第19話・寄り道

 随分な活気、ずらりと並んだ屋台。屋台とだけ聞くと、最初の町であるヨーロッパ風な街並みを思い出すが、ここはもっと土っぽいというか、かつてのタイ国のような雰囲気がある。


「食べ歩きしたらいつまでも遊べそうねぇ」

「いまだにレートは分からんが、書いてある数字は小さいな。少しくらい遊んでもいいとは思うが」

「食べるならあんたでしょ。前回の戦いでそれなりに血を流したんでしょ、肉の串焼きとか5.6本いっちゃいなさいよ」

「言われてみれば、そうかもしれないな……」


 などと言いながら街をぶらついていた。

 しかし、あることに気が付く。


「そういえば、なんだが」

「ん?」

「あの塔、こんなに近かったか?」

「……。言われてみれば……確かに……」


 そう。初めはあまりに遠く、そしてどれだけ歩みを進めても近づいている気がしなかった。

 それが今となっては、もう少しで届きそうな程に近かった。現実的な感覚で言うなら3km程度だろうが……。


「(もう少し。だがそれでも遠い)」


 塔を睨む。あそこに何があるのか、それを突きとめたい。

 と、見ていると――。


 ——きゃああああぁぁぁぁぁ!


 女性の悲鳴と思われる声を聞いた。


「ジャック!」

「ん、ああ……」


 その声がした方へ向かう。……だが、なんとなくだが、そんな大事ではない、と感じている。


     *     *     *


「よよよ~、こんな非力な女を苛めて楽しいのかねぇ!」

「このくそ女! 待ちやがれ!」


 そこにいたのは追う男と追われているのは、いつぞや見たことのある女だ。その女とは原典をも知っている。確か――ロボトミー。


「ああくそ! 頭がイライラする! 何しやがった女ァ!」

「頭がイライラするって、すごく馬鹿っぽいセリフだねぇ! ハッハッハァ!」

「ぶち殺してやる!」

「きゃあああぁぁぁぁぁ♪」


 ……ほら、大事では無かった。


「……どうする」

「放って……、いやついでに聞きたいとこを聞いておくか」


 楽しそうな(?)追いかけっこの中に割って入る。


「あっ! キミィ! 久しいねねぇ! ちょっと助けてくれな――」


 足を引っかける。


「え」


 勢いよくコケるロボトミー。


「よくやったガキ!」


 ロボトミーに追手が掛かる。


「んなぁ! た、助けてくれよぉ! このままでは身ぐるみ全部剝がされてしまう!」

「「今は」、助ける義理は無いな」

「わかった! 欲しいものをなんでもやろう! だから早く――」

「なんでも、ね」

「捕まえたぞ女!」

「うわあああ! 助けて~!」


 とまぁ、しばらくおいておけば……。


「『原典開放』ロボトミー」


 使うだろうと思った。


「ちょ、まずいんじゃ」

「いや、俺なら対応できる」


 動きが鈍くなった追手の男を蹴り飛ばし、起き上がるロボトミー。わざとらしく服のほこりを払って向き直る。


「ふん。弱そうな女を演じていれば……男とはつくづく馬鹿だねぇ」

「てめ……なにもんだ……」

「この世界では耳を澄ますことも重要だよ、新人クン」

「くそ……」

「さて……」


 ロボトミーが向き直った先にいるのは当然俺。さて、何を言われるやら。


「さっきは随分な態度だったじゃないか。一応は既知の仲、だろう?」

「かもしれんが、お前からなにか貰ったわけでもないしな」

「……どういうことだ」

「恨みこそすれ、感謝はない。ということだ」

「馬鹿が。素で言ってるのか? 何故私の力が効いてない?」


 やはり、なにかを仕掛けていたようだ。もっとも、違和感程度には感じていたが。


「お前の原典は知っている。能力も把握している。俺とは相性が悪かった。それだけだ」

「ちぇっ、つまらんねぇ」

「……」

「……なんだい。遊び終わったならとっとと消えたまえよ」

「そこの男を起こせ。ネームド纏めて聞きたいことがある」

「断る、といったら?」


 パァン。弾丸が大腿部を貫いた。


「止血しなければ死ぬぞ。出来るか?」

「君ねぇ、もっとレディの扱いを学んだ方がいいと思うねぇ」


 どこからかスカーフを取り出し素早く止血を試みる。腐っても外科”医”か。応急手当くらいは出来るようだ。


「彼を起こす前に、その聞きたい事とやらについて聞いてもいいかな? なにせ拘束を解いたら今度こそ私は殺されかねないからねぇ!」


 ああ、そういえばそうだったな、と他人事のように思い出す。それくらいはいいだろうと話を切り出す。


「あの塔について、知っていることを教えてくれ」

「なぁんだそんなこと。こんなふとももの激痛なんてなくても教えたのにねぇ!」

「結果論だろ。で、答えは?」


 そうだねぇ、と空を、塔を見やってから話し出す。


「我々ネームドが目指す到達点、かな?」

「それは知っている」

「じゃぁ何が聞きたいんだい。おい理不尽に銃を向けるな」

「塔に辿り着くとどうなる」

「さあ? 登るんだろう?」

「登って、どうなる」

「噂でしかないんだけどねぇ、なんでも願いが叶うらしい、ねぇ」


 なんでも願いが叶う、か。それは確かに魅力的な話だが、それは後天的なもののはず。少なくとも俺は塔を視認した時から、気が引かれてならなかった。これはどういうことなんだろうか。


「さぁねぇ。そもそもの話をすれば、塔へ向かったものは過去から数多く存在するものの、帰還したもの、情報を持ちかえったものが誰一人いないのだから」


 一気にきな臭くなったな。生還者なし、故に情報なし。

 生還者なしということは、死んでいる可能性が大いに高い。奪い合いによる死か何者かが殺しているかどうか。


「分かった。ではそこの男を開放してくれ、同じ話をする」

「嫌だねぇ! 誰に聞いたって同じ答えしか返ってこないのに、わたしの命を危険に晒すのは普通に嫌だねぇ!」

「そうか。次の失血は間に合わないだろうが……」

「分かったねぇ! でも頼むから守ってくれよぉ! どのみち片足では逃げられないんだからねぇ!」


 ぱっと解放された男が頭を抱えながら立ち上がる。


「ああくそ、頭がおかしくなりそうだった」

「気持ちは分かる。ところで質問なんだが」

「待てよ、その前に――その女を殺してからだァ!」

「ひえぇぇぇぇぇ!?」

「何故そこまでコイツにこだわるんだ?」

「こいつが俺のエキゾチックを奪った! それだけで十分だろ!」


 酌量の余地なしのまなざしを向けると、首をぷるぷる振って何かを取り出す。分厚めのスマホのように見えるが、なんらかの特殊能力を持っているのだろう。


「返す代わりに答えて欲しい。塔について何か知っているか?」

「神がいるというやつか? 噂でしかないが」

「やはり噂の域を出ないか。分かった、これを返す」

「待て、あんた、こいつが使えるんじゃないか?」

「なに?」

「あー! わたしのものだったのにー!」

「そいつは医療スキルがある程度なければ使えないらしい。俺の手には余っていてな」


 手元の道具を弄ってみる。ボタンを押すと画面が点く。まるでスマホと変わらない。

 画面には……成分表か? 見覚えのある鎮痛薬から劇毒まで揃っているように見える。組み合わせればいい薬が作れそうだが。


「君の思う通りだねぇ! だから私が預かろうとねぇ!」

「お前は盗もうとしたんだろ!」

「有効活用しようとしただけじゃないか! 使えないのに持っていても宝の持ち腐——オ”ッ!」


 適当な鎮静剤を作ったが、どうだ……?


「お、おい。何をしたんだ」

「実験だ。作った薬は注射として利用できるらしい」

「大丈夫なのか……?」

「それを確認するのが実験だ」


 ロボトミーはみるみるうちにデロデロになっていった。


「成功だな」

「成功なのか……」


 死んではいない。少々、あまり宜しくない成分が多かっただけの話だ。急性薬物中毒とは、こんなふうになるんだな。


「やっぱり、あんたが持っていた方がいい。持って行ってくれ」

「いいのか?」

「ああ。こんなものを見せられては、な」

「そうか。有効に活用させてもらうとしよう」


 新しいエキゾチックを手に入れた。


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