第24話・終ノ夜、原典変成

 夜。

 誰かが家から出た。それを追うように俺も出た。


「……」


 アリスか。夜中に、まして一人で動くとは。心配もある。ついていこう。


 ……。


 少し小山になった、見晴らしの良い高所に出る。ここからなら遠くにある村の灯りが見える。


「……バレてましたか」

「まあな」


 アリスはすこし飛び出た岩の上に座り込む。


「ここからの景色、すごく好きで」

「ああ」

「上を見れば宙の星、地上を見れば暮らしの星が見える」

「そうだな」


 そこで会話は途絶えた。何かを言おうとしながら、言葉には出来ない。そんな様子だった。

 そんな彼女に、無言で寄り添い続けた。


 しばらくの時間が経った。


「……これ以上は体を冷やす。戻るぞ」


 そう声をかけると、岩から降りるアリス。そして――。


「……。どうした」


 彼女は俺の胴に抱き着き、掴んで離れようとしない。


「わたし、わからなくって」

「……」

「これからどうすればいいのか」

「……」

「ねぇ――もし――」


 言葉を紡ぐ少女に――。


「”チャーム”か。この匂い」

「——え」

「相手が悪かったな。”魔女”」

「な、何を言って……」

「ジャック・ザ・リッパー……」

「——な、なに?」

「『原典開……』、原典、原典……」

「————っ!」


     *     *      *


 ——逃げなきゃ。


「は――。はぁっ――」


 ——逃げなきゃ。

 あれは、出会っては――。いや、存在していいものではない。


「——誰か。——誰かぁっ!」


 灯りと感覚を頼りに村まで駆ける。アレは、私では、誰かでなくては駄目だ。

 私には、逃げるしかない。


「ハァッ!——ハァッ!」


 逃げる。逃げる。誰でもいい。誰か、誰か私を――。


「きゃっ!?」


 誰かにぶつかった。必死に走ってきたせいで気づいていなかったが既に村に入っていたようだ。


「大丈夫かい、お嬢——」

「助けてお願い助けてこのままだと殺される!」


 訴える。私ではどうにも出来ない。助けがいる。


「お嬢さん、状況を――」


 話を聞いてくれる、はずだった。


「……?」


 不自然に間が空いた後。


「きゃあ!? な、なに?」


 突き放される。たまらず地に倒れる。


「”魔女”——。”魔女”だな――?」

「——っ! 今は、そんなことどうでもいいっ! 助けて」


 足にすがる様に手を伸ばす。だがその手はあしらわれ、代わりに蹴られる。


「っ……」

「”魔女”! ”魔女”!」

「たす……助け……」


 何度も蹴られる。だが何度も手を伸ばす。手を伸ばさなければ、どのみち殺される。


「”魔女”! ”魔女”!」

「”魔女”! ”魔女”!」


 気が付けば騒動になっており、村人が集まってきていた。私への攻撃も蹴るだけでなく、木材で叩かれたりもしている。

 このままでは撲殺されてしまうかもしれない。でも――。


「助けて……。助けて下さい……」


 撲殺されても、”殺されてはいけない”。


「助け……。たす……」


 必死に訴える。だってそうしなければ――。


 ——じゃりっ。


「——。来た――」


 じゃっ、じゃっ。一歩一歩と向かってくる。


「嫌……。嫌ぁ……」


 「ソレ」はやってくる。


「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


     *     *     *


 ジャック・ザ・リッパーについて、知る必要がある。


 彼は、「何故」複数の

    「何故」女性を

    「何故」医学的解剖を以って

    「何故」殺害したのか。


 体が一つの結論を導き出す。”魔女狩り”だ。


 その当時、売春婦が大勢いた。

 その中に紛れ込んだ魔女、サキュバスを捜していた。

 サキュバスの生命力は凄まじく、男性から吸い取った生気を用いれば通常の人間であれば致命傷になる傷も塞ぐことが出来た。


 彼は、そのサキュバスを殺す為、確実な死を齎すために、医学的解剖というアプローチでその肉体を分解。殺すためのプロセスを確立させた。

 魔女分解。それがジャック・ザ・リッパーの『もう一つの姿』。

 あり得たかもしれない歪んだ解釈の果て。


『原典——変成』


     *     *     *


「『原典分化』ジャック・Xth」

「あ――、ああ――」


 この力は女性に対し強力な制圧効果を持つ。本能へ対し強力な嫌悪感を与えると同時に、どうあがいても抵抗の敵わない男性への恐怖感を植え付ける。周囲一帯の「女性」という性別に対し絶望を与える。


「いや――。いや――」


 ただの少女に抵抗など出来る事などなく――。

 あとは、解体を受け入れるのみ。


「————」


 行われるのは殺人ではなく儀式的解剖。そのナイフが向けられる先は、子宮。


「あ――」


 少女は絶望する。成すすべは、そこになく――。


 ——ガキィン! と金属が弾かれる音がする。

 ナイフの軌道が逸らされた。


「こんの――クソガキがあぁぁぁぁぁあああ!!」


 少女だった肉体が変態を遂げる。骨格が変わり、髪が伸び、異形の存在に成り果てる。


「——魔女か」

「若僧が。私に傷をつけようなどと……」


 成り果てた異形が語り掛ける。その周囲に魔力弾のようなものが形成される。


「所詮下級魔族しか狩れない哀れな人間。だが――ひと思いには殺さんぞッ!」


 魔弾が飛んでくる。それは早く、俺の体を捉えるだろう。しかし――。

 体に当たった魔弾は霧散して消えた。


「なに……?」

「”分かって”いるはずだ。——女では、俺に敵わない」

「生意気な……。なら」


 地面が隆起し、下から木の根の様なものが現れる。それは民家を掴み、こちらへ向けて投擲してくる。


「質量攻撃に耐性なぞ――」

「遅い」


 一拍後、魔女の肉体に無数の傷が付く。


「グギャア!?」

「魔力脈を解体した。——もう、魔法は使えない」

「若僧の分際で、どこまでコケに……」

「終わりだ」

「——は」


 それは儀式解体。特殊な手順で行われる、生きたまま殺し続ける技術。

 魔女は驚異的な回復力を持つ。その事実は変えられないが、ある命令を肉体に上書きする。

 それは生物が細胞レベルで持つ機能、ネクローシス。細胞自身が死滅を選ぶというもの。基本イレギュラーな事態でしか発生しない現象だが、それを儀式でもって顕現させる。


 無尽蔵に蘇るなら、自分から自死を選ばせればいい。


「こっ、こんな、ガキに……!」

「……」

「私がっ、こんな――!」


 そして。静かに肉体は消滅していった。


 静寂。

 村には、魔女が暴れた痕跡。それに巻き込まれた住人の死体だけが転がっていた。


 ザッ。足音が一つ。


「——気分が悪い。でも――説明してもらわなきゃ」

「……リン」


 駆け付けたのであろうリンが背後から見ていた。


「ああ――。お前も”女”だったな――」


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