第12話・原典源流
「厳詠春……。それなりに由緒ある名のようだが」
「うふふ。分からないんですね、うふ、うふふふ」
「ジャック、こいつちょっと怖いって……」
かくして、修行なるものが始まろうとしていた。
「まずは地力を見させて貰いましょう。どうぞ、かかって来なさい」
両腕を前に、しかし脱力した構えを取る。一見弱そうだが……。
「(いや、隙がない。そう崩れる構えでもない)」
一歩、一歩と距離を詰め──
「(隙がないのなら作る!)」
相手の腕を払って胴を狙い拳を振るう。
が、払った腕がぐるっと回って再び体の中心へ帰ってくる。その流れる動作でこちらの拳を、さも当然の様に払い除けた。
「(上手い・・・・・・! だが!)」
相手も動きを見せた。動きがある以上、それに対するカウンターが存在する。
「(それをなぞってカウンターを決める!)」
払いに出した左手の返しで顔を捉えられる。そうやってカウンターを出そうとしたが・・・・・・。
「(!? これはカウンターかもしれない。なのに、これは隙ではない!?)」
カウンターとは、行動によって起こる予備動作、前後の隙を狩りとるもの。だがここに隙はない。故に、カウンターではない。
「ふっ」
「!」
顔面の前に拳があった。勝負あり、といった感じだった。
「くっ・・・・・・」
「ふむ」
カウンターを狙い続ける。この截拳道というらしい拳法はそれが軸だ。なのに、それが出来なかった。
指摘にもあったが・・・・・・身の丈にあっていない技術、という事だろうか。
「貴方、その格闘スタイルは制限を設けていますね?構いません、全力でかかって来なさい」
「……武器は禁止といったのはそちらだが」
「その私が言います。全力で、かかってきなさい」
……そういうことらしい。全力を出せ、との事だ。
リンをちらと見る。視線に気づいたリンは首を横に振っているが……。顔を前に向けると、目前の彼女は凛とした面持ちで構えている。
「……いいんだな」
「もちろんです」
「————」
左手にナイフを、逆手に構え、鎌の様に。前傾姿勢になり、さながらカマキリの様に。
「——ほう」
「————」
息は静かに。しかし獲物の呼吸と合わせるように。
鎌は、命を狩りとる様に。——一振り。
「——ッ! ぐおっ!」
一瞬の一振りだったはず。その一瞬のうちに胸に三発程受けて倒れる。左手からナイフが離れた。
「! 何時如何なる時も手から離れなかったナイフが離れた!」
リンが丁寧な実況をする。言われなくても身に染みて分かっている。今まで意識的に手放さなかったナイフが手から離れた。いや、離されてしまった。
「なるほど……。こういう世界ならでは、といったところですね。こちらのナイフはもう抜いてはいけませんよ」
「どういうことだ」
「これから教えられる事にナイフを使った技術はない、というだけです。それに体もまだ痛むでしょう。少し、座学をしましょう」
ナイフを拾ってこちらに渡してくる。受け取って鞘にしまう。と、気が抜けてその場にへたりこんでしまった。思っている以上に体にはダメージが溜まっているようだ。
「では座学ですが、回りくどいのはお好きではないでしょうし、先に結論から申しますね」
コホンとわざとらしくポーズを取っては、両腕を後ろに回して話す。
「あなたの戦闘スタイル、截拳道。その原典、いえ言い方が悪いですね。源流というべきでしょうか。截拳道にも元になった拳法があります。それこそが我が『詠春拳』、というわけです」
「『原典』の『源流』……」
「あなたは截拳道をカウンターの拳法だと思っている様ですが、それは違う。考え方の順番が間違っているのです」
要するに「本来の在り方を知れ」という事なんだろうが、それがどうだというのだろう。
この世界に合わせて考えるなら、『原典』という考えは大事かもしれない。だが拳法やファイトスタイルというものは、現代の前線で使われるものが最も最適化されているはずだ。
「では、本来の在り方とは? 先ほどの手合わせの中に答えがありますよ」
「……、隙を作らない」
「当たらずも遠からず、でしょうか。正しくは常に攻防一体、です」
確かに。こちらが攻撃する隙は感じられなかった。その上、攻撃に被せたカウンター攻撃でさえ隙ではなかった。常に、攻防一体だった、ということか。
「こうして、源流たる詠春は攻防一体を極めていた。言わば、これが私の『原典開放』と言えるでしょう。しかし、弟子はそれを突き詰めていった」
「それが截拳道」
「そうとも言えますが、私にしてみればそれは『原典分化』とも言えます。そこに在ったのは、私の知るものとは大きく変わっていたので」
『原典分化』。どこかでうっすら聞いた気がする。原典とは違った未来を描いたもの。「こういう解釈もある」というものだったか。
「『原典分化』によってもたらされたのは「意識に対する攻防一体」。転じて、先の先を打ってしまう最速のカウンタースタイル。となった訳です」
最初は隙のないスタイルだった。それを突き詰めるあまり隙となる未来を前もって潰す、意思決定時へのカウンターが生まれた。
「と、いうわけでですね」
後ろに組んだ手を解く。
「元。師匠として、あなたの戦闘スタイルに物申したくなった、というわけです」
「いやあんたは俺の師匠ではな――」
「なので、源流、本家、本元。その在り方を叩きこんであげます」
「いや俺は――」
「強くはなれます」
「……」
「そして、以前戦ったあの男に正面から勝っていただきます」
「やっぱり私欲混じってるよな?」
こうして、修行を付けてもらう事になった。
それからなんと三日。
「ふう。かなり私好、いえ、いい仕上がりになったんじゃないでしょうか」
「やっぱ、半分以上、私欲でやってやがった、な」
「まあまあ。他人の趣味なんていいじゃないですか。あなたは十分強くなりましたし」
「……まあな」
実際、強くなった実感がある。より洗練された動きが出来るようになった。というべきか。
それに、自分で言うのもなんだが、飲み込みがかなり早かったのではないかと思う。そりゃ、応用が出来ているのだから基礎を学べばなお早いのは、それはそう。だとは思う。
「という訳で、早速リベンジマッチと行きましょう。実は昨日の時点で果たし状を書いておきました」
「ほんと何やってんだお前」
「うふふ、気がはやりましたかね。いえいえ、もちろん勝利すると確信しての事ですが」
「・・・・・・まあいい。俺も、試したい所だったしな」
汗を拭って立ち上がる。学んだ事はさっさと実践したいタチだった。
「では行きましょうか。あなたの実力、いえ、センスを見せて下さい」
そうして移動する俺たち。
そういえば三日あったわけだが、その間は俺だけが修行に明け暮れていたわけではなく、リンもまた剣の修行を受けていた。
彼女の場合は原典云々ではなく、純粋に戦術の強化としての勉強だった。というか詠春拳というのは剣も扱えるのだと知って少し驚いた。
そして闘いの舞台へとやってきた。
公式(?)な試合なのか、前のストリートファイトとは違い、リングの様なものが設営されていた。そしてそれなりのガヤたち。
「ふん。懲りずにやってきたか」
舞台中央には前に闘った男が。・・・・・・なんというか、すごくテンプレな流れが気になるが。
「精々、小手先の小技だけでも楽しませて見せろ」
・・・・・・こいつ、こんなキャラだったか?なんでこんな小物っぽいやつになってしまったんだ。
リングへあがる道だけ、綺麗にガヤも避けている。後ろのリンと師匠(今だけ)に目配せしてから、その道を通っていく。
「よっと。さて、形式ばってはいますが、所詮はストリートファイトの延長。開始は告げますが、後は各々にお任せしますので。──次に銃を抜いても止めませんが、それなりの対応は覚悟するように」
・・・・・・そういうか。なら──。
「・・・・・・。リン、持っといてくれ」
「うん。承った」
腰のナイフと銃を預けておく。これで文句はないだろう、師匠。目をやると満足そうな笑みを浮かべていた。
「ほう。本気で勝てる、とでも?」
「まあな。俺自身期待してなかったが、存外、伸びしろは隠れているものだ」
「ふん。それは見ものだな」
双方、三歩は距離を取り、向き合う。
「試合──」
令を待つ。静かに。
「始め」
開幕、距離を詰めるでもなく、相手はポケットに手を入れた。そしてその隠したままで前進してくる。
「(その程度のはったりが今さら効くとでも?)」
構えて受ける姿勢になる。そして相手が拳を抜き、それを振るう。
「!」
「ふん」
防御ではなく回避を選択していてよかった。相手は握りこみ型のメリケンサックに、仕込みナイフのついた凶器を装備していた。
背後に意識を向けるが師匠の気配はない。令だけだして下がったか、あるいは――。
「(ここまで織り込み済み、か)」
「どうした? こっちは殺されかけもしたんだ、これくらいは用意するだろう?」
「……いや、つまらなくなった、と思っただけだ」
「なに?」
「そこまでされたら、——殺されても文句はないな?」
今度はこちらから攻める。ナイフは両刃で細く、鋭利だ。相手の攻撃だけでなく、防御の手も気を付けなければ容易く腕を失いかねない。だが――。
「(今は攻める)」
「ぐ!?」
学んだのは、隙を作らないこと。それは攻撃中であってもだ。攻撃する拳さえ素早く、コンパクトに。打ったら引く。それを意識する。
「くそ……」
当然、相手は嫌がって防御する。一撃一撃は軽いが食らい続ければ耐えられない。連撃を浴びせ、攻撃で攻撃の隙を無くす。
攻撃中さえ隙が無い。すなわち――。
「——ふん!」
相手が見切ったつもりで打ってくるカウンターも、こちらにとっては隙でしかない。
カウンターとして素早い連撃を返す。直撃はそれなりのダメージになるが……。
「……ふ、クハハハ!」
「どうした。食らいすぎでおかしくなったか?」
のそり、と構えを解いて立ちなおす。
「実に、実につまらない戦いだと、思わんか?」
「負けるのは、まあつまらないかもな」
「お前が得た隙の無さ。それによって生み出される隙。だが――、決め手に欠けてはつまらないだろう?」
「……」
「銃もナイフも手放さなければ圧勝だったのにな!」
大振りの拳が飛んでくる。受けもカウンターも余裕だが……。
「手を出すな、リン」
「!」
「どうということはない。俺がケジメを付ける」
試合開始から後ろで刀を構えていたリンを制止する。彼女が善意で割って入ろうとしてくれているのは分かってはいたが、この戦いは俺が制しなければならない。
「舐めた真似を」
「どうかな。こっちは十分、切り札を出す口実が出来てありがたいよ」
「——ほざけ」
右腕、大きな振りが来る。食らえばたまらんだろうが。
躱しきった後の隙、その顎に一撃加える。並みの相手なら卒倒、だがこの男はそうはいかない。
意識とは、起き上がりこぼしのようなもの。そこに自分の意志はなく、ただ直立という再起動をする。
その立ち上がる意識、その動きに合わせてカウンターを叩きこむ。無意識から意識を取り戻す度に、相手には分からない意識外からの攻撃が狩り続ける。
半ばサンドバックと化した相手を殴り続け……、倒れるまで続ける。
「————」
俺の拳が止まること。それは相手に意識が無いことを示していた。
ぐらりと倒れる男。後半の一方的な殴りに周囲は静かに、見ていることしか出来なかった。
「……え、終わった?」
沈黙を破ったのはリンだった。
「ああ。立ち上がるのには、それなりに掛かるだろう。俺たちは……、先に進むとしようか」
「ええ……。なんか終わり方気持ち悪くない?」
「そうは言っても、聞く相手もどこかへ行ったし。もういいんじゃないか」
「う~ん。そう、なのかなぁ。いまいちすっきりしないなぁ」
「そういうこともある。さ、行こう」
そうして、九龍城砦を後にした。
* * *
「………………」
「もういいですよ」
「う、うん。ァア。くそ、好き放題殴りやがって」
「ですが、よくやってくれましたね。100点のやられっぷりです」
「どうだか。……本当にいいと、思っておられるのですか。大師匠」
「ええ。今回の修行で、それなりに矯正出来たと思っています」
「私には、分かりかねますが」
「彼の者の力は、あまりに凶暴が過ぎる」
「他人なんて放っておけばいいのに」
「いいえ。これは私たち、あるいは、世界に対する問題です」
「彼が『原典開放』を会得した時、我々に何が出来るのか」
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