第22話・二の夜、魔女のいる村

「なるほど……事情はよくわかったわ」


 神妙な面持ちで答えるリン。そんな大層な話ではないのだが。


「ねぇ、手伝ってあげましょうよ! これも一宿一飯の礼ってやつで」

「まぁ、構わんが……」


 話というのは少女アリスのちょっとした悩みについてだった。

 彼女は例の薄暗い村から離れた所で一人で暮らしている。それはなんでも祖母がそう言いつけたからだという。

 その内容は、彼女が”魔女”の一族だから、という。


「話せば分かるでしょ。私たちが付いて行ってあげるし」

「それは……ありがたいのですが……」

「大丈夫だって! ねぇ?」

「……」


 気になる事は二点。一つ目はあの村の住人の態度。以前訪れた感じからしても異様な空気感を放っていた。果たして彼らに”外部の何か”を受け入れることが出来るだろうか。

 もう一点は……。


「わたし、今度の村のお祭りに合わせて行こうと思っていまして」

「うんうん」

「手作りのお菓子とか、どうかなって」

「いいじゃない! 私も手伝うわ。いいでしょ?」


 リンは乗り気だ。……思えば、俺は彼女の本来の性格さえ知らない。もしかしたらこういうのが本来の彼女なのかもしれない。

 だが――、と心の中では引っかかる。それは本当か? 本当にそうなのか?


「アンタ! 雑用よ、資料にある木の実を集めてきなさい」

「(木の実?)分かった」


 資料(という紙切れ)を貰って家を後にする。


     *     *     *


「(木の実なんぞ詳しくはないが、見る限りではカシューナッツみたいだな)」


 貰った資料片手に、恐らくそうだろうものを回収していく。

 ……今は一人。女の匂いは、ない。


「(原典開放、パラメディック)」


 手に持ったスマホ型なんでも薬品ツールを起動。これでナッツの成分を調べる。

 ……成分がずらりと出る。成分だけ見ても分からないが、少なくとも毒が無い事は確認できる。


「(……本当にそうか?)」


 周囲にある草木に目をやる。雑草っぽいが、見たことがないと言えばない。ちょっとした興味でスキャンをかけてみる。


「(ふむ……成分だけでは何なのか分からんな。毒ではなさそうだが……)」


 だがそんなスキャンが偶に”ブレる”ことがあるのに気づく。


「(インシデントエラー? 解析すら出来ない、ということか?)」


 一抹の違和感を感じながらも留意することに留め、その場を後にする。


     *     *     *


 あの村に戻ってきた。この村は四方を山に囲まれている。故に日が昇るのが遅く、落ちるのは早い。まだ日中の内に聞き込みをする。


「そこの人、失礼」


 比較的若い、明るそうな男性に声をかける。


「なんです? 旅の人ですかい?」


 ……真っ当な会話だ。NPCという事を忘れてしまいそうなほど。


「そんなところだが、一つ聞きたいことがある。——魔女という存在についてだが」

「ああ――。昔にいたらしいですね。何でも村に災いを呼ぶとか」

「魔女、だもんな。現在の情報は知らないか?」

「いいや、噂程度にしか。でも村には入れるなっていうのは聞いたな」


 ……風向きは、あまりよくなさそうだな。


「……もし、魔女が現れたらどうする」

「さあ。村長の判断次第、ですかね」

「そうか。すまない、助かった」


 一礼して去る。他にも村人は見える。少し聞いてみるか。


     *     *     *


「(反応は様々、か。だが全員が魔女という存在を知っていた。それだけ根深い問題ではあるのだろうな)」


 帰りながら情報を整理する。あの子が村に入った場合どうなるのか、分からないというのが現在だ。受け入れられるのか、拒絶されるか。

 穏便に話が済むならいい。だが、そうならなかった場合は……。


「ジャックさん!」


 森の奥から声がする。アリスだ。

 とてとてと歩いてやってくる。——あの顔はやはり、見ていて気分がざわつく。


「帰りが遅いから……心配で……」

「そうか、すまない。なにせ都会育ちでな、森というのがよく分からなくて」

「心配なので、このまま手をつないで帰っちゃいます!」


 小さな手が俺の手に触れる。本当にか細い手だ。

 ——簡単に握りつぶせるほど。


「木の実は……、わぁ、たくさん集めて下さったんですね!」

「時間だけはかかったからな、これくらいは」

「これだけあればお夕飯も豪華にできそうです。楽しみにしてくださいね」


 無邪気な顔だ。魔女がどうのなんて話を忘れてしまいそうな程に。


     *     *     *


 家ではナッツを使ったお菓子づくりと夕飯の支度で忙しそうにするリンとアリスがいる。家に居場所がない俺は外で牧割りに徹していた。


「(単純作業も悪くない……)」


 そう思いながら斧を振っていた。


「(そういえば旅の足を止めたのもしばらくになるな)」


 思い返せば大体の世界を一日か二日で移動していた。ここへ来て既に二日。明日を見守るとして三日、か。


「(まぁ、急ぐ旅でもないし、これくらいでもいいのかもしれないな)」


 などと思いつつ――何かを忘れたような。


「ジャックさ~ん! お夕飯が出来ましたよ~!」


 その声を聞いて家へ戻る。


     *     *     *


「ご馳走様」

「ごちそうさまでした」


 立地の関係か、あるいは獲る手段がないのか、肉や魚のない料理ばかりだが、それなりに食べ応えはあった。ナッツとは炒め物にもなるんだな。


「そんじゃ寝ましょ。おやすみ~」

「ああ、おやすみ」

「ねえリンさん。今日もお話聞きたいな」

「ん~そうだなぁ、じゃぁねぇ……」


 むこうはむこうで楽しそうだ。こちらは休むことに専念しよう。


  ……。

  …………。


 何かを、忘れている?


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