第10話・原典封印

「そこのキミィ! 中身を見せたまえぇぇぁぁああ! 中身がないなぁ! NPCとはつくづく”黄身”が悪いなぁ! んんぁ!?」


 広場の中央、そこいる何者かがこちらを捕捉した。


「……アア。君、達だね。中身があるじゃぁないか。——そんなに”黄身”悪いかい?」


 ……。なんだこいつ。


「だろうねぇ! そんな反応でいいねぇ!」


 甲高く、そして脳が気味悪がる声がする。

 この「そんな地の文つまらないねぇ!」


「……。なんなんだ」

「ユニークスキルかしら。頭がムズムズする」


 リンも同じだったようだ。コイツ、何者だ。と。


「——嗚呼。気色悪ぃったらねぇよな」


 また別の者の声がする。今度は、上。


「むん?」


 その女性? と思われる影が飛び退き、次に爆風が起こった。

 頭痛が引いた。さっきまで聞いていた声の主が女性だということ。高身長であること。白衣を纏っていたこと、等。様々な『制御』されていた情報が入ってくる。


「ちっ。ただの女じゃねぇのか」

「そういう君はただの男ではない。……って返してほしいんだろうねぇ!」


 爆風が晴れる。その中心にいたのは全身、西洋鎧と獅子を思わせる首回りの付いたマントを纏った『騎士』だ。ヘルムはしていないので金色の短髪が見える。


「そうだ。ただの男じゃねぇ。女を殴り飛ばすのをためらわねぇくらいにはな」


 腰には抜き身の西洋剣を携えている。ここまで分かりやすい『騎士』がいるだろうか。


「言うねぇ。ところで君、『獏』の中なら原典も隠せると思っているのかい――『アーサー』」


 『アーサー』と言ったか? あれだけ分かりやすい騎士風。それにアーサーとくれば。


「アーサー王物語のアーサーか?」

「多分。雰囲気そうだし」


 こそこそとリンと話す。だとすればとんでもない大物ではないのか。


「クソが、気に食わねぇ。原典看破持ちかよ」

「君ほどの分かりやすさ。わたしでなくとも時間の問題じゃぁないかなぁ」

「関係ぇねぇ。——ぶん殴る」


 次の瞬間にはアーサーは女に殴りかかっていた。だが、それは”傍目に見ても分かる”程のものだった。


「……クソが」

「どうしたんだい? ご自慢の聖剣でも使えばいいじゃないか。——アア。”背景”が無ければ大した力も出せないのかな?」

「クソが」


 獏の制限の事だろう。それより気になるのはさっきから”あのアーサー王”程の人物が「クソ」としか言っていない事だ。


「悠長にしていていいのかい? 獏がなければ私は瞬殺だろうが、今なら、ねぇ!」

「クソが」

「アハハハハ!」


 先ほどまで感じていた頭痛。恐らくそれを彼が一身に受けている。あれは何らかの精神汚染を含んでいると思われる。時間が経つほどマズイだろう。

 だが一方で、こちらには影響がない。数の制限か距離の影響か分からないが、こちらは食らっていない。チャンスではある、が。


「(決め手に欠ける。どうするのが一番だ)」


 本来なら『フェイトブリンガー』の一撃で終わる話だが、機構そのものがエキゾなコイツは今や文鎮でしかない。

 では接近戦、ナイフによる暗殺、だろうが……。アーサーの初撃に反応出来た女だ。多分気づかれる。


「リン。借りるぞ」

「え、ちょ――」


 彼女の刀を借りる俺には扱えないが――。


「アーサー!」


 俺が叫ぶ。……ああ。意識がこちらに向いたのが分かる。

 頭の違和感を手掛かりしながら、タイミングを見てアーサーへ刀を投げる。


「!」

「自前の剣が使えないんだろ。代わりに使え」


 そう言いながら投げた刀。彼の胴を貫かんと一直線に投げたが、難なく柄を掴むアーサー。


「お前……」

「それからお前も動くなよ。無名なりに戦い方ってのはあるんでね」


 そういって”文鎮”を構える。


「わお。現代兵器だ」


 ……っ。明らかにこちらを警戒する”意識”が来た。なかなか堪えるな。

 一応銃を構え続ける。このブラフ、いつまでもつか。


「……。見た感じ、普通の銃じゃないね。エキゾかな?」

「ウェブリー・フォスベリーを知らんのか? 田舎者だな」

「……」


 今考えても思考は抜かれる。頼みの綱はアーサーのスキル。


「っ!」

「気付くか女! だが遅い!」


 アーサーには聖剣の伝説がある。なら刀剣類を扱う”技能”があってもいいはずだ。

 スキルは無力化しない。ならそれに賭けるしかない。


「頭痛がしてねぇ! 体が軽いぜぇ!」

「くっ!?」

「貰った!」

「——なんて」

「「!?」」


 意識が歪む。頭痛の比ではない。別物の衝撃が。


「わたしが、このわたしがぁ! スキルを一つ二つ程度だとお思いでぇ!」


 こちらの意識もマズイ。が、アーサーは立てない程か……、いや――。


「さア。意識が落ちたわねぇ。『獏』が来る……!」


 空、より遥か上。宙から何かが来る!?


「それはどうでしょう?」

「え」


 何か来る前に、地上に誰かいる。いや、来たのか? 一切の気配を感じない。姿が見えた今でさえ。


 ドゴッ!


「——。ぉぇ」

「ほう、意識を落とさないようにしましたか。賢明ですが、その分辛いでしょう」


 凄まじく鈍い打撃音がした。銃の発砲音と遜色ないほどの音量で、だ。動きが一切見えなかったが、女を見るに腹部に一撃加えたのか?


「——見えない。なんだお前なんだお前ぇ!」

「なにやらスキルが複数ある程度で勝ち誇っていたようですが。——まぁ、上には上がいるということです」


 何が起こっているのか理解が追いついていないが、状況が一転したらしい。あの黒スーツの男、何者なんだ。


「ふむ。さすがに原典開放無しでは『獏』は止められませんね。もう少し早ければ助けられたかもしれませんが」

「な、何を言ってるんだ。現象を止める……気だったのか?」

「貴女では予想も出来ないでしょう、『ロボトミー』。彼、『アーサー』も全力であればしのげるくらいではありますよ」

「わ、わたしの原典……。お前の原典は一体」

「答えるとお思いで?」


 出た名前はロボトミー、だったか。脳外科手術の一種として有名だが、それがあの精神汚染か?


「さあ、『獏』の現象です。そこにいたら、巻き込まれますよ」

「殴っておいてよく……っ、クソ……」


 女、ロボトミーは目に見えないだけで重症のようだ。って、黒スーツが空中をふわふわしながらこっちにくる!?


「……ふむ」


 こちらを見ている? いや、何かを読んでいる? スキルを見れたり、レベルを見れたりするスキルがあるらしいが、この男もそれを?


「失礼、少々気になったものでして」

「はぁ……」

「代わりに原典を開示しておきます。私は『マトリクス』。今後、お会いする可能性もございます。お見知りおきを」


 マトリクス……? 子宮という意味か? そんなに強い名ではないと思うが。


「あなたとは強い縁を感じます。またいずれ」


 そう言って垂直に上昇していった。ますます何者なんだ。


「『獏』が来る!」


 リンの声で我に返る。そうだ、まだ何か来るんだった。宙を見る。彼、アーサーが倒れる真上から絹糸のようなものが垂れてきている。

 徐々に糸は集まっていき、言われてみれば動物「バク」の鼻に見えなくもない。それが彼の元へ伸びていく。


「(何が起こる・・・・・・?)」


 鼻が彼の体に触れる。と思ったら離れていった。行動がキャンセルされた?


「いえ、あれで終わりよ。あの一瞬で原典が吸い出された」

「無音、だったな」

「現象、だからね。普通の人間にはどうにも出来ないもの」


 その現象をひとしきり見た後、絹糸が宙へ帰って行くのを見ながら、彼の元へ駆け寄る。


「おい、大丈夫──」


 そこには、まるで仕立てられた様に美しい寝顔のアーサーがいた。息はあるが、まるで死んだかのような静かな表情で眠っている。


「原典を失った者の特権よ。寝かしといてあげなさい」

「……そういうもんか」


 結局役には立たなかったリンの刀だけ返してもらう。確かに眠れるのは幸せなのかもしれないな。


「その……、ごめんなさい」

「? 何の話だ?」

「あの時、私も動くべきだった。なのに……」


 ああ。ロボトミーが隙を見せていたあのタイミングの事を言っているのだろう。しかし、だ。


「お前は、原典とエキゾ効果に依存したスタイルで、あの状況では満足に動けなかった。そうだろう?」

「でも」

「どうにもならないこともある。今回のは特に相性が悪かったんだろう。仕方ない事だ」


 最初に彼女が言っていたことだ。相性が悪い相手だと。こんな世界ではそういうことも起こるのだと、良くわかった。


「実際、俺も大したことは出来ていない。——強くなりたいものだな」

「……」


 こうして様々な出会いのあった一夜が終わった。

 メリー”ちゃん”がいつ姿を消したのか、誰も気づいていない。


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