第14話・クロスオーバー

「ねえねえ、どうだった?」

「早るなよ。俺も見るから……」


 次なる世界、中世フランス以前の様な古い様式の建物が多くみられる世界に来ていた。

 リン曰く、活発な世界とのことで、一部NPCから恩恵を受けられる、とかなんとか。さっそく行ってきたのがレベル鑑定とスキル鑑定だ。結果は羊皮紙のような大げさなものに書かれて手渡される。


「どれどれまずはレベルね。……31。順調じゃないかしら」

「前は20がどうとか言っていたような気がするが」

「20で一度頭打ちになるけど、その最中に稼いだ経験値は無駄にならないわ」


 随分と一度に上がったものだと驚いたが、そういうものだというのならそうなのだろう。


「まあレベルはおおよそ予測通りって感じね。でも今回はスキルがあるわ。こっちが本命よ」


 なんだか、少し声が弾んで聞こえる。楽しい、のだろうか。

 でも現実に置き換えて考えれば、確かに面白い事かもしれない。第三者という存在から、才能というのを告げられる。というのはそう無い経験だろう。


「なになに・・・・・・。」


 次はスキル欄を見る。自分に隠れた才があるのかと思うと少しドキドキする。


「近接戦闘B+。プラスは修行で付いたもんでしょうね」

「それって凄いのか?」

「プラスっていうのは、場合によってはランク一つ上を凌駕する、ってもんだから、結構すごいことよ。ましてBでプラスなんて」

「ふーん……」


 そうか。あの修行、気持ち程度の成長ではなく、ちゃんと意味が持てたんだな。そりゃ儲けたもんだ。


「近接反応A+。こっちの方が凄いじゃない。どういうこと?」

「さあ。自分では分からんな」

「うーん。流石に具体的なスキル内容まではちゃんとしたネームド鑑定士に見てもらわないと分からないなぁ」


 分かるのはスキルの名前だけ。具体的に何が出来るかまでは、本人に自覚がない限り分からない。


「外科医療B。へー、出来るの?」

「原典ジャック・ザ・リッパーに紐ずいたものだろう。”彼”は医療に長けた存在だと言われているし、原典分化で発動出来るんじゃないか?」

「へー、面白いわね」


 このスキルは後になって生えたものなのか。最初から持っていたものなのか分からない。最初からだとするなら、俺が適当に名乗ったジャックは、適当なんかではなかったのだという事になる。


「射撃予測C+。あんたプラス多いわね。射撃に自信があるんだ?」

「いや、生前にそんな技量を持っている訳がない。多分後付けだろうが……、言われてみれば、素人のくせによく当たる気がする」

「不思議なもんねー」


 射撃、か。そういえばフェイトブリンガーを拾う前から銃の扱いは何となく頭にあった。才、なんだろうか。


「調理E-。アハー↑、あんた下手なんだ、料理」

「分からん。やったことないからな。それよりマイナスというのは?」

「同ランクと比較した際に出力不足なものよ。公にヘタって言われたもんね、ぷくく」

「……お前はどうなんだ」

「私? 特別言及無いってことは普通なんじゃない?」


 なんだかそこまで言われると逆に気になる。卵でも焼いてみれば分かるのだろうか。


「こんなもんねー。意外と面白い結果だったんじゃない?」

「そうだな。接近戦はともかく、射撃と料理にスキルがあったとは」


 自分の再発見に感心しつつ、書かれた紙をしまう。


「……ってそういうお前のは?」

「私はむか~しに見てもらったから大丈夫です」

「何が得意か、とか聞いておきたいところだが」

「……。秘密」


 その顔はいたずら心というより恥、の方が多く感じた。聞かれたくないこともある、か。そう納得して好奇心を押し殺す。


「んじゃ、街の散策といきましょう。日が落ちたらホテルに集合ね」

「分かった」

「美味しそうなのあったら買っておいてねー」


 そういってこの場を離れて行った。こちらも移動をしよう。

 この世界は現実のそれとは違うが、それでも感じるフランスっぽさに価値を感じてしまう。例えばこの噴水。そんな大したものではないが、ノスタルジーを感じる秀逸なデザイン。


「よ……っと」


 噴水のヘリに腰かけ、人の往来を見ながら物思いに耽る。つかの間の平和、そんなモノを感じていた。

 腰に下げた銃を取り出し、眺める。NPCという人目があっても、彼らは中身のない存在だ。というのを長い旅を通して感じていた。自然と、同じ人間扱いするのは辞めていた。


「(原典、背景。それらを持つ名。そしてそれを受け継いだ、ということ)」


 自分の原典解放を行って分かった。あれは、自己肯定というか、存在を認められるというか、「これを成した自分には存在価値がある」みたいな感覚がある。簡単に言えば気分がいい。

 だが気になってしまったのは、受け継いだもの、エキゾチックとして獲得した「何者かの物だった物」はどうなんだろう。この銃は、それで満足なんだろうか。


「(……綺麗だな)」


 便利なように使ってきただけの銃だが銀色の銃身がとても美しかった。こいつは、俺についてきてよかったのだろうか。改めて考えてしまう。


「……。ん?」


 つい自分にしか目がいっていなかったが、なにやら視線を感じた。顔を上げると噴水の縁、少し離れた所で仁王立ちの男がいた。それを目にした瞬間、異質さに驚く。


「(ネームド、だけじゃない。レベルか? 脊髄が格上だと言っている)」


 軽装、に見えて重装備。俺の理解に及ばない近未来の装甲を身にまとっている。彼の容姿を語るのは至難だと思う。そんな、普通ではない風体をしていた。

 そんな男がこちらに近づいてくる。目線があっている。間違いなくこちらに向かってきている。どうする。敵対すれば、命は無い。

 ついに、目の前まで来てしまった。


「……。ネームド、だな」

「っ……、ああ」


 圧倒的威圧感。何故逃げなかった。そう思うほどに、相手は強力だ。

 ナイフも、銃も、恐らく原典解放さえ、届かない可能性がある。それほどの相手を前に、俺は――。


「……迷子、になってしまった」

「なに?」

「道が分からないんだ。なにか知らないか」


 その言葉に敵意はない。純粋に迷子、なのか?


「集合場所のホテルへ帰れない。この辺りに詳しくないか」


 聞いている限り本心でそう言っているようだが、かといって相手にも期待はしていない。訪ねてはいるが、答えてくれることを期待していない。と感じ取れる。


「悪いが俺もただの冒険者で立ち寄っただけにすぎなくてな」

「そう、か」


 表情は変わらない。だが下を向いてしゅんとしてしまった。

 ・・・・・・沈黙が満ちていく。息が苦しい。


「困った」

「ああ、・・・・・・困る、よな」

「・・・・・・困った」

「・・・・・・」


 このままでは沈黙で溺死してしまう。なにか、なにかないだろうか。


「そういえば、仲間がいる、のか?」

「ああ」


 であるなら、だ。方法は無くはないかもしれない。


「?」


 銃を握り、撃鉄を2段階起こし、そして空に向けて発砲。乾いた銃声が一帯に響いた。


「・・・・・・。・・・・・・?」


 この男、必死に意味を考えようとしている。シンプルな話なんだが・・・・・・。


「仲間がいるんだろ?ならそいつに見つけて貰った方が早いんじゃないか?」

「! なるほど・・・・・・!」


 うーん。格上、のはずだがどうにも敵意を持てないというか、かわいい反応をするせいというか。

 とにかく、今は手助けをしたい。


「戦闘が起こったなら仲間は気にかける、だろう。目立てば見つかるはずだ」

「なるほど・・・・・・!」

「銃声は目立つ。多少遠くても聞こえるだろう」

「なるほど……!」


 なんだか楽しそうにしている。犬であったなら尻尾でも振っていそうだ。

 こうして、解決策が来ることを期待した。


     *     *     *


「(なにやってんのよ、あいつ……)」


 銃声が聞こえて来てみれば、ジャックが何者かと一緒にいる。それも尋常ではない存在と一緒に、だ。


「(分かってんのかしら、アレ)」


 レベルは基本、50までは上がる。だがその先のレベルに至る経験値は指数関数的に上昇し、一つ上げるだけでも困難になる。

 加えて、レベル51以上には経験値の減少というのがある。例え、一週間ほど最前線で戦い続け、一時的にレベルが55まで上がったとしても、一晩すればレベルが一つ落ちることもある。


「(感覚、しかもこれだけ距離があって、だけど――)」


 普通に見える風体、しかし漏れ出る異形のオーラ。


「(レベル90。ってとこかしら。なんにせよ化け物ね)」


 唇を噛む。戦闘になれば、まず私は手も足も出ない。精々一撃を体に受けるのがやっと。

 加えて言うなら、勝ち目は「フェイトブリンガー」の特殊能力が効くなら、だけだろう。並みの原典程度は傷すらつかない。


「(んも~~! 厄介なことに首突っ込んじゃって~!)」


 頭をわしゃわしゃ掻く。どうする。あの化け物と対面すれば、勝ち目もなければ生き逃げることも敵わないだろう。どうする。どうしよう。


「……あの」

「んわああああ!」


 背後から声を掛けられた。近くまで、それまで気配がしなかった。

 そこにいたのは大仰なローブ(風なジャケット?)を着た、銀というより白っぽい髪の陰気そうな少女だった。


「あそこにいるの。アンタ……あなたの連れ?」

「え。そ、そうね。そんなところ」


 もしかしたら、コイツはアイツの連れ、なのかもしれない。丁度いい。すごく丁度いい。このまま連れ帰って貰おう。


「そう。どういう作戦かは知らないけど、残念だったわね」

「作戦? 何の話——っと」


 咄嗟に飛び退く。ナイフか何か、光物の投擲だった。


「どういうスキルか知らないけど、彼と分断したのは正解よ。でも、それもここまで」

「ちょっと! 私何かしようなんて思って――聞けよ!」


 飛んでくる光物を刀で叩き落す。何か勘違いをしているらしい。


「しゃーない。ちょっと灸でも据えてやりますか」


     *     *     *


――キンッ……。キンッ……。


「ん?」

「む?」


 二人して音のする方を向く。


「……」

「……」


 その音の方へ向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る