第32話・登塔二層、「予感」

 塔を登る。その階段はまたしても真っすぐ。白く、明るく、何もない。


「ねぇ、あの銃、おいてきてよかったの?」

「持ってきても使えん。なら捨てるべきだろう」

「でも……」

「いいんだ、あれで、な」


 以前、ガイの言ったセリフを思い出す。


『塔を登るのなら、”何かを失っていくこと”を覚悟するんだ』


 この塔に入って、いつも通り二人で入ってきたが……。

 その時がきたら、俺は――。


「見えてきた!」


 階段を登りきる。見える景色は変わらな、いや……。


「窓だ!」


 でっかい窓があった。

 気分転換になるいいものかもしれない。とはいえ、登ってきた感じとしてはビルの七階か八階程度の高さだと思うが。どれ、覗いてみよう――。


「——は?」

「高っ!」


 そこは、半ば宇宙だった。

 正確には違うのだろうが、素人には誤差にしかみえない。上を見れば暗く、下を見れば光る大地が。成層圏ってやつだろうか。

 ……の割に体調面に変化はない。空気も普通、重力も普通。地上から変化は見られない。


「このまま月に行くんじゃない?」

「それは、分からないが。とにかく大変な状況だということだ」

「そうねぇ。実感がないけど、この窓が割れたりしたら大変ってことだもんね」


 なんて会話を続けながら景色を眺めていた。こういう神秘的な光景を前にするとどうして人は呆然と立ち尽くすのだろう。


「……あ~。そろそろいいかな?」


 声がして振り向く。幼く、高い声。入り口で聞いて以来か。


「……獏」

「覚えていてくれたんだね。すごいなぁ、余裕があって」

「余裕はない。ただ、警戒し続けていただけだ」


 能力的に警戒を解くはないだろう。原典の封印。俺たちにとっての生命線が常に握られている状態だ。


「ふふ、怖い?」

「そりゃぁ、な」

「でも僕はそれ以上の事は出来ないよ? 比較的安全なほうだと思うけど」

「——とは限らない。下層で戦った奴からそう教わった」

「そう。なら、少し戦ってみようか」


 ふらりとそう言った。一瞬遅れたが相手の動きは早くない。


「『異音』、縛」

「ぬ」

「うおっ」


 体が重くなる。動けないというほどではないが、一歩を出すのに苦戦するほどだ。


「『怪音』、驀」

「きゅ」

「(動物の獏か?)」


 どこからか召喚された動物の獏が突進してくる。危険かもしれないが……。


「きゅー」

「(小さい……)」


 足元で頭突きを繰り返す獏。無論ダメージなどなく。


「うん。やっぱりボクはこれが限界みたいだね」

「……」


 勝手に決めているが、そんなわけないだろう。下層でガイは言った。上層の奴らは殺しに来る、と。


「よ……」

「きゅ?」


 小さい獏を持ち上げて抱える。それをバク(本体というべきか?)に返す。


「ありがとう」

「俺たちを潰す。その手段や方法を持っているはずだ」

「潰すなんて物騒な。これは試練だよ」

「重ねて聞くが、登頂したらどうなる」

「分からないけど、納得のいく最後になると思うよ」

「それは――」

「おっと、来たみたいだ。——アイお姉ちゃん」


 上に気配がしたので飛び退いた。先ほどまでいた場所が襲撃されている。

 新たな人影、武装は……弓型の斧剣? を持っている。


「無事か、バク」

「ぼくもこの子もね。流石アイお姉ちゃんだ」

「お姉ちゃんは……、まあ今は良い。それより――」


 そのアイという女性がこちらを向く。白の髪に白の肌。白いワンピースのようなドレス。リンと対になるようなデザインの服。そして刀身以外に黒が存在しない白の洋弓のような斧剣。


「挑戦者、だな。受けてたとう」

「これで二体二ね」


 リンが抜刀し並ぶ。だが……。


「ぼくは戦わないよ。代わりに、舞台を用意する」


 パンッ、と手を叩くと頭上がオーロラの様な膜が現れる。


「『無音、降幕』、——さあ、君たちの純粋な力を見せてくれ」


 オーロラが体の高さまで降りてくる。特に何も感じないが、むしろ感じなくなったというべきか。


「……。原典開放……」


 ぼそっと、発動させようとしたが全くの無反応。以前出会った『現象・獏』、その状態に陥った。


「リン。分かってると思うが……」

「大丈夫。この塔に入ってきた時から分かってたことだし」


 構えを取る。実質二体一だ。


「行くぞ!」


    *     *     *


 打ち合って数合。両者引かずの戦いを、というのは客観的な話で。


「く……。ぐぅ……」


 正直、かなり押している。というのも、だ。

 恐らくこの『幕』。敵味方問わず能力を封印している。こちらも能力が使えないが、相手も使っていない。純粋かつ地味な戦いが続いている。

 リンの太刀で弾かれ、距離が空く。


「案外いけそうね……!」

「そう、だな……」


 気になるのは劣勢なのに何の関与もしない獏だ。能力がこちらでも使える様になるのがそんなにまずいのか。あるいは、別の思惑があるのか。

 両者ともに決め手がない状態だ。仕留め切るには時間をかける必要が――。


「まさか――!」

「遅かったね。十分な時間が稼げたよ」


 そういった獏の背後には階段がいつの間にかあった。試練が終わった、わけではない。逆だ。何者かが、来る。


「ちょっと遅かったね――アマラ姉」

「……今回は数が多かった。それなりのやつもいたが……まぁこの通りだ」


 今度は和服というか、白無垢のような装衣の女が現れた。

 ここへ来て感覚の麻痺を知る。あのアマラという女が持つ気迫はここの誰よりも強い。無論、ガイよりも、だ。


「さて……」


 アマラがこちらを向く。奴は例外なのか? 能力は制限されているはずなのに圧力を感じる。いや、能力以外が介在することがある――。


「(スキル強者か!)」

「ではな。己の未熟を呪うことだ」


 何かが来る。その圧倒的な何かに押し流されて終わる。そんな走馬灯を見た。


「いえ、ここからが勝負どころです」


 ……ああ。そういえば。

 敵は白ドレスと白無垢で白ばかりだった。周りの光景も白ばかりでいい加減飽きていた。だからこそ、その黒は映える。


「貴様は……」


 その黒は高く飛び、俺達を覆っている幕の上から飛び込んでくる。


「『原典開放』——」


 着地と同時に衝撃が発する。オーロラにひびが入り、割れて砕けた。


「『幕』が破られた!?」

「これほどの力があるとは……」


 そうして”彼”は、俺たちの近くに立つ。


「……傷だらけだな」

「おかげさまで、ですよ」

「だが、また会えたな。——マトリクス」


 その男はわずかにほほ笑んだ。


「敵は十分。そして傍らには貴方が。共に戦えて光栄です」

「こっちのセリフだ。力を貸してもらうぞ」

「もちろんです。では、参りましょう」


「『原典解放』、マトリクス・ネオ」

「『原典分化』、ジャック・ザ・リッパー」


    *     *     *


 それを後ろから見ていたリン。


「男の子って、勝手に盛り上がるよね。どうしようかしら」

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