第23話・三の夜、迫害

 今日の朝は早い。アリスが村へ行くというイベントがある。

 ただ赴くだけなら散歩と変わりないが、「アリス」が村に入るというのが問題になるわけだ。


 村には「魔女」にまつわる話が有り、その「魔女」は忌み嫌われている。アリスはそんな存在ではない、という証明をするために赴くのだ。


「準備はいいか?」

「……はい」


 アリスは、心なしか元気が無さそうだった。いつも明るい彼女の顔が曇って見える。


「……怖いか?」

「いえ、ただ少し、緊張しているだけ、です」

「だいじょぶよ! 私たちもついてるし……ね」


 俺は――少なくとも俺は、アリスを支配する感情が”恐怖”だと思い込んでいた。「魔女」として差別を受けるのでは、という心配だと思っていた。しかし――。


「仲良く、なれるといいな……」


 そう呟いた彼女の目は本物で、差別だとかそういうものではない――純粋に人と会うのが怖いというような、ピュアなものだった。

 それを見た俺は……。


「……荷車は俺が押していこう」

「いいんですか? 重いのに」

「力仕事は男に振っておけ。君は――自分の事をこなせばいい」

「——はい」


 そうして一行は村へ向かった。


     *     *     *


 何事も無く村へ到着。さて、どうなるか。


「……」


 今のところ動きはない。村の住人の目線も、旅人を見るそれと変わりない。

 だが、彼女が求めるのはそんなものではない。


「——。あのっ!」


 アリスが声を張る。必然、視線は集まる。


「私はっ、この村から離れた所に住んでて、でもずっと挨拶できてなくって。今日、初めてここに来させて貰って……」


 集まった視線に押されている。無理もないが、ここは彼女の頑張りどころだ。

 そんな彼女の元に、小さな少女が一人近寄る。


「あ……」


 さぁ、どうする。


「……クッキーとか、あるけど。食べる?」

「……」


 荷車から一包み取り出し、差し出す。


「……。あっ……」


 その子供はひったくる様に奪い取り、そそくさとその場を離れ、母親と思われる女性の元へ駆け寄る。子供によくある行動だが、どう捉える。


「あ、わたし、お菓子とか作ってきてて、皆さんの分もあります。良かったら……」


 だが、空気は依然重いままだった。

 紙袋を解く音がする。さっきの子供だ。その子供のリアクション次第では、事態は大きく動きそうだが……。


「——ならん!」


 大きな声がした。声の主は、老齢の村人。俺たちが最初に尋ねた男だった。


「(あいつが村長、だったのか)」


 その男はこちら側へ歩いてくる。


「貴様、外れの”魔女”だな?」

「ち、わたしは違う……」

「金の髪! 青の瞳! 白い肌! 言い伝え通りだ!」


 冷静な男かと思っていたが、わりと過激な思想の持ち主だったようだ。


「こんな……」

「あっ」


 子供が持っていたクッキーを取り上げると、地面に叩きつけ、見せつける様に踏みにじった。


「……ひどい」

「出ていけ! この村に居場所はない!」


 男は地面に手を伸ばす。小石を拾った。


「出ていけ”魔女”! 出ていけ!」


 小石が投げられる。それ自体は地面に落ちるだけの無害なものだったが。


「”魔女”……」「”魔女”……」


 村人全体の雰囲気がおかしい。最初は中立だった視線が敵視に代わってきている。

 そう思った次の瞬間には、投げられる石の数が増えていた。一つ一つは大したことないが……。ある一つが、致命的な速度・位置で飛んでくる。それはリンの刀によって叩き落される。


「……アンタらなぁ」

「待てリン。下がるぞ、なにか変だ」

「…………」


 リンは恨みっぽい目つきで村人を睨んでいたが、俺が荷車を引き出したのを見て共に下がる。彼女まで熱くなっていたら困っていたが、そうでなくてよかった。


「皆さん! 私は”魔女”では――!」

「駄目だアリス! 下がれ!」

「行くわよ」

「待って! 話せば、聞いてもらえれば――!」


 彼女の悲痛な訴えも引きずる様に村から出ていく。


「出ていけ」「出ていけ」


 そんな言葉を背に受けながら。


「……」


    *     *     *


「くっそムカツクわね、あいつら。なんだってのよ」

「気持ちは分かるが、なにか妙ではなかったか? あれは本当にNPCなのか?」

「……」


 村というものの力なのか、あるいはいつぞやのような”名を持つ土地”なのか。


「ごめんなさい、みなさん。わたしのせいで……」

「アリスは悪くないよ。悪いのは……」


 リンもその先を口にはしなかった。


「やっぱり、わたしがヘンだから。村の外に暮らしてるから……」


 アリスも自分を追い詰めている。

 差別、というのは難しい問題だ。ひとたびそれが築かれたのなら、壊すのは至難の技だ。


「今日は休め。晩飯は……俺が作ろう。リン、アリスを頼む」

「ええ」


 ……。差別、か。

 それを目の当たりにしたわけだが――。

 俺は■■の■■だと思った。


「(……。俺も少し、おかしい、か)」


     *     *     *


「じゃ、寝ましょうか」

「ああ、お休み」

「……」


 アリスはずっと元気は戻らなかった。


 …………。

 ……。


 深夜。


「ねぇ、あんた」

「……」

「あの時、アリスに石が投げられた時——」

「……」

「なんで動かなかったの?」

「……」


「さあな」


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