第11話・城砦遊戯

「これは……」

「何。知ってんの、ここ」

「いや、噂で聞いたことがあるくらいだ。実際に来たのは初めて、のはずだ」


 ごちゃごちゃの建物。素人目に分かる違法建築。スラムの一つとしてあまりにも有名であろうここは『九龍城砦』ではないだろうか。

 ああ。と一つ納得する。今まで訪れてきた世界が、はっきりと何処と言い切れないファンタジー感があったのは、何処と言いきれると『名』を持ってしまうからだろう。と考えた。多分何かしらの思惑が働いていると思われる。


「土地の名かぁ……、考えすぎだと思うけど」

「そうか。……ならこの状況も考えすぎか?」

「いや、それは違うと思う」


 周囲の目が、明らかにこちらを異物として見ている。今までのNPC達には無かった感覚だ。彼らは中身を持たないだろうが、それはそれで恐ろしいものだ。


「だが見てくるだけだな。敵意や害意は感じられない」

「でも異物判定っぽいよ。気分が良いものじゃない」

「邪魔はしてこないが、存在が邪魔だな」


 進む分には問題はない。問題が無いだけで、それ以外の全てではある。どれだけからっぽな人形だろうが、人形というだけで意味があると、今身をもって知った。

 どうにかしたいな。とは思いながらも進もうとした時、人の動きを感じ取った。誰かが奥の方から来る。


「誰だ?」

「やれやれ。迷い込んだネームドを片してこい、という命令だが」


 いつぞやの大男とはいかないが、かなり体躯のいい男が現れた。道着か? 今まで出会ってきたネームド達は冒険者という成りだったが。


「どうということないな。精々楽しませてみせろ」


 重心が落ちた。来る。


「——下がれ!」


 リンの前に出ながら、構える。道着からして格闘家かなにかと読んでいたのは当たりの様だ。拳が飛んでくる。


「(——! 重い!)」


 こちらの戦闘スタイル的に正面から受けてはいない。にも拘わらず体に重い衝撃が届いた。真に受ければ、骨が持たないかもしれないな。

 引く手に合わせてカウンターを当てる。相手がそれなりに打ってくるならやり返してもいいだろう。


「ほう、面白い」

「(当てる程度ではびくともしないか)」


 互いに距離を取る。だが相手はすぐに距離を詰めてくる。ペースの主導はあちらにあるようだ。だが、こちらも構えられた。一方的にやられるわけにはいかない。次は打って出る。

 こちらのスタイルはカウンター特化。相手が相手してくれて意味がある。


「……」


 だがそれは、打たれなければ打てないという意味ではない。カウンターは、いつ発生するのかという話だ。例えば、攻撃するという意識が発生した時


「っ! やはりか、面白い戦いをする」

「(完全に出だしの、顎を捉えたが倒れないか)」


 再び構えに戻る。カウンタースタイルはバレた。だが『理論上』は負けはしない。


「そう、理論はな」

「!?」

「誰だってそう考える。では、実力の伴わない理論はどうなるか。噛みしめるがいい」


 次の一撃は早かった。先の先、意識へのカウンターは失敗に終わった。だが打ってくる攻撃へのカウンターを合わせればいい。その一手に合わせ――。


「甘い!」


 ——やられた。カウンターに合わせたカウンター。読まれているから、当然なのか。無い実力で挑んだからこうなったのか。

 躱しきられた拳と交差するように飛んできた拳に胴を抜かれて吹き飛ぶ。誇張ではなく文字通り、体が浮いた。


「がっは……」


 体は壁に叩きつけられた。凄まじい威力の拳。装備込みで80kgはあるだろうこの体を吹き飛ばしたのだ。食らった肋骨もひび割れたか、それくらいの衝撃はあった。


「……っ!」

「……!」


 被弾した体は咄嗟に銃を抜いていた。相手が丸腰だなんだなど気にしてはいない。斃す相手として毅然と構えていた。

 照準に収まった時点でトリガーに指が掛かっていた。このまま発砲まで止まらない――!


「おっと」

「なっ!?」


 銃口が上へと持ち上げられ照準から外れる。だが指が掛かったトリガーは止められず空に発砲してしまう。


「ここ、九龍では武器の使用は禁止しているんです」

「何者だ、お前」

「あら、わたくしは助けた側ですよ? この場は預からせて貰いますわ」


 そういうと俺の手にあった銃を取り上げた。小さな体躯、細い腕。一見か弱そうに見える若い女性に、あっさりと銃を奪われてしまった。


「貴殿は……」

「そういうわけですので、こちらの客人は頂いていきますわ。さあ、行きますわよ」


 相手とも面識があるようだ。何者なのか気になるところだが、ぐ……さっきの一撃がまだ響いている。着いてこいとのことだが体が動かん。


「ほら、いきますよ」


 そう言ってこちらに近づいてくると、背中をかなり強めに叩かれる。息が一瞬止まるが、次に呼吸するときには痛みがいくらかマシになっていた。


「(練気か? あの格好といい、もしやな)」


 チャイナ服な背中を目で追いながら立ち上がる。小さな体躯ながら俺から銃を取り上げる力はあった。つまりは、武術の達人だと思われる。


「だいじょぶ?」

「ああ。それより」


 リンが声をかけてくる。肩でも貸してくれれば……まあいいか。

 俺の銃は奪われたまま。奪った女の後をつけていく。


     *     *     *


「まあ、大方事情は分かってます。塔を目指している旅の途中で、たまたまここを訪れた、と。よくある話ですね」

「なら話は早い。とっとと銃を返してくれないか」


 もとよりこちらの用事はそれだけだし、今回の事だってそうだ。相手から仕掛けられなければこちらも仕掛けなかった。

 そもそも、何故か世界を渡る度に誰かしらが武力的な絡み方をしてくるのが悪い。こちらはただ、塔を目指しているだけなのに。


「この九龍には好んで留まっている者が多いわけですが、何故このような場所が生まれたと思いますか?」

「・・・・・・あまり興味はない。それよりも」

「早い話、好き者が多いという話です。わたしもそんな内の一人だという事」


 その女はこちらを興味ありげに見てくる。身長は俺より小さいのに、目線は上にあるような。そんな錯覚に陥る。


「先程の戦い方・・・・・・、截拳道、ですわね?」

「・・・・・・名は知らん。見様見真似で倣った技術だ。お前も不出来を笑いたいのか?」

「いいえ──」


 その女は、大層愉快そうだった。まるで俺の回答に満足しているかの様な、そんな笑みを浮かべていた。


「──とても、いい眼のつけ所だと、言えるでしょう。素晴らしい」

「は?」


 やはりこの女は嬉しそうだ。そう言うとかわいいものだが、どちらかといえば悦に浸ってるという方が正しいか。

 にっこりと笑って話を続ける。


「こちらの要件を端的に。あなたはその截拳道を使え切れていない。なので私から『原典』を教えましょう」

「原典を、教える? そもそも戦闘スタイルに原典なんてもっていな――」

「知らないだけでしょう。貴方は武術の歴史を知るべきです」


 手を後ろに。腕が平行になるように組んでゆっくり歩く。


「貴方が成すべき二つのステップがあります。一つは截拳道というものの理解。もう一つはその截拳道が持つ原典を知ることです」

「勝手に話を進めるな。俺は――」

「強く、なれますよ?」


 そう言われ口を噤んでしまった。先ほどの武人との打ち合いを思い出す。あの結果を受けてしまうと、確かに強さは欲しい。だが……、いや、『だが』というのは俺の傲慢なのだろうか。


「強くなりたいでしょう? 強い方がいいでしょう、男の子なんですから」


 ああ、正体が見えてきた気がする。この女、俺で遊ぼうとしているんだなと。


「……。どうすればいい」

「あら、物分かりがいい事。いいですわね、それでこそ教えがいがあるというもの」


 女はみるみる上機嫌だった。クソ、まんまとハマったってわけか。

 とはいえ、強くなれる。その近道が出来るというのなら、これを利用しない手はない。


「申し遅れました。わたくし、名は詠春。厳詠春と申します」



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