第18話・原典分化
——オォォ……。
異形が呼吸? をする。それだけで周囲は緊張感が張る。
「なんなのです・・・・・・あれは・・・・・・」
相手にも困惑が見られる。だが実際は、それを把握しているものは居ないだろう。
あれが俺だという確信も、何となくでしか無いのだから。
「────」
それは静かに、佇んでいる、様に見える。
もしも俺だとして、果たして俺は冷静なのだろうか。
「信徒たち。新しいお客様を迎えて差し上げ──」
それの目が光る。それが動き出す。
「──オオォォォ・・・・・・」
声か、唸りか。それが静かに腕を上げる。
──と、同時。世界というガラスにキズが入るかのような、白い斬撃が無数に放たれた。NPC達は五体を裂かれ、いとも簡単に肉塊に成り果てた。
「なんですと・・・・・・」
敵も、俺も驚きを隠せない。ただ息をする様に皆殺しにしてしまった。
「従順なる"全"信徒達。彼の者にも教えを授けましょう」
ズラリと周囲一帯を埋め尽くすNPC達。ホールも客席も埋め尽くされる。奴は最初から本気では無かった。だが──。
「──オオォォォ・・・・・・」
またしても、ほぼ無音の一瞬にして、全てが肉塊と化した。
あれが、ジャック・ザ・リッパーという存在が辿り着く一つの究極点。あるいは、成れの果て。
「お前・・・・・・」
自分をみる。その姿に、俺は──。
「う、うぉぉぉ・・・・・・!」
敵がうめき声を上げる。見るとその首に白のヒビが入っているのが分かった。
「くっ、こんな、このような・・・・・・!」
それは首枷のようなものなのか、首輪を取ろうとする仕草で難を逃れようとしている。
「わたしがっ!このような・・・・・・!」
抵抗を続ける。しかし亀裂は確実に入っていく。
「こんな、「化け物」に・・・・・・」
「・・・・・・」
そして──特別な音も無く──首が落ちた。
終わった。それで終わり。なんと呆気ない最後だろうか。
NPC達は消滅、みたいに死体は光になって消えた。
「リン!」
駆け寄ってぐったりとした体を起こす。傷は見当たらないが呼吸が浅い。ダメージが蓄積しているのだろう。しばらく休ませて回復すればいいのだが。
「・・・・・・」
そんな。彼女を優先し、放置されていたもう一人の俺。そいつは何をするでも言うでもなく、じっとこちらを見ていた。
「なあ、お前──」
声を掛ける。反応はない。
「──後悔、しているのか?」
その言葉に、僅かに反応した。妖怪のように曲がった背筋がメキメキと音を立てながら向き直る。
彼は、何かを思い、背負っている。
「・・・・・・」
静かに、動きを見守っていた。彼はゆっくりと唯一の武装を取り出す。敵を殺すのにも使わなかった、マチェーテの様な大型ナイフ。
彼は、再び姿勢を落とし、構える。何故、構えるのか。
「俺と、戦うのか」
相手は超常の力を持っている。殺すだけなら一瞬で終わるだろう。そうではなく、彼は俺に倒されようとしている。
理由は分からない。だが、既に道を終えた存在が何かをさせようとしている。そこにはきっと、意味がある。
「(外された肩が治っている?これもあいつの能力、なのか?)」
右手に銃を、左手にナイフを。全力で相手をする、その意気を見せる。
相手は、笑ったように見えた。
「────!」
恐ろしいまでに真っ直ぐ突っ込んでくる。マチェーテを振り上げ、切り下ろそうとしてくる。半ば怪物と化したあの巨体から放たれる攻撃、受けるのはマズイだろう。
躱して、後隙に攻撃を、と思ったのだが……。
「ぐっ!?」
脳から内臓までが揺さぶられる衝撃を感じた。あれはただ斬撃を放っただけではない。”振るい”にかける一撃だった。
「(ジャック・ザ・リッパーとしての斬撃、その極地か)」
特殊能力に頼らない自力の能力。ここまで、至れるものか。
「——オオォ!」
負けじとこちらもナイフを繰り出す。だが、相手は躱す素振りを見せない。
結果としてナイフは胴を捉えたが、刺さりはしなかった。いや、なんのダメージにもなっていない。
「っ……。なら……!」
下がって発砲。通常弾を浴びせるが躱す気配は無し。というのはなんとなく分かっていた。なので目くらまし程度に使いつつ――。
「『原典開放』!フェイトブリンガー!」
通常弾に折ませつつ原典開放を放つ。が――。
キュイン。とその一撃だけ、マチェーテによって鋭角に逸らされる。逸れた弾丸は壁を粉砕したが、その威力の百分の一も通じてないだろう。
「(この程度、捌くのはなんてことないということだろう。もしフェイトブリンガーを決めるなら、ゼロ距離の射撃のみ。ダメージを与えるなら……)」
覚悟を決める。”これ”を使うという事は、必殺ということだからだ。
「(もしかしたら、アイツは最初からそれが狙いだったのか?)」
そうも考えつつ、腹をくくり、呼吸を整える。
「『原典開放』ジャック・ザ・リッパー」
殺意の目を向ける。それに対し相手は――マチェーテを構える。まるで「かかってこい」と言っているようだ。とても正気とは思えない。
「——!」
一呼吸。その間に打ち込んでいく、自身が出せる最速の殺し。全てが急所を狙った攻撃。……だがことごとくが弾かれてしまう。
「(速さ、技量、どれも全力のものだがこうも簡単にいなされては……)」
軽く絶望しかける。必殺が通用しなかった、その真実が重くのしかかる。
ではどうする。切り札は使った、使ってしまった。あとは……。
「——アアァァ!」
異形が声を上げる。それが攻撃の予兆だと気づいた。
「く……!?」
繰り出される攻撃は……、自分で言うのもなんだが、特別早いとか、技巧がすごいとか、そういうものは無かった。まるで、普通のような……。
その剣戟を――教わる様に――なぞる。その動き、その攻撃に何の意味があるのか。知るために、殺戮者から教えを貰う。
「……」
金属同士の弾けあう音が響く。打ち合って数分だが、分かったことは「コイツは俺を殺そうとはしていない」ということ。
そして、語るべき口を持たない異形は、動きを通じて何かを伝えようとしている。ということだけ。
「ち……」
一度離れる。動きを見ていて思ったのは、何度か同じ動きをしていたということ。その動きに何の意味があるのか。
「——ア」
異形が動く。さっきまでとは違う。なにか特殊な動きをしようとしている。
「——。『ゲンテンカイホウ』——」
「っ――!」
身構える。これほどのものが何かしようとする。何が起こるか予想がつかない。
「——■■■り」
攻撃が来る。それはいままでで一番早く、一番の精度で襲ってくる。防ぎようがない――本来なら。
「————。はっ……はっ……」
一瞬、無我夢中。その集中で以って攻撃の全てをさばききった。
ソレは不可能だっただろう。唯、初見であったなら。
すでに一度、いや何度かそれを見ていた。故に対応出来た。死ぬかとも思ったが、やはり、相手がやりたかったことは――。
「(この技術を教えること、だったのか?)」
ビリビリと震える腕。しかし、そこには確かに、技術が詰まっていた。
相手は沈黙。こちらが動くのを待っている。その意思に――答えなければならない。
「『原典、分化』……」
構えを取る。頭の中で再構築を始める。ジャック・ザ・リッパーとは何者であり、どのような存在だったか。
あるいは――どのような未来を生きたのだろうか。
「人体解剖——」
殺し、という手前のものではない。外科医療の知識を持ち、殺すのではなく、機能不全にするという力。いわゆる急所ではなく、肉の関節部分を断つ攻撃。
奇しくも――。
外骨格のような見た目のその体の弱点箇所だけは、ナイフが通りやすいようになっていた。
「はぁ…、はぁ…」
敵は――抵抗しなかった。俺の解体を受け入れた。
「……」
敵の、俺だったものであろうものの姿が消えていく。
その口が開く。
——塔を目指せ。
それだけを告げ、光となって霧散した。
* * *
「……。ん、んん?」
「起きたか?」
リンの傍らに座り、彼女が目を覚ますのを待っていた。
「あれ、私……」
「敵にやられて気を失っていたようだな」
「そう……。また、足を引っ張ったわね」
「そうでもない。俺も俺で、得るものがあった」
そういって左手を握りしめる。未だに、しかし確かに、腕に感覚が残っている。
「起きたなら、いくぞ。少し、俺も疲れた」
そういって、激動であったビル内の戦闘を終え、後にした。
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