第26話・塔

「いろいろあったな」

「いろいろあったわね」


 色々あった。様々な数々を経て――。

 俺たちは、塔、その足元……の街にやってきていた。


「街になっているんだな」

「そうね。もっと辺鄙なとこに立ってるだけかと思ったけど……」


 俺たちは、そんな街にあるカフェで呑気にお茶をしていた。


「それと、その、なんだ。分かっていたことだが……」

「(ずぞぞ~)なに?」

「ここにいるやつら。全員ネームド、なんだよな」


 人が行き交う往来を見る。全員が全員存在感がある。ただそこに作られただけのNPCとはわけが違う。

 生きている。そう感じるのだ。


「そう。み~んなネームドさ。あたしもだけど」

「店員、いや、名があるんだろう?」

「まぁね。本名は長すぎて忘れたけど、呼ぶ人はルーシーって呼んでる」

「そうか。いいのか、名を明かして」

「気付いてるだろうけど、タダで出来た街ではないってことさ」

「?」


 顔に疑問が出る程分かりやすい顔をしたのだろう。ルーシーはしっかり向き合って話を始めた。


「ネームドとしてこの塔に呼ばれたはいいけど、帰ってこない人をみると怖くなる。自分みたいな非戦闘型の人間はどうやったって生き延びれないってね」


 確かにありうる話だ。かく言う自分も、果たして塔に挑戦する資格があるのかといわれれば……分からない。


「そういうビビっちまったやつらが、挑戦するってやつらに十分な準備をしてもらおうってんでこの街が出来たってわけ」

「なるほどな……」

「観光するのも結構たのしいもんだよ。どうせ門があくまでしばらくあるだろうし」

「門?」

「塔に入るための入口だよ。詳しいことは直接”聞けば”いいとおもうがね」

「聞く?」


 そんな話を受け、その門とやらに向かうことにした。


「すれ違うどいつもがネームド……」

「はは、まぁ変な気の張り方しちゃうよね。わかる」


 そうして、文字通り塔の足元へやってきた。


「あれが門……」

「確かに、どうみても門だな。だが……」


 塔の壁面、四角く掘り出された様な痕跡があり、石造りの門と言われればそうだろう。だが異様だったのは、その門に顔が彫られていることだ。


「まさか聞く、というのは――」

「聞く、んじゃない。この門に」


 話しかけろ。ということか。

 どうする。という俺の視線に、嫌よ、と目くばせするリン。

 聞く、か……。


「……え~、コホン。もしもし? 門、さん? 聞こえてる?」


 門の高さは身長の十倍近くある。下手に近づいて喰われる、なんてことも避けたいし。


「もしも~し?」

「——。Zzz……」

「寝てる……?」


 反応がない。……相手は巨大、そして恐らく石造り。加えて言うなら塔の番人的な存在のはず。ならば、だ。

 銃を取り出し、撃鉄を上げる。上げ幅は最小、低威力で構える。そして、だいたい頬のあたりを狙って……撃った。


「……想像以上に硬い。傷一つ付かんな」


 撃鉄をもう少し上げるか、とか考えていた時——。


「ええいうるさいのぉ。まだ門を叩く阿呆がおったとは」


 野太い、しかし至って普通な男声が聞こえた。


「しゃ、べった……」

「おお? なんじゃ、なんも知らんと来た新顔かえ。説明はまた今度してやるから今は帰れ。はぁぁ~、では寝るぞ」

「ま、待て! 次とはいつだ?」

「なんかそのうちじゃ。この街にいれば自ずと分かる」


 それだけ言って再び眠りに入ったようだ。聞けと言われて来たが、何も得ることは無かったな。


「……と、言うわけらしい」

「誰でもいつでも入れる、って感じじゃないのね」

「そうだな。だがもし、本当にそうなら……」

「なら?」

「次に門が開くのが……一年後、とか」

「ええ~?」

「かもしれない。という話だ」

「——そいつはないな、ニュービー」


 離れた所から声がした。若い男の声だ。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる男。その肩には、アサルトライフルを掛けているのか。それを見て自然と腰の銃を握りなおすが――。


「まてまて。この街でやりあったりなんてしねぇよ。ここにいるのは仲間みたいなもんだからな」

「……では名を明かせ」

「いいぜ? 互いに自己紹介といこうか。俺は『カラシニコフ』。聞いたまんまの意味だ。そっちの男は?」

「ジャックだ」

「へえ? 名前らしくていいな、当たり枠ってやつかね」

「私はリン。それだけ」

「お嬢さんらしいね。よし! 紹介を以って和平としようじゃないか」


 『カラシニコフ』。たしか銃を作った人物のはず。であればかなり危険な人物のはずだが。


「門の話だったか? 俺の予想じゃそうだな……あと二日後ってとこじゃないか?」

「何故わかる?」

「俺はこの街の居残り組だからさ。もう何度も門が開いて、何度も挑戦者を見送ってきた」

「分からんものだな。お前ほどの名をもってしても踏破は眼中にないと?」

「んなもんこの街に集まるバケモン見てたら自信なんてすぐに無くすさ」

「……例えば?」

「全員把握してるわけじゃねぇけどな、そうだな――」


 顎に手をやり、明後日の方を見ている。古い記憶を呼び起こそうとしているようだ。


「過去最高に記憶に残ってんのは『ヘラクレス』だな。あいつが挑戦したときは門が開くのに三週間はかかった」

「待て。門が開くのには法則があるのか?」

「多分な。俺の予想じゃ「全滅したら次」だと思うぜ」

「全滅……」


 事前の情報で生還者はいないと聞いていたが、まさかそういうことなのか?


「んで、今回の予想は10日ってとこだ。俺の集めた情報の限りでは『トワイライト』が善戦すると踏んだ。だって強そうだろ? 黄昏」

「ちなみにだが、平均はどのくらいだ?」

「あ~、一週間ってとこじゃねぇか? 一時負のサイクルが起こってよ。挑戦者が4日で全滅した。門は開くが次の参加者は4日で集まったものだけ。そしてそいつらは3日で全滅した。ってな」

「……」

「そこへ現れたのがヘラクレスだった。やつが稼いだ時間で人が潤沢に揃った。それからは10日前後ってとこか」

「なるほどな」


 塔にも歴史あり、か。


「というわけで、俺の予想ではあと2日はある。ゆっくり準備するんだな」

「そうか。助かった」

「いいって――」


 その時だった。


「——集え、名だたる者達よ。挑戦の時は来た」


 頭に響くような、先ほど門から聞いた声がした。


「おいおい。予想よりだいぶ早いじゃないか」

「もしかしてだが――」

「ああ。これから門が開く」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る