第16話・違和感

 ビル内部へ侵入? した。外観は古いビルだったが、内部は――。


「サーバー?」

「そう形容するのがよさそうだ。この建物自体が巨大な機械なのかもしれない」


 一階。入ってすぐ。そんなところにこんなものがある。明らかに普通ではない。


「普通のサーバーなら破壊すれば影響が出そうなものだが……」

「ガワだけだろう。概念的な存在でしかない故に、破壊しても損害は零コンマ以下のダメージしか通らないだろう」


 概念的な、か。超常現象が普通なこの世界、ファンタジー的な話をされても特に驚かない。それに……この高レベルが言うと信頼できる感じがある。


「となると、”ビル”というのは難しいな」

「となると?」

「我らが目指す”塔”であれば恐らく登頂すれば、なにかあるだろう。だがビルとなると、ゴールは分からない」


 そう言われればそうだろう。どこに首魁が潜んでいるかは分からない。しかし、だ。


「一番上にいるんじゃねぇかな?」

「ほう。そう思う根拠が?」

「多分このサーバーも見せかけのもので、親玉みたいなやつは最上階という立地を使っている。気がする」

「それが、根拠?」

「もっというと、バカだから。かな」


 と所感を述べたが・・・・・・。


「果たしてそうだろうか」


 と神妙な面持ちで返されてしまった。バカがいると踏んだのは間違いか?

 そんなサーバーをぐるっと見渡せるような部屋の四隅を巡る螺旋階段がある。


「登るぞ」

「後ろには俺がつく」


 こうして、登階が始まった。


 常に警戒し、上の方を見たり、下を見たりと忙しくしていた。一方のハヤブサは割とスイスイ登っていた。

 耐久力に自信があると言っていたが、まさか罠を体で解除していくわけではないよな?なんて思いながら共に歩みを進める。


「・・・・・・待て」


 静止がかかる。階段上、誰かがいる。


「NPC?」

「だが様子が変だ」


 見ればのらりくらりと、千鳥足で器用に階段を下ってくる。NPC相手なら躊躇いはない。近づかれる前に処理するか、と銃を抜くがハヤブサが止める。


「出来れば血を流したくはない」


 平和主義なのか、それとも別の思惑があるのか。それは分からないが、今は彼に従う。

 徐々に近づく彼我の距離。こちらは逃げるでもなく、ただ迎撃の体勢で迎える。


「なあ、そこの──」


 声は掛けたが反応無し。そして、すれ違う──。


 ──ヒュカッ!


「!(早い・・・・・・)」


 今まで出会ってきた中でも突出した速さで何かを行った。寸刻後に、それはナイフ状のもので首を撥ねたのだと気づく。


「どうした?」

「汚染、されている。この距離になるまで気づけなかったとは」

「汚染・・・・・・?」


 血を零しながら崩れるNPC。その体はズルズルと階段を滑っていき、首だけがそこに残った。


「?」

「……」


 それはただの違和感。体は滑っていった。首はここに残った。階段上で起こる現象として、少し不思議程度のものだろう。それだけ――のはずだった。


 ——”焚書プロトコル”起動。


「なん――」


 無言でハヤブサが俺と落ちた首の間に割って入る。死体が喋った、と思ったら発火したのだ。その火は彼を呑み込んだ。


「おい!」

「気にするな。炎自体は普通のものだ。耐性がある、放っておいていい」


 燃えながら冷静に答える。


「それより後ろは大丈夫か」


 振り返ると、階段に溢していった血が全て燃えている。量に比例するのか、零れた血は少し燃える程度で、落ちて行った死体がよく燃えている。


「私はだいじょぶよ~」


 抜刀した刀をキラキラと振りながら答えるリン。直後の少女も特に被害はなさそうだ。


「狭い階段では不利だ。一気に登る。先行して安全を確保してくる」

「ああわかっ――、ええ?」


 てっきり走るくらいだと思っていたら凄い跳躍で飛んで行った。体の構造がまるで違うのだろうと実感する。


「聞こえてたな、急ぐぞ」


 (比較的普通な)足の俺たちは駆け足で登っていく。……やはりレベルやネームドは格が違うものもいるのだと実感する。


     *      *     *


 ある程度まで階段で登ってきた、と思う。外見から判断すれば三分の一くらいは登った気がするが……。入った時点で思った、奥行きの深さを考えると外見で判断するのはよくない気がする。


「休憩はいるか?」

「いや、大丈夫だ」


 あれから敵襲(?)は一度も無かった。一件だけ、というのが不気味だ。何を考えているのか分からない。


「この先、外見にそぐわない大広間を抜ける必要がある。周りを見たが抜け道はなさそうだ」

「なるほどな。先行してくれた礼だ、次は俺が前に出よう」

「大丈夫か?」

「アンタが規格外なのはなんとなく分かった。だがそれとは別に、な。恩は返しておく」

「あまり気にしなくていい。自分が規格外なのは自覚がある」


 そう言う彼の目は少し寂しそうだった。その目は知っている。誰かを殺めた事を後悔している目だ。


「……そういうのは俺に任せておけ」

「?」

「なんでもない。全員いいか?」


 はいよ~。分かったわ。と返事が来る。それを背に受け大広間へ入っていく。


「……静かだ」

「こういう場所ってボス戦とかするって相場が決まってるもんよ」

「ボス(上司)? よく分からんな」


 そんなことを言いながら、およそ中央に差し掛かった時——。


 ——カンッ! ガコン!


「上?」

「反響具合からして大型だな。くるぞ」


 レベルの高い人はそんなことまで分かるのか、なんて感心していたら――咄嗟に後ろへ飛ぶ。


「デカイ……!」

「機械、いやロボットか」


 こちらの身長の20倍はあろうか。超がつく巨大なロボが現れた。駆動系統は完全に電気だろうか、動きの音が静かだ。

 そうして静かに腕を上げた。次の瞬間には拳が向かってきていた。


「(これほどの質量でこの機敏性だと!? 回避は、間に合わな――)」


 巨大な拳に挽き殺される。油断した、と脳が遅すぎる反応をしていた。

 ——ガァァァァァン!! と大きな音がする。人が挽かれた音……、ではなく超質量を受け止めた音だ。


「やはり私が先行すべきだったな」


 受け止めていたのは他でもないハヤブサだった。しかも苦戦を感じられない余裕がある。

 特に気合を入れるでもなく、そのまま巨体を壁まで弾き飛ばし、追撃にととびかかり金属が裂ける金切り音が続けて聞こえる。


「破壊した。と思うが」


 ……一瞬の出来事だった。巨大ロボによって殺されたかと思えば、それを一瞬で仕返してしまう味方。

 力不足。それを強く実感した。存在している世界が違う。


「無事か?」

「……足を引っぱったな」

「大した問題ではない」


 彼は味方。だがそれはそれとして出力の差に、悔しさのようなものを感じる。——彼がいなければ死んでいた。そして抵抗すら敵わなかっただろう。フェイトブリンガーでさえ届くかどうか。


 ——ザザッ。


 何か、ノイズが聞こえる。粗雑なスピーカーとマイクから発生するノイズに酷似している。


「——ええい貴様ら! 我が弟の邪魔をするか!」

「貴殿が隠れていたほうか。読みは外れたわけだ」

「なにぃ!?くそ、こうなれば全て破壊し尽くしてくれる!」

「なんだと・・・・・・!」


 なにか、預かり知らぬところで話が進んでいる。推測だが、彼らも追っていた別件があったようだ。


「既に我がロボット隊が街中に繰り出された。鏖殺は止められんぞ!」

「……!」


 するとハヤブサ。壁の方へ歩いていく。どこから取り出したか分からない槍のような物を手に、壁に向かって振るう。ありえないことに壁に穴が開いた。

 外の景色が見える。風を受けながら覗き込むと、そこは――。


「……」

「馬鹿な、あのロボットが複数だと!?」


 先のセリフにあったように本当にロボットが隊を成していた。まだ破壊等の行動は見られないが、何をするかわからない。


「……ジャック。不可解だろうが、私は町を守る事を優先したい」

「そう分からない話でもない。あのロボを操る何者かがいる、そうだろう?」

「……確信はない」

「俺ではあのロボットの相手はキツイ。適材適所といこう。お前たちはロボットを操る首魁を叩いてほしい」

「……すまない」

「何を謝るんだ。出来ることをやるんだ、どちらにも負い目はない」

「すま、……いや感謝する」


 そう言ったハヤブサと後ろをついていく少女は、一礼した後、少女を抱えて切り崩した穴から飛び出していった。それなりの高さなのだが気にも留める様子もなかった。

 そして静寂が訪れた。短い間だったがパーティを組んでの冒険は楽しかった。


「……言っとくけど、あのロボ、私でも捌けないからね」

「大丈夫、俺もだ」

「全然大丈夫じゃないじゃない」


 いつもの二人に戻った。ここからはいつも通りの探索だ。


「……行くぞ」

「ええ」


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