第10話
居酒屋の暖簾をくぐると、賑やかな声が耳に飛び込んできた。
あちらこちらのテーブルで大学生たちが騒いでいる。楽しそうに笑いながら話している様子が店内に溢れている。
天井には小さな提灯が並び、少し薄暗いが温かみのある空間が広がっている。
「さ、今日は私の奢りだから、どんどん飲んでね!」
美咲先輩が笑顔で言いながら、三人分の席に案内された。
俺、美咲先輩、そして白井未来の三人で、居酒屋に着いた。
カラカラと響くジョッキを持った店員が、さっそく生ビールを置いていく。泡がたっぷり乗ったビールを手に取り、俺は軽く美咲先輩と乾杯をした。
「かんぱーい!」
美咲先輩が大きく声を上げ、それに続いて俺もグラスを合わせる。
そして、すぐに目の前にいる未来さんの様子を見ると、彼女は不安そうな顔で小さなグラスを両手で持っていた。
「だ、大丈夫かな……お酒弱いんです……ふええ……」
小さな声で呟きながら、後輩はビールに口をつけた。
「あんまり無理しなくていいよ。楽しく飲めればそれで!」
美咲先輩が優しく声をかけると、未来さんは少しホッとした様子で微笑んだ。
「ありがとうございます。美咲先輩って綺麗で優しいです! でも……せっかくですし……ちょっとだけ頑張ります!」
俺たちは美咲先輩の提案で、三人で軽く飲みに来ることになった。
飲み慣れていない未来さんにとって、少し不安もあったが、美咲先輩が気楽に誘ってくれたおかげで自然と足が向いた。
「ここ、いいでしょ?」
「めっちゃ活気ありますね……。大丈夫かな」
「大丈夫よ、智君。今日は楽しく飲むだけだからさ。ね、未来ちゃんも?」
「ふええ……! あ、はい!」
美咲先輩の隣に座る未来さんは、メニューを持ったままちょっと緊張気味だった。
おそらく、彼女はお酒に慣れていないのだろう。眼鏡をクイッと上げ、少し戸惑いながらメニューを覗き込んでいる。
「お酒飲むのって、意外と楽しいものよ。慣れれば全然大丈夫だから」
先輩は慣れた手つきで二杯目のビールを注文して、後輩には甘いカクテルを注文する。
「甘くて、軽いやつにしなさい」
美咲先輩がアドバイスしてくれた。
俺はレモン酎ハイにして、ゆっくりと飲むことにした。
料理が運ばれてきて、テーブルに並んだグラスや料理で賑やかになる。
居酒屋の薄明かりの下で輝いて見える。
先輩がグラスを持ち上げ、ニコニコしながら俺たちを見つめた。
「じゃあ、今日はお疲れさま! 乾杯しましょ!」
「乾杯!」
何度目になるのかわからないが、俺と未来さんもグラスを持ち上げて、三人で乾杯の音を響かせた。
最初は軽く口をつけるだけのつもりだったが、なんだかんだで雰囲気に流されて、俺はいつの間にかビールや酎ハイを何杯も飲み干していた。
先輩はすでにグラスを空にしているし、未来さんも、ふえふえ言いながらも意外と飲んでいる。
「先輩、強いですね……」
俺が感心していると、先輩は鼻で笑いながら言った。
「まあね、大学生にもなると、これくらいは慣れっこよ。智君も頑張ってついてきなさいよ!」
「いや、僕はそんなに……」
「ふええ! 私、ちょっと酔っちゃったかもですぅ……」
隣の未来さんが顔を赤らめながら、ふにゃふにゃした声を出している。
彼女は明らかに酔っている。どこかオドオドとして、たまにオタクっぽい言動をする態度から一転、なんだかとても可愛らしい姿になっている。
「大丈夫?」
俺が声をかけると、未来さんはゆっくりとこちらを向いて、じーっと俺の顔を見つめてくる。目がとろんとしていて、酔っ払った表情だ。
「先輩! お礼は何がいいですか?」
「えっ? 突然なんだ?」
「私! 経済の勉強を大学でしていますが、個人的に教えてもらうのに、お礼がないとダメだと思うんです! あの、……おっぱい見たいんですか? 私おっぱいはみんなから凄いって言われるんです!」
突然の言葉に、俺は酎ハイを吐き出した。
「ブハッ?! えっ? な、なにを……?」
「私のおっぱい大きいでしょ? 男性の方は皆さん好きだって聞いたので……」
未来さんは酔っている。
ふらふらしながら、酔っ払った調子でふざけたように絡んでくる。まさか、こんなに早く酔うとは思わなかった。
彼女はさらにグラスを口に運び、カクテルを飲み干そうとしている。
「いやいや、確かに好きだけど!」
俺は慌てて手を振るが、後輩は全く聞いていない様子だ。むしろその言葉に反応して、彼女はますます顔を赤らめ、楽しそうに笑っている。
「おっぱい、おっぱい見たいんですかぁ? ふええ!」
未来さんは声を上げながら、ふらふらと身を寄せてくる。店内の賑やかな雰囲気に混ざり、彼女の声も店中に響いている。
「ちょ、ちょっと! やめてよ、恥ずかしいから!」
俺が困惑していると、隣で美咲先輩も楽しそうに笑い出した。
「あははは、いやあ、智君、人気者ね! 未来ちゃんみたいな可愛い子から絡まれるなんて、モテモテじゃない?」
「そんなことないです! 本当に、やめてください!」
俺は必死に否定するが、美咲先輩はますます面白がって、俺をからかってくる。
「じゃあ、智君、もしかして本当に私のおっぱいを見たいの? ほら、正直に言いなさいよ。未来ちゃん、こんなにおおらかに話してるんだから!」
「見たくないです! 見たくないですから!」
俺は必死に否定するが、美咲先輩も未来ちゃんも酔っ払っているせいか、全然話を聞いてくれない。二人して俺をからかい始め、どんどんエスカレートしていく。
「ふええ……おっぱい見たくないですか? ほんとに見たくないんですか?」
未来さんは冗談混じりで俺に絡んでくるが、その無邪気な様子に、なんだかこちらも笑わずにはいられなかった。
店内の賑やかな声と、彼女たちの軽口が交わされる中で、俺はなんとかこの状況を乗り切ろうと、必死に頭をフル回転させていた。
「ああもう、やめてくれ! 本当にやめてくれ!」
顔を真っ赤にして叫んだが、二人はそんな俺の姿を見て大爆笑している。
先輩がテーブルを叩いて笑い、後輩もグラスを持ったままケラケラと笑っている。
「ふふふ、智君、やっぱり面白いねぇ~」
美咲先輩が笑いながら一気にグラスを飲み干した。
「もう俺、本当に飲み過ぎてるんで! 無理です!」
俺は心からそう叫んだが、二人の笑い声は全然止まらない。なんだか、いつもの先輩とは違う一面を見た気がして、つい一緒に笑ってしまった。
店内の賑やかな音楽と、人々の笑い声に包まれ、俺たち三人は楽しく飲み続けた。
美咲先輩や白井に振り回されっぱなしの一夜だったが、思い返せばこれも大学生活の一つの思い出なのかもしれない。
翌日には、きっと何もかもが笑い話になっているに違いない。
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