第29話・登塔一層、「所詮」

 真っすぐな階段を駆け上がる。


「ねえ! この塔って円柱じゃなかったっけ!?」

「もう常識が通じる状況じゃない! とにかく前に進むぞ!」


 ひたすら進む。そういえば他にも参加者はいた気がするが、後ろから登ってくる気配もない。


「(既に振るい分けは始まっている?)」


 何か考えようとするが、どれも現実的、常識の範囲内、といった感じで信じきれない。ここでは、なにが起こっても不思議ではないのだから。


「なんか着くよ!」


 階段の終わりが見える。次の何かがあるのだろう。

 登り切ったその先は――、一階と同じ光景だった。


「ただの広場?」

「今は壁に次の階段は出ていないな。何が起こるか分からん。観察を怠らな――」


 これは、さすがに気づけた。何かの影がこちらに走り寄ってくる。彼女は気づいていない。俺が対応する――!

 ナイフで切りかかり相手の様子を見る。相手は受けるではなく回避を選択した。


「ち……」


 小さな舌打ちが聞こえた。それに離れてみるとそいつは小柄だった。


「——怖いな。頭蓋骨でも切り裂けるのか、そのナイフは」

「子供? 女か」


 白い部屋とは相対する様な黒のコートを被る様に着ている。身長、それから声音から女と判断した。


「同じ得物か。悪いが、分が悪いとしか言いようがないな」

「そう。随分な自信家」


 再び構えに入る敵。距離はそれなりにあるが、仕掛けの何かがあるのか。


「──避けて!」

「なに──っ!」


 攻撃が背後から飛んできた。攻撃の主因は・・・・・・リン。


「これは・・・・・・」

「ち、違・・・・・・体が勝手に」


 リンの目を見るが、本当に分からない様だ。にしてはというか、随分しっかりとした構えをしている。操られているとも思いにくいが。


「ヤツ・・・・・・原典開放したか?」

「原典・・・・・・? ああ、外の話」

「なんだと?」

「外の常識、この塔でも同じだと。笑える」

「違う。と言いたいのか」


 塔の中は外とは事情が違う。それはなんとなく分かっている。だが、だ。レギュレーションまでもが違うとは考えにくい。


「本当に、違うと思うか」

「随分な自信。勝てる、そう思っている、のか」

「勝つかどうかはこの際どうでもいいさ・・・・・・」


 背中がザワつく。周囲の空気を自身が飲み込んでいく意識をする。


「ちょっ、ちょっと! 私まで巻き込まないでよ!」

「上手くやる。下手なりに、な」

「ちょっとぉぉぉ!?」

「なに、考える?」


「『原典変成』、──生き延びてみせろ、女」


 やはり、というか確信はあったが、『獏』の効果範囲は塔全体に及ぶものでは無いらしい。正確に捉えるなら、獏が現れる時に同時に起こる帳、のような現象が能力の範囲だろう。


「っ──! この気配、変態──!」

「どちらの意味でも正しいだろうよ!」


 距離を詰め、ナイフで──。


「うわわ!」


 リンが体ごと遮ってくる。今の俺は触れるだけでもマズイ。多少大袈裟でも前転で大きく躱す。


「これ、"私の"斬り方だ! ただ操られてるだけじゃない! それなりに斬れるから気をつけて!」

「今は自分の心配をした方がいいぞ」

「そうよね! 黙ってるわ!」


 再び距離が離れた。リンを躱しつつ、あの敵へ接近し仕留める。"触れてはいけない"というのが難点だが、無理な話ではない。

 敵の力は底知れないが、今のところ人間らしい範囲に収まっている。本気がどの程度かは測りかねるが、速攻を仕掛けるべきだろう。


「・・・・・・」

「無理に黙る必要も無いが」

「いやぁ、抵抗の素振りくらい見せたくてもピクリとも動かないもんで。正直、恥ずかしい」

「なら、何故お前は操れて、俺は操れないのか。考えるくらいは出来るだろう」

「確かに!」


 パッと見で強そうな方を選んだとか。二人は操れないとか。とにかく何か制約があるだろうということ。


「俺らのルールは効かないかもしれないが、そっちにもルールがあるんだろう」

「なにが、いいたい」

「俺たちがいた世界も、この塔でさえも、誰かの想像物ってワケだ」

「・・・・・・」

「怒りか? 分かりやすくて助かる。ついでに教えて欲しいんだが・・・・・・」


 よく見えるように銃を取り出す。


「壁の材質は何だ」

「?」

「いや、どれくらい跳ね返るかなって」


 やや後ろに一発、適当に前方へ数発、敵狙いで一発を発砲した。

 敵狙いの弾は"器用にも"リンが弾いた。そしてそれ以外の弾は微妙な跳ね返りで推力を終えるか、天井に当たって終わった。


「外した、か」

「ちょっと! 何発か危なかったわよ!」

「だが、これでハッキリした」


 敵狙いの弾はあった。が、それは正面に立つソイツの事ではない。

 現に、ソイツから離れたリンがいる。


「あ・・・・・・」

「というわけで、二発あればお前は殺せるらしい。もっとも、どちらも殺すつもりだが」


 敵は二体いた。目の前の黒いローブの女子供と、俺から見て左側の壁にいる誰か。


「操る能力かというと違う。乱射時にリンを盾にすればいい話だ。だがわざわざ弾いた。何か理由があるんだろう」

「あ、う・・・・・・」

「口を割らないのは後悔が増えるだけだ。この世界、"名"を告げなければ、存在すら薄れ往く」


 撃鉄を起こす。


「俺が思い出すことも無いだろう。"誰からも"思い出されないだろう」


 照準を合わせる。


「人の"単位"を知っているか? 動物は何が死後に残るかで決まるらしい。頭、羽、匹──名」


 引き金に指を掛ける。


「人として"名"が残らないのは、どんな気分なんだろうな」


 引き金を──。


「『ウルフ』ッ!」「『クリミナル』ッ!」


 二つの名が飛び交った。『原典開放』だろう。同時に──。


「(・・・・・・)」


 轟音。フェイトブリンガーの最大解放。


「あ・・・・・・」


 一人の子供が膝を崩す。その一撃は、どちらか一方の命を奪う音だと気付いたからだ。


「──まあ、狙ってないがな」

「!」

「ウ、ウルフ・・・・・・」


 遠くから声がする。姿が半分ほど見えない(光学迷彩の様だ)少女がいた。

 二人は駆け寄って抱き合った。・・・・・・それを邪魔するほど無粋ではない。


「さて・・・・・・」

「ひ・・・・・・」

「俺の精神汚染に長く耐えたのはすごいが――」


 凄く警戒されている。怯えながらも警戒はする子犬の様だ。戦いは終わり、でいいだろう。後は話を聞くだけ、のつもりだが。


「これ」


後ろから頭を叩かれる。リンが体の自由を取り戻したようだ。


「自分じゃ分かんないと思うけど、今のアンタ、すんごい殺気が漏れまくってるから」

「・・・・・・どうすればいい」

「ちょっと引っ込んでなって。話を聞くんでしょ? 私が聞くから、ね」


 というわけでしばらく黙ることになった。


     *     *     *


「なるほど……、つまり、だ」


 リンがまとめに入る。


「——よく分かんないってことだね?」

「いやそうじゃないだろ」

「殺気がすごい。ステイステイ」


 彼女らは、俺達とはおそらく違うタイミングで入った挑戦者だったが、とある人物から「生きて在留するか、登って絶命するか」の二択を迫られたという。それ以来、この階層から動いていないのだという。

 と、要約出来たが、なんというか、女の話というか、感情的な話が半分以上だった。怖い、恐ろしい、死にたくない。


「んで、番人ごっこを始めてみたけどこれが初めてだったと」


 頷く少女二人。


「負けたけどどうすんの?」


 ……沈黙する二人。


「普通は死ぬかもしれん後のことは考えんからなぁ」

「しっ! 黙ってる!」


 さて。先へ進む方法が分からない。一層を登った時も条件が分からなかった。今四方を見ても階段やらは出現していない。どうすればいいやら。


「お困りかね?」

「そうだな。上へはどうすれば行けるのか」

「なんだ、簡単な話だ。私を倒せばいい」

「倒すって――。!?」


 今、誰と話してた?


「んな!」

「気配が無かった……!」


 俺のすぐ後ろ。座っていた俺の顔近くでうんうんと頷いている。


「おっ、やっと気が付いたか。自分の気配が濃いからといって周囲の警戒を怠るのは良くないぞぉ」


 なんだか、太眉で線の太い男が気分よさげにしている。

 コイツは――。


「うんうん! 強い殺気がようやくこちらへ向いた! それでこそ、だな!」


 笑顔の素敵なナイスガイ……!


「俺は『ガイ』。お前たちを倒すものだ」

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