第38話・決戦、ジン

 登った。着いた。

 長い階段だった気がする。どこか遠くの、潮騒の音が聞こえた気がする。


 何のため。何故があって登る。答えは、出せないけれど。

 終わりを迎えるため、ここに立つ。


「──来たか」


 目前に、最後であろう敵が構える。


「よくぞここまでたどり着いた。ここでは──む」


 カァン、と軽い金属音が響く。振るった刀が敵の大きなカイトシールドに弾かれる。


「・・・・・・」


 よろめきながら再び切りかかる。それも当然シールドに防がれ、ついには膝を着く。


「それが、お前の最後でいいのか?」


 今の俺に支えとなる力はない。原典という背景も、スキルという裏打ちもない。

 普通の、いやそれよりもっと色んなものを失っている。普通ですらない。


「それで後悔はないのか? 自分の最後がそんなものでいいのか? ――最期を選べるのは、幸福な事だぞ?」


 立ち上がる。終わりを認めたわけじゃない。だが、出来る事が、ない。

 やる事をやるが……それが、人並み以下の棒振りだけだ。


「そうか。……では終われ。ここが冒険の果てだ」


 シールドを持つ左手ではなく、右手に握られた直剣が振り上げられる。防御は、出来る。だが、やったところで・・・・・・。


 剣は振り下ろされた。それを受け、俺は──。


 ・・・・・・。


 いいのか?


 それが終わりで、いいのか?


 何も出来ない? 何者でもない?


 それは違う。既に歩んだ「物語」が道になっている。


 全てを失った? いや、全てを失った。という物語が発生している。


 ならばまだ、終わりじゃない。


 それは、結末ではない。


 立て。"何者か"を証明するときだ。


「『我伝解放』──」

「これは──!」


 姿が変わる。異形から、人の在り方に。


「ここからは、何かの物語じゃない。俺がここまで歩んできた、それこそが物語だ」

「見つけたか。自身の、在り方」


 右手に武器が宿る。黄金の直剣に回転式銃機構の着いた"空想的武器"。


「いくぞ。俺の物語、その集大成だ」

「では応えよう。『原典解放』、陣」

「『原典解放』"クラブのジャック"」


 能力が戻った。元来の意味の原典ではない、自分由来の力。これまでの物語で見つけてきたもの、それが力になる。


「『来い』アロンダイト!」


 握った武器を振るう。黄金の輝きを放つ剣が敵のシールドを傷つける。


「原典解放だと。それも限定的な解放ではない――」

「あの時は解釈が足りなかった。今の俺は、成りたい自分を構成する!」


 今ならジャックという名が持つ可能性を引き出すことが出来る。限定や制限はない。自分と関係がある、という縛りはあるが。

 敵の盾を”ごと”弾き出す。盾に隠れた体を引きずりだす。


「『原典解放』、フェイトブリンガー!」


 剣と融合した銃の引き金を引く。第一の弾丸が体を穿つ。

 通じたはずだが、敵は倒れず、剣で応戦してくる。それをこちらも剣で受け止める。


「他人の運命まで扱うか」

「他人じゃない。俺と出会い、俺の物語の一部になったものだ! 『第二解放』!」


 次弾が放たれこれも直撃する。まだ決め手にはならない。

 その離れた隙に盾を構えなおし、防御主体の構えを取る。


「『原典解放』、ジャック・ザ・リッパー!」


 盾を右へ左へ弾く様に切る。剣どうしの打ち合いなら揺さぶれるだろうが、盾相手では分が悪かった。だが、狙いはそうじゃない。左右に振ることでその時に発生する力点を捜していた。


「そこ! 『第三解放』!」


 力が篭った一点を撃ち抜く。敵の頑強な守りと正面からぶつかる形になる。原典解放の力に、盾が追いつかず、消し飛んだ。


「これが狙いか……!」

「『四弾解放』!」


 砲弾の如き第四の発砲に飲まれる敵。並みの敵なら消し炭だが。


「『原典解放』、尽」


 倒れはしない。まだだ、倒すにはまだ出力がいる。


「『原典解放』、”魔女狩り”!」


 殺意と解体の剣戟で詰める。敵の剣を躱し、体に突き立てる。


「『原典解放』、”神”」

「っ! これは……」


 剣は刺さった。手ごたえもあった。

 だが足りない。あと、少し。


「『原典、解放』……”臨”」


 これを超えて、結末を迎える。

 覚悟を決めて、最後の頁へ向かう。

 振り返らない。前を見ている。だから――。


「背中を押してくれ、リン」


 ”神”の放つ圧の中に、一歩、また一歩踏み込んでいく。

 肉体が軋むが、そのたびに小さな炎が傷を癒す。

 そして、その麓へたどり着く。


「『原典——』」


 剣を振り上げる。


「『——完了』」


     *     *      *


 パリンと、軽い音と共に剣が砕けた。俺という薄く、短い物語によくついてきてくれたものだ。


「——」


 同時に体が崩壊を始める。……やりつくした、か。


 後悔は、ない。最後に、本当の全力が出せた。

 物語の最後にはふさわしいだろう。


「リン……」


 最後まで背を押してくれて、本当に――。


「『原典解放』、儘——」

「!?」


 油断した、と悔いるところだったが、体の崩壊が止まった。


「——私も、興味が湧いた。お前が選び取る結末というものを」

「……」

「進め。そして、頂点で答えを見つけるがいい」


 敵、ジンはその場に座り込んだ。


「ああ――。見送るというのも……悪くない」


 ……。余力はない。先に進むなら、急がねば。


「幸運を。納得のいく結末を見つけられますよう――」


 塔は、静寂に包まれた。

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