第8話・inトレイン
「とりあえず状況の説明と共有ね。はい! アンタも座る!」
俺と、そして大男が向かい合う様に座る。殺してしまっておいで少し申し訳ないが、そんな複雑な心持ちで座る。
それとこの男、もっと傍若無人かと思っていたら意外とすんなりリンの言葉を、聞いたな。
「まずはこっちの状況説明ね。いつからループが始まったのかは分かってない。でも私たちは──」
ビシッと大男を指す。
「あんたを殺してる。んで、車両を移動したらまたあんたと出会った」
「奇遇だな。俺もなんどもお前の鞘が脛をぶつけてくるのを経験している」
ああ、それで最初から不機嫌そうに・・・・・・。
「その度に貴様、そこな女を握り潰してきた」
「えっ、負けてんの私?」
命のやりとりの話のはずだが、なぜこうも軽いのか。一度死んでいるという事実を受け止めているから、なのか?
「俺からすれば興味深い。俺が殺されるとは、な。そこのレベル20が何かしたか」
「隙だらけだったんで後頭部を抜かせて貰った」
「ほう。俺がそれに気づかなかったと。なるほど興味深いな」
やはり気付いてはいたのか。だとすると見誤ったのは銃の威力だろうか。どうりで簡単に撃たせてくれるものだと思った。
「はいはい、その辺でその話題は終わりね。考えるべきはこの状況の打破なんだから」
「そうだ。このループ、いや正確にはループではない現象。原典に心当たりはないか?」
大男が舵を取る。こいつもこの世界に慣れている人間なのだろう。まずは原典を探ろうとしている。
そこへ手を上げるリン。
「そんな事より気になる事があります」
「ほう。この状況を分かってか?」
なんだろう。二人の会話にズレがあるような。
「・・・・・・先に、下の者から説明が必要か」
「そうね。癪だろうけど知っておくべきだわ。そしてこういう話はムカつくやつから聞くと効果的よ。」
いつの間にか俺の話だった。なんだ、知識量の差がここで致命的になったのか?
「貴様も、この世界では名が意味を持つことを理解しているだろう。そして名とは、全てに与えられるものだ」
「・・・・・・普通の話じゃないか?」
「では例題を出そう。今の俺たちが相手しているモノの名前、挙げてみろ」
「あ!私の話取られた!」
・・・・・・リンの反応はとにかく、名を当てろ、か。今までの感覚的に答えるなら──。
「『デジャブ』」
「ほう。比較的現実的な名が出たな」
「『永遠』とか言われたらもっと話はヤバかったかもね」
「?その可能性もあるだろう?」
「無くは無いが、ほぼありえないと言える。存在のレベル、というとややこしくなるが、高位な存在は名を維持出来ずに崩壊する」
「永遠の日常は?ループの日常は?そう考えると、自分で自分が分からなくなるよね。そんな感じ」
「なるほど」
分かった様な分からない様な。で、何が問題なのだろう。
「いいか。名には物語があり、整合性というものがある。強制効果と言ってもいい」
「その整合性から外れる、外れようとすると世界から修正を受ける。これが強いのよ」
「そう。打破出来る原典分化をもてるか否か、それで勝敗が決定する」
勝てる勝てないのレベルか。確かに、敵が永遠とか言い出したら、まるで神を相手にするようだ。ナイフと銃では勝ち目がない。
「故に、まずは周囲の探索。情報を集め、物語を知るべきだ」
「それより先に気になる事があります」
「それは整合性を失うという危機に晒される事を理解した上で言っているのか?」
ああ、何となく分かってきた。さっきの会話のズレ、それが頭の中で治まった感じだ。
「確かに私はこの話が見えてこない。でも打開策なら思いついてる」
リンはピンと人差し指を立てる。
「天井を開けます」
「……ふう。整合性の話。分かってないやつがもう一人いたとは」
「あんたがびびり過ぎなんじゃないの? 天井を開ける。上からこの列車の先端、終端を一気に観測する。下手なループは終わらせられる」
「だが世界のルールに反することになるかもしれん。潰されて終わりかもしれんぞ」
「天井には私が出ます。私は蘇生の原典がありますので、ご心配なく~」
「敵の原典がそれを塗り替える可能性は?」
「なら、あんた達は前の車両に行けばいい。『デジャブ』が私と出会わせてくれるかも」
ここまで言われて俺も気が付く。この作戦は彼女だけで動いているわけではない。相手の原典も利用しつつ攻略しようとしているのだ。
「だがダメだ。一度破られたルールは、世界側が不正利用する。『原典放棄』。それが恐れるべき事態だ」
またしても知らない単語が出てきた。今度は原典がどうなってしまうんだ。
「放棄された世界はルールが無用になる。我々も『物語でいられなくなる』。……死ぬより恐ろしい、惨い最後だ」
「簡単に言うと爆発オチね。ここまで考えたのにその意味をなくしちゃうの」
ずいぶん手厚い解説付きだ。実は気が合う、のか?
「うだうだ言ってないでやってみればいいのよ」
「そうはいかん。物語には従うべきだ」
両者譲らず、か。俺も話を聞いて何が問題なのか分かった。何が二人をそう考えさせているのかも分かった。故に俺が出す答えは――。
「ん?」
列車が揺れる音。とは別の、戸が開く音がした。前方からだ。
「何か来るぞ」
「私たちかも」
三者、構える。前から来るのは――。
「————」
首から上の無い大男だった。
「なっ――!」
「いや、この感じは!」
リンが前に出る。そばにいた大男は後方を警戒する。直後、後方の戸が開く。後ろから来たのは、顔の潰れたリンだった。
「これはマズイ! 上を開ける! ジャック! 上に登ったら戦闘車両を撃ち抜いて! あの火力なら出来る!」
次の瞬間には瞬足の刀が天井を切り開いていた。
「待て! 破壊手段があるなら車輪を狙え! 話を『脱線』させる!」
大男も次いで言う。俺の知らない所で連携が取れている。
「説明は後でしっかりしてもらうぞ」
それだけ言って上へ登った。
強い風に曝される。中から見ている景色はのんびりとしたものだったが、外へ出たとたん嵐のような強風に襲われた。なんとか、膝立ちなら出来るか。
銃を抜いて構える。撃鉄を最大まで起こし、最大火力にする。
この列車、大きく曲がっている。結論、この車両は前方から五両目にあたるが、カーブのおかげで先頭車両のほぼ側面を狙える。車輪を狙うくらいどうという事は無い。
「若僧! まさか自分だけではなく、武器の原典開放もできないのか!」
強風で聞き取りにくいのを考慮してか、大声が下から飛んでくる。
「そうだが、火力は出せるぞ!」
「戦闘だけならまだいい。だが、原典との戦いとなると、ぬぅ! それなりの原典をぶつける必要がある! ふん!」
「具体的には! あと何してるんだ?」
「あー! 私たちはいいから、っと! 名前! 銃の名前と能力を考えるの!」
「名前も能力も分かっているが」
「若僧! ふん! そも、名とはなんだ。何故そんなものが必要になる! それを考えて撃て! ぐぬお」
「わー! ちょ、ちょっとヤバいかもー! あと一分はがんば、無理! 無理! 早くしてえええええ!!」
全く分からないが撃つしかないらしい。
エキゾチックウェポン、フェイトブリンガー。和訳で運命を運ぶもの、か。
銃にふさわしい名じゃないか。その一射が放たれる時には対象の運命を終わらせている。終わりの運命を齎すもの。放たれるからには、対象は”終わらなければならない”。
銀の銃身から赤い煙が上がる。定義は定まった。あとは引き金を引くだけだった。
「『原典解放』、フェイトブリンガー……!」
大きいはずの銃声は聞こえなかった。ただ結論として、破壊された車輪と脱線を起こした先頭車両があった。その衝撃が遅れて伝わってくる。
「まずいか……!?」
咄嗟にナイフを抜き、逆手で車両に突き刺す。衝撃で体が吹き飛ぶかと思ったが、脱線の影響は前の車両までで止まった。
しばらくの間、静寂があった。
「リン! 無事か」
登ってきた穴に声を投げる。返事はないが、物音がした。
車内に降りる。辺り一帯が……、明かりが無くて見えずらいがやたらと黒いような。
「……」
「うお、いたのか……リン」
そこには真っ黒、いや血の黒さをまとった……、は綺麗に言い過ぎか。
「死ぬかと思った。いや死んでたかもしれない」
「そ、そうか」
「全部返り血。多分」
半目で淡々と喋る。疲れたのか、機嫌が悪いのか。
「終わったのか?」
「いや、止まっただけ、かな。これは現象だからね」
「現象?」
「現象にも名前があるでしょ。それが相手だったってわけ」
「それは、倒せるのか?」
「場合による。今回は無理かな。撤退するよ」
「待て。大男はどうした?」
「さっきくたばったよ。流石に相手が悪かった」
そんなことが起こっていたのか。なにか大変そうだという事は分かったが、少なくとも俺より戦闘経験が豊富だろう二人のはずだが、それでもダメだったのか。
「あの時、何があったんだ?」
「…………。…………。……今聞く?」
「悪かった」
そうして二人して列車を出た。列車が動くような様子はない。
「レールには沿わない方がいいね。列車の影響を受けているかも。険しいけど、山を越えて行こうか」
「分かった」
そうして、岩肌を登っていく。道すがら話を聞くと――。
「あ~。シャワーは先にもらうから」
しばらくはまともに会話出来なさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます