第9話
大学のキャンパスにある経済サークルの部室は、午後になると静かで、のんびりとした空気が漂っている。
講義がない日は、俺が顔を出しても部員はまばらで、特に入部シーズンが過ぎたこの夏時期は、さらに人が少ない。
俺は何気なくドアを開け、部室に足を踏み入れた。
すると、そこには見慣れない顔が一つ。どうやら今年の新入生のようで、メガネに三つ編みの、どこか覚えのある姿が目に入った。
「えっ?」
驚いて声をかけると、彼女も俺に気づき、少し慌てたように眼鏡を押し上げて頭を下げた。
「ふぇぇ! こっ、こんにちは。先日、猫カフェでお世話になった先輩ですよね! 私、白井未来です……! このサークルに入りたいと思って参りました! よろしくお願いします!」
彼女はちょっと緊張した様子で自己紹介してくれる。
珍しいこともあるものだ。新入生歓迎会ではない時期に、人が入ってくるのはないからだ。
白井さんは、改めて礼儀正しく頭を下げてくれた。
「この時期に?」
「はい! 私、なかなかサークルを決められなくて、そんな時に、ここの先輩に声をかけていただきまして」
「先輩?」
「はい! とても綺麗な女性の方で、私が一人で困っているときに声をかけてくださったんです。それで、よければサークルに来ないって?! 私、嬉しくて!」
うん。なんとなく話がわかった気がする。
彼女は真剣な表情で、少しだけ背筋を伸ばしてそう告げた。驚きはしたが、こうしてサークルの活動に興味を持ってくれる人が増えるのは嬉しいことだ。
俺は彼女の様子を見て、思わず笑みをこぼした。
「ちなみに、白井さんは経済の話が好きとか?」
「はい。実は経済学部の中でも、個人事業主として、いろいろと勉強したいなって……」
彼女の意気込みを聞いていると、奥の部屋から現れたのは、美咲先輩だった。
彼女はいつもと変わらず、涼しげな表情で俺たちを見渡しながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「あらあら、智君。早速、未来ちゃんをナンパしているの?」
「ナンパなんてしてませんよ」
「ふぇぇ! ナンパだったんですか?! すみません、気づきませんでした!」
「だから違うって!」
美咲先輩は相変わらず、俺をからかうような笑みを浮かべ、白井さんに視線を向ける。今日は瞳に病みは感じない。
品がありながらも、彼女の瞳にはいたずらっぽい光が宿っている。
「未来ちゃんは、智君と、もうお知り合いみたいね」
「え、あ、はい……猫カフェで偶然お会いしました! それに私が落とした荷物を拾ってくれて」
「あらあら、まぁまぁ、智君やるじゃない!」
未来は照れたように頬を赤らめ、目を逸らした。そんな彼女の様子を見て、美咲先輩はニヤリと笑う。
「猫カフェで先輩と後輩が偶然出会うなんて、なんてロマンチックなのかしら~。ほらほら、智君も未来ちゃんを歓迎してあげなきゃ!」
美咲先輩はわざとらしくウインクを送り、俺をからかうように言う。
「いや、別にロマンチックとかそういうんじゃ……」
「まぁまぁ、照れないで。未来ちゃんも、猫カフェでの智君のことをよく知ったのでしょ?」
「えっと、私に初めてを教えてくれました……」
「まぁまぁまぁ、智君やるじゃない! 美来ちゃん、智君はね、ここでは無口だけど、経済の話になるとやたらと熱心になるのよ」
美咲先輩がそんなことを言い出すものだから、未来もきょとんとした表情で俺を見つめている。俺はなんとか話を逸らそうと、美咲先輩に向かって話を戻した。
「それより先輩、白井さんにはサークル活動の説明をお願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろん! 未来ちゃん、ここでの活動は色々だけど、経済の勉強はもちろん、グループディスカッションとかイベント企画とかもやってるの。堅苦しく考えないで、自由にやっていいのよ」
白井さんは真剣な顔で美咲先輩の話に耳を傾けている。美咲先輩もまた、それが楽しいのか、得意げにサークルの良さを語り続けた。
「たとえば、私たちは経済学部だけど、全員が経済のプロになる必要はないの。いろんな視点で物事を考えたり、議論を楽しむことが大事なのよね」
美咲先輩はそう言いながら、白井さんの肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「でもね、智君はほんっとに勉強熱心で、教えてくれることがたくさんあるの。未来ちゃんも智君に色々教わりなさいね」
白井さんは少し照れながら頷いたが、俺はなんとなく居心地が悪くなってきた。
美咲先輩の冗談交じりの紹介のせいで、まるで俺が白井さんに特別に教えるような雰囲気になってしまっている。
「それに、これから親睦会もやる予定だから、未来ちゃんもどんどん参加してね」
「えっ、親睦会ですか?」
白井さんが驚いたように尋ねると、美咲先輩は満足そうに頷いた。
「そうよ! 新しいメンバーが入るたびにやってるの。未来ちゃんの歓迎会としても楽しみましょう」
俺は内心で親睦会があることに驚いた。サークルでの親睦会なんて最近聞かなかったから、急に思いついたんじゃないかと思ってしまう。
「智君もちゃんと参加しなさいよ。未来ちゃんをちゃんと歓迎してあげなきゃね?」
「わかりましたよ」
そう返事をすると、美咲先輩は再び白井さんに向き直り、ニコニコと笑いながら彼女を見つめている。
「それじゃあ未来ちゃん、改めてよろしくね。これから智君がいろんなことを教えてくれると思うから」
白井さんは少し戸惑いながらも「はい、よろしくお願いします!」と、しっかりした口調で挨拶を返してくれた。
彼女の夢袋は今日も健在で、俺は彼女を見ないようにして頷いた。
「ほらほら、智君も何か言ってあげなさいよ」
「えっと……白井さん、これからよろしくね。わからないことがあれば何でも聞いて」
少しぎこちない挨拶だったが、未来は嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。未来が少しずつ緊張を解いていく様子を見て、美咲先輩も満足げに笑みを浮かべている。
「ふふ、二人とも初々しくていいわねぇ。青春って感じで……そうだ! 智君は、未来ちゃんと、未来って呼ぶこと。未来ちゃんは、智君を智先輩と呼ぶこと。これは先輩からの命令よ!」
美咲先輩のからかいに、白井さんはさらに顔を赤くし、俺もなんとなく恥ずかしい気持ちになってしまった。
「ええええ!!」
「ふぇぇぇ!!」
「ふふ、二人とも反応が可愛いわね。それじゃはい。智君、先輩なんだから、未来ちゃんを」
「えっ! ううう、えっと、未来さん。そう呼んでもいいかい?」
「はっ、はい! とっ、智先輩!」
可愛い後輩に名前呼びされるとか、最高なのかよ! 美咲先輩! グッジョブです!
何よりも、美咲先輩があまりに楽しそうにからかうものだから、俺も少しだけ悪ノリしたくなる。
「よかった、未来さん。これからよろしくお願いします!」
「私こそよろしくお願いします。智先輩!」
「ふふ、いいわね。若人が初々しいわ。これから経済サークルの仲間として、一緒に頑張りましょうね!」
美咲先輩が手を叩いて締めくくると、未来さんは頷きながら小さく笑顔を見せてくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき、
どうも作者のイコです。
うーん、結構上手く書けたつもりでしたが、評価はイマイチでしたね(^◇^;)
残念。一応は、プロット分まで投稿頑張ります! ちょっとでも、いいなとか、面白いと思ってもらえたら、⭐︎レビューをいただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます