第17話・イレギュラー

 階段を登っていく。大広間を抜けてからの構造は複雑に、というより近未来的なものになっていた。間接照明の足元やどういう理屈か分からない光が脈打つ壁など。

 そんな階段の先からNPCが下りてくるのが分かった。


「予想通り、だな」

「何が?」

「おそらくこのビルにいない方が言っていた。今回の戦いは兄弟という二人を相手にするということ。二人いるということは能力も別々に存在する、と考えた」


 前を見る。見える範囲では三人のNPCがいる。


「斬るなよ。恐らく血が武器になっている。——その血を操る能力使いがこっちのビルにいるだろうという考えだ」

「ってことは、あっちのチームにロボを押し付けた、ってこと?」

「言い方は悪いが、まぁそうだ。現に俺達ではロボを相手取れない」


 NPCが目前までやってくる。銃もナイフも抜かない。


「階段下へ投げ飛ばす。追ってくるようなら足の骨を砕くくらいにしておけ」

「りょ」


 こうして投げて道を確保する手段を取った。例の近接戦修行がここで生きてくるとは。

 とりあえず見えていた三人は下の方に突き落とし、道を確保した。


「そういえばさ……」

「うん?」

「自爆特攻とかしてこないんだね」

「……。何か、あるんだろうよ」


 確かに、と少し引っかかった。敵の能力を全て把握できているわけではないが、やるなら効率のいいやり方があるはずだ。こんな、人を操る能力だというなら。


「親玉を叩けば分かるだろうよ」

「……」

「どうした?」

「いや、なんか、いやな予感がするなぁって」

「確かに用心は必要だろう。かといって及び腰でも仕方ない。進むぞ」


 それからしばらく進んだ。たまにNPCが流れてくる程度で、その都度下層に放ってきた。特に追いかけてくるとか、自然発火するとかなく、普通に登ってこれた。

 そして……。


「多分最上階、か?」

「ほかに出入口はなさそうだし、行くしかないよ」


 大き目の両開きのドアがある。押し開いて中へ入る。


「……」

「……」


 中は広いドームの様になっていた。無人の客席に囲まれた、暗いドーム。不気味極まりない。


「またロボとか来ない?」

「……分からん」


 銃とナイフを抜いて構える。以前に出会った感じだと構えておかねばそれだけで出遅れる。その間に死ぬ。

 全力で警戒するが――何も起きない。と少し気を抜いたら――。


「! ち……」


 部屋の照明が一斉に点く。その明かりに一瞬目を細める。奇襲されたらマズイと気は張っていたが、特に、そんなことは無く。


「なに? ビビらせるだけ?」

「視界が開けたのは向こうも同じ。用心を――」


 そう言いかけた時だった。ドームの上の方、客席上段に人影が見えた。


「兄さんの言った通りだ……熱心な信徒がわざわざ出向いてくれるなど……」


 神父のような恰好をした男が現れた。顔は細っており、強そうには見えない。


「歓迎しましょう。さあ! 皆さんも一緒に!」

「!?」


 その一瞬に何が起こったか分からなかったが、瞬きの内に全客席が埋まる程のNPCが溢れかえっていた。


「なにこれ!?」

「分からん! がマズイ事は分かった!」


 銃を構え、撃鉄を最大まで起こす。


「『原典開放』フェイトブリンガー……!」

「おや、おやおや。原典——」

「遅い!」


 捉えた敵の心臓を目掛け、銃弾を放つ。それは確実に心臓を捉え、弾き飛ばした。——と、少なくともそう見えたが。 

 ボン、と右側で爆ぜる音がする。


「なに……」

「——嗚呼。今のは、痛かった。他人の運命へ触れる程の力。脅威、ですねぇ」


 効いていない? いや、着弾と同時に右の客席のNPCが爆ぜた。ダメージの移し替え、か。だとすればマズイ、フェイトブリンガーの弾持ちとの相性が悪い。


「血の気の多い人たちには少し大人しくなってもらいましょう。『原典開放』ファウンド」


 特に行動を起こさなかった客席のNPCが前に、こちらに迫って、上の階からボトボトと落ちてくる。


「さすがに殺さずは無理か!」

「どうする? 斬る?」

「返り血を浴びないようにコンパクトに斃せ!」


 返り血には気を付ける必要があるが、彼女の腕なら何とかなるはずだ。こっちは接近戦に持ち込みたくはない。なるべく距離を取って銃で処理していく。


「”焚書プロトコル”——」「”焚書プロトコル”——」


 倒したNPCの口(体?)から発せられる謎の呪文と共に発火する。傷がトリガーか、絶命がトリガーか分からないがとにかく斃した敵が発火していく。持続時間はさほどだが、最初の勢いは強い。触れるのがよくないのは確かだろう。だが――。


「くそ、ゾンビよりたちが悪い!」


 そう多くを処理しきれないうちに距離が詰められてしまった。後ろに下がろうにもNPCは詰まってきている。


「うわああああ!?」

「リン!」


 限界か。”出血させない”とは相性が悪い故使いたくは無かったが、現状を突破しなければ先はない。


「『原典開放』ジャック・ザ・リッパー」


 殺意がみなぎる。敵が、人体が、”最も出血する箇所”が直感で分かる。


「——殺戮者」


 リンの元へ駆け寄る最短直線距離の”人体”を解体していく。ナイフは脇、心臓、鼠径部、首を捉えていく。——当然、出血量は多い。ナイフという短さでは返り血は防げない。

 リンの元に来ると不可思議な光景があった。敵は何かをするではなく、その体にまとわりつくような動きをしていたからだ。


「リン!」


 周囲を取り囲んでいたNPCを引きはがしていく。中心にいるリンにも返り血を浴びせることになるが……。


「……ぷはっ! ちょっと酷いな、これ」

「悪いが次の手は考えてないぞ!」

「ちょっと賭けに出るしかない、か。時間稼ぎ任せてもいい?」

「それは殺してもいいということだな!?」

「それ以外無理でしょ! やって!」

「ジャック・ザ・リッパー、——鏖殺」


 殺すことを考える。近づいて切り、離れた敵は撃つ。鏖殺の限りを尽くす。


「”焚書プロトコル”——」

「っ……」


 発火するか。リンの策がうまくいくならいいが。


「『原典分化』不知火——」


 発火する。その事実は変わらなかった。だが――。


「……熱くない?」


 その炎は、火というより陽炎のように透明に揺れるだけ。


「今見えてる分だけ。青い炎は無力化できてないから気を付けて」

「一時的でもしのげるだけで十分! ストックを狩りつくす!」

「……ふむ」


 うまくやりながらNPCをさばいていく。そして、底が突くのをみる。


「これで替えは無くなった。今ならフェイトブリンガーが届く」


 すぐに構える。——だが、即発射とはいかないのが弱点だった。


「『原典分化』ファウンダー」

「なに!?」


 殺し尽くした死体が起き上がる。全て。


「信徒達よ、彼らにも教えを与えようではありませんか」

「ぐお……! くそが……!」


 NPCの全員が体を使った制圧、簡単言えばタックルをしてくる。ナイフを突き立てても、銃で頭を落としても関係なく突っ込んでくる。


「ぐ……」

「きゃっ……!」


 地面に組み伏させられた。左腕のナイフは機能しない。右手、握った銃なら僅かに動かせる。引き金を引いて発砲するが……状況が変わることなく弾切れとなった。


「”切り裂きジャック”。貴方は詰みだ。原典開放を突き詰めなかった、それが落ち度」


 ——ボクッ。と軽い音が体に響く。両肩の関節が外されたか。


「しかしこのお嬢さんは少し違うようだ」


 俺の左手のナイフが奪われるのが分かった。タチが悪い、あのナイフは切れ味が良くない。


「ぐあっ……!」

「リン!」

「素晴らしい。我が『ファウンダー』支配下でも正常に機能しているとは……。しかし――直は、さすがに堪えるでしょう?」

「あ――。ああ、あああああ!!」


 彼女の姿は見えない。だがロクでもないことが起こっているのは『鼻』で分かる。


「ははは! 外科医もどきの殺人鬼もその顔を見せれば少しくらいは興奮するでしょうか!」


 ——考えろ。この状況、自分に、出来ることを。


「『原典』……」


 ……出来るのか。『何かに頼る力』で突破できるのか。


「……」


 今のままでは、——何も出来ない。


「どうした? もっとメスらしく喘いでみせろ!」


 今のまま――、この下衆を、”殺すだけでは足りない”。

 ”切り裂きジャック”、死の恐怖を具現化しなければ――ならない。


「——『人権——』」


 その一歩、いや数ドットすらない僅かな線引き、それを超えようとした。その先から声がする。


 ——お前は、来てはいけない。


 ミシミシッ……。


「? なんだ?」


 ——■■が、そちらに行く。


 ゴォォォン。空間が鳴る。空気が震える。

 ゴォォォン。次元が裂ける。何者かが殴り込みに来る。


「なんだ!? なにが起きている!?」


 ドォォォン。それは怒りの拳。

 ドォォォン。それは殺意の刃。


 メギメギと空間が音を立て、歪み、裂ける。尋常ならざる何かが起こる。


「——あれは……」


 裂けた空間から腕が一本、二本と伸び、裂けめを掴む。この世界に、食い破る様に、その姿を引っ張ってくる。

 見えた上半身はおよそ人のものではなかった。肥大、複雑化した骨のようなものが装甲として身に”埋められて”おり、顔以外は人間の形を残していない。のだが――。


「……俺なのか?」


 異形が裂け目から姿を現す。本人以外、その存在によって”生きる権利は奪われた”と錯覚するほどの殺意を秘めていた。

 彼は、俺は、何を成すのだろうか。


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