思えない。
「来週の日曜日、20時に待っているよ」
電話の向こうで相手が呼び出しに応じたのだろう。
教授は短く答えると通話を終え、しばらく静寂が戻った。その後、教授は一度深呼吸し、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行った。
僕は数分間、身動きせずに息を潜め続けた。
部屋が静けさを取り戻したことを確認し、ようやくロッカーから這い出す。手汗でじっとりした掌を見て、どれだけ緊張していたかを改めて実感した。
「日曜日の20時か?」
部屋を出る前に、最後のチェックをする。
カメラと盗聴器はしっかり作動しており、教授が怪しい会話をしていた。
真実に一歩近づけたという確信が湧き上がり、僕は静かに部屋を後にした。
僕はしばらく教授の調査を開始することにした。
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