第20話・陰の村、一の夜
「ねぇ……すっごい不気味じゃない?」
「そうだな。常に、獣に狙われているような」
「いやもっとこう、お化け? っぽさというか」
次なる世界に来ているわけだが、森、森である。
映画であったなら謎の影に襲われ死亡しているだろうくらい暗い。まだ日はあるが、実際、もし襲われたらかなりマズいだろう。
原典、ジャック・ザ・リッパー曰く、活躍は市街地のみ。野外戦は不得手だ。
「あっ! ねぇ明かり! 村かなにかじゃない!?」
「かもしれん、が……」
「なによ」
「映画だとこういう時に出くわすのは――」
「いーから、見に行こっ!」
背を押されるがままその村、のようなところへ向かった。
「……暗すぎる。陰気が凄すぎないか?」
「うう、確かに。でも日が落ちてからあんな森には戻れないでしょ」
「それはそうだが……、どちらにいても変わらん様な気が」
やがて日が落ちる。そうなればもっと視界は悪くなるだろう。素人がいきなりやるのは危険かもしれないが、野宿、のほうが安全かもしれないと。そう思う程雰囲気は悪い。
「私、いろいろ聞いてくるね」
「俺も行く」
「ええ、手分けしてよ」
「別れた方がマズイ気がしてな」
「……ビビってる?」
「本能的危機感知と言ってくれ」
そうして、二人で行動することにした。
まず目についた民家から声をかける。
「ごめんくださ~い」
……。返答無し。すぐ隣の窓から明かりが点いているのは分かっている。
「ごめんくださ~い」
二度目でやっと反応があった。木製の扉が断末魔をあげながら開く。
「あっ、ちょっとお尋、ね、し――」
中から現れた男は、これまたすごい陰気を纏っていた。まるで死を待つ死刑囚のような、目の下のクマといい、不気味に片足突っ込んでる。
「あ、の~」
「……。帰れ」
「いやぁそんな場所がないというかそこを捜してるというか」
「……。帰れ」
「あちょ――」
戸は閉じられた。あのリンが終始押される形で終わるとは。
「……どうしよう」
「俺としては、居心地悪いこんなところより、少し歩いて野営場所を探した方が気分は軽くなりそうだ」
「ええ~……、困ったなぁ」
リンが珍しく弱気である。野宿には抵抗があったか。
「とにかく、移動するぞ」
「うん……」
そうして村を離れることにした。
村から続いている人のけもの道を辿りながら、野営できそうな箇所を捜す。
……とはいえ素人であるには変わりない。目利きが効けばいいが。
「どういうところが正解なんだろうか」
「え、知らずに出てきたの?」
「経験はない。だがこれが正解だと思っている」
「はぁ~。まぁいいや。雨風が凌げそうな、竪穴みたいなところがいいんじゃない?」
「難しい注文だが、確かにな。なるべく探すか」
そうしてしばらくうろついたが……。
「ここにする。屋根は無いが壁はある。草もそうない」
「ええ~、水とか確保したいなぁ」
「まだ手持ちはいくらかある。一晩だけ超えて、それから行動しよう」
正直、俺だって納得していないが、仕方ないで片付ける他ない。身の安全は最悪寝なければなんとかなるだろうし。
「リン。お前の火はそれなりの火力は出せるか? 焚火を作る」
「うーん火打ち石みたいなもんだから持続的には出来ないかも」
「十分だ。火を起こす準備をする」
幸いにも雨が降った形跡もなく、落ちている木や葉っぱは乾燥したものが多かった。少し探せばすぐに集まった。
「これだけあれば、どうだ?」
「まあ起こせると思うよ――ほっ」
枝葉を斬るという独特な手段で火を起こした。思ったより綺麗に出来て少し安心している。
「暖は取れるな。腹は満たせないが栄養補給くらいなら出来る」
「それより水辺とか見なかった?」
「水溜まりすら見ていない。どうした?」
「いや、いい」
その時、少し風が吹いた。偶然にも彼女が風上で、俺が風下だった。
「……生理か」
「ちょ、デリカシーなさすぎじゃない!? なんでそう思ったの!?」
「匂い、だな。どうも、ジャック・ザ・リッパーはその辺が詳しいらしい」
「ええ……さすがにちょっとキモイな……」
軽侮の眼差しを向けられる。まぁ口にするのは確かにまずかったかもしれないが。
「……悪かった」
「ほんとよ」
「いや、そうであるならもう少し村で聞いて回るべきだった。風に曝されるのは体に堪えるだろう」
「……まぁ今さらよ。分かってんなら労わりなさい」
「善処しよう。最も、化学療法になるがな」
いつぞや手に入れたエキゾの箱を取り出す。上手く使えば体の健康を最適化も出来るし、ホルモンバランスを変えることもできる。
軽く引かれた頃に、物音がした。茂みの向こうに何かいる。
「(動物、あるいは――)」
銃とナイフを構える。もし、それが敵だとして明かりを元に集ってきたというのなら……。やはり素人には野宿は厳しかったか。
物陰から、現れる――。
「っ――!」
心臓が大きくはねた。現れたのは人。小さく、金髪で、幼げのある顔。森に似つかわぬ小奇麗なドレス。こいつは――。
「あの、もしかしてお困りでは、ありませんか?」
少女が語り掛ける。少女らしいか細くきれいな声音で。
「ラッキー! そうそうお困りなところでして……」
「リン!!」
大きな声を出す。ナイフを握る手が強くなる。
「な、なに?」
「……」
うまく言語化出来ない。なにか、本能的な部分が……。
「えっと、この世界的にも先に名乗りを上げた方がいいですよね。
私は『アリス』、そうお呼びください」
その名を聞いて、俺は、俺は――。
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