第7話・列車
「まもなく、列車が参ります~……」
次なる世界は蒸気の世界……の、機関車の世界のようだ。
「列車かぁ~。どこまで行くんだろうね」
「言われてみればそうだな。塔に一気に近づけたらいいんだが」
塔は以前遠く、しかしはっきりと見えている。
今のところ、複数回世界を跨いできた訳だが、彼の塔に迫っているという感覚はない。
「列車旅って新鮮〜。風景が移り変わり続けるんでしょ?」
「そう、ともいえるかな」
そういう彼女は窓の外を犬の様に見ている。しっぽがあれば振っているだろう目の輝きをしている。
「(やはり彼女は外の世界と関係の薄い過去を持っているんじゃないだろうか)」
そんな事を考えていた頃、列車が動き出した。
「おっ、動いた!」
「・・・・・・ああ」
目に見えている彼女は成人した女性に見える。実際、戦闘という場面では頼れる部分が多かった。
だがもしかすれば、彼女の原典は幼いのかもしれない。そんな風に感じた。
列車が動いてしばらく。外を眺めていたリンだったが、街から離れ岩肌ばかりの景色になって飽きたのか、車内販売で弁当を買って食べていた。
「・・・・・・ところで、なんだが」
「ふぁ?」
「『原典解放』、そして『原典分化』、だったか?これについて聞いておきたくてな。改めてなんなんだ、この力」
もっきゅもっきゅとゆっくり咀嚼した後、飲み込み、お茶も飲んでから、ようやく話し始めた。
「一回話してる気がするけど、一応もう一回ね。ちなみに念押ししておくけど、私だって完璧に理解してる訳じゃない。そこは分かっといて。
『原典解放』はその人の在り方、アイデンティティの解放だと思えばいい。その人が何に生きた人なのか、それが出てくる。
ジークなんか分かりやすいわよね。ドラゴンへの特攻があって、背中が弱点。生前にも聞いた事ある話じゃないかな」
この生前に聞いた事がある。というのが今後の攻略の肝になってきそうだ。同時に、自分を解放する方針にもなる。
「『原典分化』は・・・・・・、出会った事が少なくて、あんまり分からないんだけど。『この名前はこういう末路を辿った』っていうのを自分で定義した人、って感じかな。物語の続きを考える、みたいな」
「考えたところでどうにかなるもんなのか?」
「意外と融通効くもんだよ。相手の頭が柔らかいと言ったもん勝ちみたいな戦いになる。ぶっちゃけ私がそんな感じだしね」
「・・・・・・例えば?」
「あんま遠慮しなくていいよ。私の原典的には刀を振るう能力ってのはないの。後付けの能力。というかエキゾチックなんだけどね」
「その刀もそうだったのか」
「あんたの銃よりはよっぽど格下だけどね」
列車に揺られながらゆっくりと話す。久しい感覚だった。これまでは説明書のない旅を走って来たようなものだったから。
そんな時間を、少なくとも俺は楽しんでいた。
──カツ。
「んあ? ごめん」
リンの刀だろうか。車両通路にはみ出た部分が当たったのかもしれない。
「・・・・・・」
その──、大男は、怪訝そうな顔でリンを見下していた。なんとも雰囲気が悪くなるのを傍目に感じていたが、当の本人はなんとも思ってないようだが。
「・・・・・・謝ったよ?」
「喧嘩を、売っているのか?」
間違いない。互いにネームド、かつ所有レベルが高い。この大男はあのジークよりもレベルは上、かもしれない。
「ウチは相場より高めだけど。買う?」
「買うと言ったら?」
「買い物ベタ。モテなさそう」
傍目に見ている方が辛い。俺は相手にされてないようだが、いつでも抜刀出来るよう構えている。
次に、起こったのは異音。後になって形容するなら、肉の弾く音。
そして始まったのは戦いだった。大男は拳を振るい、リンは抜刀で凌いだ。
「お代がまだなんだけど?」
「売り物なら奪うタチでな」
完全に出遅れる形になったが、突然戦闘になった。相手にされていないのを逆手に取り、しっかり銃を構えた。右手で銃を、左手にナイフを。CQCの構えを取る。
「やめておけ」
「俺に言ったのか?」
「レベルが違う。ましてその不自然に止まったレベル20。原典開放も使えないのだろう」
どうやら相手は他人のレベルが読めるらしい。鑑定士でなくともレベルが見えるスキルをもつことはある、とリンから教わったが……。
「あの。売り物以外に手を出さないでくれない? うちの大切なものなんでね」
「未だに客だと思っているのか。強盗だ」
拳と刀がぶつかる闘いが始まってしまった。彼女は列車奥に押し込まれていく。一方で俺は相手にもされず、相手の背面に立つ形になった。
レベルが違う。それは格が違うとも、圧倒的な差があるとも取れる。だが。
俺には、このフェイトブリンガーが勝てないとは思えないのだ。大男だが、その後頭部に弾丸を打ち込んで無傷でいられるとは思えない。
銃口を向ける。狙いは頭部。激しい接近戦をしているとはいえ車内という限られたスペースでしかない。
しゃがんで膝を付け、撃ち上げるような体勢を取る。流れ弾がリンの方へ行かないように、というのもある。
撃鉄は最大まで引き上げてある。狙いは脳天。レベル差を覆す一撃で終わらせる。
……相手は気を向けもしていない。——今だ。
「——っ」
腕に伝わる強い衝撃を感じながら、弾丸が射出されたことを確認した。結果は。
「————」
脳天どころか頭が吹き飛んだ大男が、グラリと体勢を崩しその場に倒れた。
終わった、のか。遺体となったソレを跨ぎながらリンがこちらにやってくる。かと思えばデコピンをしてきた。
「やりすぎ」
「だが、面倒に感じたもので」
「あのねぇ。確かに相手だったかもしれない。でも同時に、一度は死を迎えた転生者でもあるわけ。原典開放すらさせてもらえずに死ぬのは、いい気分じゃないだろうね」
「……」
「あんたはリアリストなんだろうけど、転生者どうし、ロマンチストになるのも第二の人生的にありなんじゃない、って私はおもうけどな」
「そう、か」
理解できない感覚だ。俺には相手というものが、殺すか生かすかの二択しかないように感じてしかたない。リアリストどうこうというより、もっと原典的なものの気がする。
「まあそんなヘコむものでもなし。車両変えよう。死体と一緒は気まずいって」
「……ああ」
そうして車両を移動した。NPCのいない、空席だらけの椅子に腰かけ再び景色を見るように戻る。
「……」
「……」
二人とも黙っていた。気にするなとも言っていたし、何か会話でもすればいいのだが。
「ねぇ」
と、先にリンが口を開く。
「ここさ、さっきも通ったくない?」
「……なに?」
窓を見る。そこまで考えて見ていた訳ではないので変化は分からない。だが、乗って一時間と少し。未だに大きく風景が変わらないのは確かに変だ。
「ちょっと来て」
リンが立ち上がり、後ろの車両の方へ向かう。そっちは先程の大男がいた方だ。
連結部を抜ける。すると──。
「死体がない・・・・・・!?」
さっきまでの光景と違っていた。どうなっている?
「あ!ドア閉めないで!」
「っと」
閉まろうとするドアをなんとか止める。
「ちょっとそのままでいて!出来たらすぐ戻る!」
そう言いながら列車後方へ向かって駆けていく。何か考えがあるようだが。
後方のドアを開け──。
「わぷっ」
そこで何かと出会った。
「へ・・・・・・。嘘でしょ」
そこに居たのは──。
「喧嘩を、売っているのか?」
先程殺した大男だった。
おまけ
「そういえばレベルという概念はなんなんだ?」
ふと疑問に思っていた事を聞いてみる。レベルといえばまあレベルなんだろうが、それが意味のあるものなのか。それが分からなかった。
「ほとんど気にしなくていい概念だけど、流石にアンタと私では決定的な違いがある」
「というと?」
「細かい話をする前に実例ね。アンタ、ナイフ使ってるし、その太さがあれば私の手首くらいは斬れる。と、思うじゃん?」
「いや、分からんが・・・・・・」
「でも実際にやったら骨で止まる。斬れるのは肉まで、になるんだよね」
もとより、骨断つほどの威力が出せるほど立派なナイフではないが。
多分言いたいのは威力減衰の事なんだろう。
「その銃の一番弱い火力?だったら頭蓋を抜けないかもね」
「そんなにか」
「そんなに、よ」
銃で言われた方がよく分かる。正直、対人戦は銃が一丁あれば十分だと思っていたが、レベル、そうなのか。
「で、上げ方だけど、何しても勝手に上がる」
「適当過ぎないか?」
「いやホントに。私はヒトのレベルが見えるスキルはないけど、アンタは多分20レベルくらいはある」
「高いのか?低いのか?」
腕を組み直すリン。一息いれてから説明を再開する。
「このレベル20は適当に言ったんじゃない。ここが最初の山場になる。この20を超えようと思うと、原典解放を体得しておく必要がある」
「そんなシステムが」
「んで、次の壁が51の壁。私はここで止まってる、はず。51以降はレベルが上がるのに必要な経験値が莫大に膨れ上がるのと、経験値減衰が起こる」
「なんだそれ」
「50まではなにしてもレベルが上がるけど、51以上はなにかしていないとレベルが下がるの」
不思議な話ダナー、と頭からっぽで聞いていた。とにかく俺は原典を解放する必要があるということだ。
「で、このレベル差30が、さっきの致命傷が致命傷にならない問題が発生する」
「ほー……」
「この壁さえ超えれば勝手に上がるんだけどね。世界側からの振るい、ってとこかな」
「ふーん……」
「……聞いてる?」
「ああ。俺が原典解放しなければならないという事は分かった」
「まぁ……それでいいか」
やはり、この世界においては、自分が何者か、というのがかなり重要らしい。そろそろ自分も、何者かというものを定める必要があるな。
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