第4話
その日、俺の所属する経済サークルメンバーは恒例の飲み会を開くことになった。
大学は経済学部で、各々の道に進むために普段は集まることはないのだが、サークルとしての活動をしなければ、活動資金を得られないので、定期的に飲み会が開かれる。
その場では、自分の実績などが話されるが、ほとんどがギャンブルで負けた話や、投資に失敗した話など。
己の自慢話から、失敗の話へとシフトチェンジ行くのだ。
ただ、夏の暑さもあってか、外での集まりが気持ちよく感じる季節だ。場所は大学近くの居酒屋。
木造の古びた店内に入ると、すでに他のメンバーが集まって飲み会は始められていた。
美咲先輩は、いつもながら雰囲気があるダウナー系の美女で、サークルの男子たちからすれば高嶺の花としてお近づきになりたいと思いつつも、近寄れない雰囲気が漂っている。
「お、遅れてすみません!」
バイトで遅れた俺が、汗をぬぐいながら席を探す。周りはすでにいい感じに出来上がっていた。
美咲先輩は俺を見つけると、軽く笑って手を振った。先輩の隣には空席があり、自然とその場所に座ることになってしまう。
「お疲れ様。今日もバイト? 頑張ってるね」
あの時のことを後悔している俺はどうして良いのか戸惑っていると、美咲先輩は普段通りの柔らかい声で話しかけてくれた。
「いえ、全然……」
俺は照れくさくて言葉を濁したが、胸が高鳴っているのを感じていた。
隣に美咲先輩がいるだけで、なんとなく緊張してしまう。いつもよりもお酒が進むペースが早くなって、緊張を誤魔化そうとする。
いつもより酔いが回るのが早い。元々強い方ではないけれど、ペースを守れば大丈夫だと思っていた。
最初の一杯、次の一杯と、いつの間にか気持ちが軽くなり、周りの笑い声が心地よく聞こえてくる。
「なんだか顔が赤いわね、大丈夫?」
隣の美咲先輩が心配そうに俺に問いかけた。
「い、いえ、全然大丈夫です!」
とっさにそう返事をしたものの、頭はぼんやりしていて、言葉に自信がない。だが、お酒のせいもあってか、いつも以上に先輩との距離が近く感じられた。
俺は自然と先輩の方に体を寄せるようになり、彼女の隣に座っている安心感に酔いしれていた。
隣からはほのかにシャンプーの香りが漂い、それがまた俺の心を落ち着かせてくれない。心臓がドキドキして、どうにもならなくなっている。
「ねぇ、酔ってる?」
美咲先輩が軽く肩に手を置いてきた瞬間、俺の胸はさらに高鳴った。
「あ、はい、少し……酔ってるかもしれません……」
自分の声が少し震えているのを感じていた。美咲先輩に触れられるなんて、普段では考えられないことだ。それも、こんなに近くで話すなんて夢のようだ。
その時、ふいに美咲先輩が俺の耳元に顔を近づけた。
近すぎる距離に、一瞬で顔が熱くなる。
酒のせいなのか、それとも先輩が近いせいなのか、自分でもわからなくなっていた。甘い香りがして、先輩からだと思うとドキドキしていた。
「ねぇ、また言うの?」
先輩が、囁くように言った。
「おっぱい、見たいって」
その言葉に、一瞬で全身に電流が走ったような衝撃を感じた。心臓が一気に跳ね上がり、息が詰まりそうになる。
美咲先輩の言葉が耳に残り、頭の中でぐるぐると回る。
さっきまで酔いで、ぼんやりしていた意識が、一瞬で鮮明になった。だけど、賑わいは遠くに聞こえて、先輩の声だけが鮮明になる。
「えっ……いや、そ、そんなこと……!」
俺は必死に否定しようとしたが、声が震えてまともに出てこない。
美咲先輩はそんな俺を見て、ふっと微笑んだ。なんというか、楽しんでいるような、意地悪そうな笑顔だった。
からかわれた? 美咲先輩は面白いオモチャを見つけたように俺を見ている。
「ふふ、冗談よ。でも、あの時のこと、覚えてるでしょ?」
美咲先輩はますます俺に顔を近づけてきた。
彼女の吐息が耳にかかるたびに、体がびくっと反応してしまう。お酒のせいもあってか、頭が回らず、何を言えばいいのか全くわからない。
「……お、おぼえてます……」
俺はかすれた声でそう答えるのが精一杯だった。
目の前のビールを一気に飲み干して、あの時の出来事を思い出してしまう。
自分が生きてきて、一番ドキドキした瞬間だった。
あの教室でのやりとり……。それが頭の中で鮮明に蘇る。思い出すだけで顔が赤くなり、心臓が痛いほど早く脈打つ。
「智君は、可愛いわね、顔が真っ赤」
美咲先輩が、俺の名前を呼ぶ。反応を見て、ますます面白そうに笑って、顔を覗き込んできた。
近すぎる。
その笑顔を見ていると、酔いのせいで、さらに混乱する。
「……ねぇ、まだ見たいの?」
美咲先輩は酔っているのだろう。その言葉はまるで誘っているように感じられて、俺の頭の中は真っ白になった。
何か答えなきゃと思うのに、口が動かない。むしろ、何も言えない。
ドキドキが止まらない。
目の前にいる美咲先輩の姿が大きく見える。彼女の笑顔、髪の香り、耳元に近づいた声。全てが俺の感覚を麻痺させていく。
脳が溶かされる。
「……あ、あの……」
もはや何を言っているのか自分でもわからない。だけど、先輩はそのまま耳元で囁くように続ける。
「冗談よ。でも、もし本気だったら……どうしようかしらね?」
その一言で、俺の頭はさらに混乱の渦に巻き込まれた。
心臓が破裂しそうだ。胸の高鳴りが止まらない。なんとかこの状況を打破しなければと思うが、先輩の声が優しくて、心地よすぎて、何もできない。
「そろそろ、酔い覚まししたほうがいいんじゃない?」
先輩はクスッと笑いながら、俺の肩を軽く叩いて、水を差し出してくれた。
「え、あ……そ、そうですね!」
俺は何とか返事をして水を飲む、トイレに行こうと思って席を立とうとするが、体がふらついてしまい、うまく立てない。
先輩がその様子を見て、また笑っている。
俺は顔が真っ赤になり、周りの視線が気になって仕方がない。サークルメンバーが笑いながらこちらを見ているのが視界の端に入る。
「大丈夫?」
美咲先輩が優しく肩に手を置いてくれる。それがまた、俺をさらに動揺させる。
「あ、あの……本当にすみません、先輩……!」
もう何がなんだかわからなくなり、謝るしかできなかった。先輩はそんな俺を見て、優しくと笑った。
「ううん、楽しかったわよ。ありがとうね」
先輩のその言葉が、俺の心臓を再び跳ねさせた。
結局、その日はそのまま飲み会が終わり、俺はなんとか家に帰ったが、先輩の言葉や笑顔が頭から離れないまま、ベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……また絡んじゃったよ……」
俺は枕に顔を埋めながら、先輩との出来事を思い返し、無意識にニヤニヤしてしまう自分に気づいた。
酔いが冷めても、ドキドキはまだ続いていた。
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