第13話・原典開放

「起きて。……起きてってば」

「ん……。いつ眠ったんだ……」


 目を開けると、褐色の岩肌が目立つ、荒野のような場所が見える。乾いた地面に寝っ転がってた様だが、なぜ眠っているのか。全く記憶にない。


「俺たちはいつも通り歩いていた。だよな」

「そうね。で、世界が切り替わったと思ったら、あんたは眠ってたってわけ」

「なるほど、世界を跨いだ直後、というわけか」


 乾燥したところで眠っていたにしては喉は壊れていない。眠った、というより意識を失っていた、のほうが正しいかもしれない。


「疲れてんのかもしれないけど、もうちょっと進もう。ほら、あっちにモーテルみたいなのがあるし」

「モーテル……。そうだな、すこし、休むか」


 見渡す一帯は荒野で、なんとまあタンブルウィードまで転がっている。今回の舞台はウェスタン、なのだろうか。


     *     *     *


「ふう。横になったから回復したのか、横になれるという思いから気がはやるのか。眠気はないな」

「まあ、しばらく休むだけでもいいじゃない」

「そうだな。少し、目を瞑っておく」


 そう言って目を閉じた。闇が満ちる視界で、もやもやと闇が脈打つ。


「ちょっと辺りをぶらついて来るわね」

「分かった。出る時はメモを置いておく」


 そうして、部屋に一人。静かに休む事にした。


     *     *     *


「さてと」


 なんやかんやで、私一人で行動するのって久しぶりな気がする。楽しめそうな所は無いけど、まあ、観光よ観光。


「そういえばリゾートと違って水分とか出来るだけ確保しておくべきなのかしら」


 ふと気になった。私は能力による不死性、ついでに飢餓へ抵抗がある。彼と出会うまでは必要性を感じなかった。

 観光をしているんだし、お土産ってのもありかもしれない。ミネラルウォーターでもありかもしれない。


「(でもどこで手に入れようかしら。店っぽいのは無いし・・・・・・あら)」


 視線を前にやると、荒野に似つかわしくないパステルカラーのドレスを着た女がいた。周りのNPCどもがジーンズ系を身に付けているのを見ると、如何に浮いているかが分かる。


「う~ん。困ったわぁ」

「そこのお嬢さん、一つお尋ねしても?」


 背後から声を掛ける。その女は顔だけ振り返り、ちょびっとこちらを凝視した後、体ごとこちらに向き直って話し始めた。


「なぁに、喪服女。陰鬱な空気が移りそうだわ。見ないでくれる?」

「……なんだァ手前。黒のドレス着こなせる私に嫉妬か、芋女」


 さっきまではやり合う気なんて無かったのに。なんだろう、早く斬りたい。

 全く、どうしてネームドっていうのは衝突を避けられないのだろう。


「黒みたいな色に安心感感じちゃってまあ、そのセンスがダサイっていうか」

「おい、口で言ってねぇで武器でも出せよ。さっさとしようぜ」


 静かに抜刀。切っ先を向け挑発する。口喧嘩は、まあ乗ってやってもいいが、気分じゃない相手はさっさと斬り落とすに限る。


「嫌よ汚れるなんて。面倒くさいし。わたくし非力ですし? 野蛮なやり方なんて……はぁ~、ナンセンスなこと」

「いちいちムカつくな。さっさとぶった斬りたいが――」


 刀を鞘に納める。別に斬らなくていいならそれでいい。


「声かけなきゃよかった。じゃあね。私も暇じゃないので」


 身を翻し、去ろうとする。んが、今度は向こうが呼び止めてきた。


「まあまあまあ。これも旅の素敵な出会いだと思いません事? 何も殺し合いだけが生き方ではないでしょう」


 最もらしいことを口にする。だが、こっちは見ているだけで気分が悪い。それだけだ。ここを去る。


「——そうは思いません事、皆様?」

「ッ! ――お前……」


 気が付けば周囲一帯を囲まれていた。ただのNPCには変わりないが、左右にふらふらと……操られている?


「『原典解放』……」


 咄嗟に刀を握る。


「……は面倒ですわ。——やってしまいなさい」


 ゾンビの様にふらふらとした足取りのNPCが寄ってくる。


「面倒臭い……」


 直近の一人の首を落とす。次ぐ二、三人を袈裟斬りで左肩から心臓を切り込む。


「私、相手がなんだろうとためらわないタチなんで」

「あらあら怖い。その殺気で以って、全員を切り伏せるつもりかしら?」

「……嗚呼。それはいい案だ」


 一度刀を鞘に納め、呼吸を合わせる。


「『原典開放』、赤燐」


 薙ぎの抜刀術。刀身には青紫の炎が宿っている。その一太刀で四人の心臓を破壊した。次々と倒れるNPC達。


「あらあら」

「どうせゾンビみたく使いまわしが効く能力してるんでしょ。私の炎は浄化効果も兼ねてる。洗脳程度なら潰しが効くわ」

「ふーん……」


 ピクリとも動かなくなったNPCを見下しながら、それでも他のNPCを誘導しこちらへけしかけてくる。


「(つっても残りは十人ちょっと。耐久するにしては数は少ない。何か仕掛けるならそろそろだろうけど)」


 向かってくる敵を順番に、淡々と炎の刀が焼き斬っていく。一人、また一人と倒されていく。そして――。


「……んで。終わったけど、あんたどうすんの」


 全滅させたが汗一つ搔いておらず、刀を肩に乗せて顎を突き出す。


「あらあら……」

「言っとくけど、そっちが仕掛けたわけだから。後は黙って斬られておきなさい」

「そう。確かにわたくしが「先に仕掛けました」わ。そうですわね……」


 ん? 何かの気配の変化を感じ取る。


「原典も使わせない。使うだけの余裕があったのに使わなかった、その慢心を恨む事ね」


 刀を構える。後は一歩飛んで斬るだけだ。


「そう。「先に仕掛けたのに」。——それにいつまでも気づかないなんて!」

「!」


 何かが起こった訳ではないが、マズイと判断した。故に飛び出し、即首を落とす。

 寸秒後、刀によって首は刎ねられた。鮮血が溢れ出る。


「(手応えはあった。確かに首を落とした)」


 刀を鞘に納め、額を拭う。


「(……ん? 汗?)」


 違和感があった。まず刀を納め、額を拭う。


「(なんでこんな汗が……)」


 落ち着いて呼吸をし、次に刀を鞘に納める。


「って……!」


 明らかにおかしい。刀を抜いて構えなおすが。


「あっ……」


 手元が狂い、刀を落とす。何かがおかしい。


「うふっ、うふふふふふふ。ああ、笑ってしまう。こんなにも滑稽なこと、そうお目にかかれないものですから。うふふふふふふ」

「ちっ、どこいった!」

「姿を現す? そんなそんな醜態を晒すなんて、普通に考えてありえませんわよねぇ」


 声だけが聞こえる、周囲には誰も見えない。


「そう、普通に考えてそうでしょう? 何の警戒もなく相手に近づく? 相手の能力を警戒しない? ”普通に考えて”、ありえないでしょう?」


 汗だけじゃない。体が、全身が脈打つような、過敏になった感覚。


「うふ。”普通”、全て”普通”のこと。なのにどうして出来ない、分からないのでしょう?」


 呼吸が、安定しない。肌がヒリヒリする。


「ああ愚か。”普通”が出来ない愚か者。こんなの笑ってしまいます」


 意識はある。なのに何も考えられない。


「”普通”が出来ない。その原典、まるで――」

「攻めるのは勝手だが、背後にも気を配るものだぞ。”普通”」


 どこからか轟音が聞こえた。それは地上から放たれた一条の光。私の前で瞬き、火花を散らして、目前の何者かを撃ち抜いている。


「きゃああああ!?」

「これは……」


 今のは、遠距離からの攻撃。そして神秘を纏った力。考えられるのは、原典を持つものの力。


「待たせたな、リン。少し遅くなったが、必要な回り道をしてきた。と理解してくれると助かる」

「え、ええ……」

「さて」


 助けに来てくれたジャック。なにやら雰囲気が変わったようだが……。


     *     *     *


「う~む……」


 体を横にしてしばらくになる。体調が良くなる気配が一向にない。こういう時は……。


「(動いた方が賢明だな)」


 テーブルに書置きを置いて部屋を出る。


 外の光景が何やら変わっている。地形が変わっているとか、そんな天変地異みたいなものではない。霧っぽいというか、澱んでいるというか。何より……。


「(この臭い、女臭さか?)」


 妙に鼻に着く臭い。それを感じた俺はどうにも……イライラしていた。何故かは分からない。分からないが、「女を許しておくわけにはいかなかった」。


「(殺さなければ――。殺さなければ――)」


 だが何故なのかは知っておきたい。殺す理由が欲しい。何故だ?


「(何故殺す? いや、殺すのに理由が必要なのか?)」


 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。しまいには片膝を折ってしまった。


「(何故は不要。何故は無意味。何故ならば――)」


 強烈な臭い。遮断が出来ない。女について考えてしまう。


 女。


 次に向かい合ったなら、俺は……。


 ——”そういう、コト”、なんだろ?


 霧の中に人影が見える。両ひざをついたリンと知らない女。

 二人とも女。殺さなければ。


「(待て、リンは違う)」


 首を振るう。リンとはそんな淫猥な関係ではない。

 では、あの女は?


「……」


 フェイトブリンガーの撃鉄を上げる。撃ち抜くのは女、ではなく、あの周囲一帯の空気感だ。

 あの女は、このナイフで”切り裂かねば”ならない。


「(——ああ、そうか)」


 別々に回っていた歯車が噛み合うのを感じた。今、俺の存在が確立されたのが分かる。これが、この感覚が――。


「原典、開放——」


 銃の引き金を引き、空間を破壊した。


     *      *      *


「——っ! 貴方、一体何者!」


 女はヒステリックな形相で聞いてくる。ここで、答えを出す。


「俺は――」


 膝立ちで放心状態のリンをちらりと見てから、改めて向き直る。


「真名——ジャック・ザ・リッパー。女殺しの殺戮者」

「ジャック……!? そんな……!?」


 相手の女に動揺が見て取れる。というより、何かを喰らっている?


「……いやよ」


 ボソッと呟く女。何かにひどく追い詰められているようだ。


「そんな死に方になってたまるかあああああ!」


 半狂乱といった様子で、なにやらこちらに手を向けてくる。


「『原典開放』フェロモン。脳を焼き殺してやる!」


 なにか、仕掛けたようだが……。


「『原典開放』、ジャック・ザ・リッパー」

「ひっ……」


 自分でも制御出来ない、何か、オーラのようなものが溢れる。これがどんな影響を及ぼすのか分からない、が。


「ああああああああああああ!!」


 女が狂った様子で鉄パイプ? みたいなもので殴りかかってくる。当然躱して、その隙だらけの胴体にナイフを突き立てる。


「ああ!? ……ぁぁぁあああああああ!! 痛い! 痛イィィ! なんで、なんでわたしがぁ……。いやっ、いやあああああ……」


 耳障りな金切声を上げながら倒れる女。——目障りな。


「けほっ、おぇ……。いやっ、いやぁ……。痛い、痛い……」


 慈悲で止めをさしてもいいが、なんだ。”楽しそう”だから放っておくか。

 リンの方に近づく。


「無事か?」

「……その。ソレ、消してからにしてくれない?」

「? というと」

「原典開放を納めて欲しいというか。今、自分でどうなってるか分かってる?」

「……どうすればいい」


 とりあえずナイフを納める。そういえば開放はなんとなく分かるが後の事なんて考えていなかった。


「ぷはっ。気配が消えた。多分ナイフがトリガーになってるんじゃない?」

「納めたら止まったのか? 自分では分からんな……」

「なんか言いたいことは色々あるけど、とりあえず、ありがとう」

「ん? ああ、間に合ってよかった」


 とにかくナイフを納めることで能力を落ち着かせることが出来るというのは分かった。自分がどうなっているか、はまた後程聞くとして。


「痛い……痛イ……」

「……どうすんの、アレ」

「どうもなにも考えていないが、放っておけば死ぬだろう」

「ふーん……」


 リンがそちらに目線をやる。憐憫表情で見つめるリン。何か思う所でもあったのだろうか。


「俺は原典開放のやり方が分かった。これ以上ない収穫だ。先に進んでもいいと思うが」

「……。ん、そうだね。あんまり考えてもしょうがない」


 ペチペチと顔を叩いて気合を入れるリン。


 原典開放。それを以って、前に進むことを決めた。


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