第6話・夏の毒
「うおおおおおおお! アロハ~~!」
リンが大はしゃぎしている。眼前には照り返しの強いアスファルトの道路。横を見れば海、砂浜、ビーチパラソル。いままでの異世界感のない、普通のビーチが広がっていた。
「ちょっと行ってきていい!? うおおおおおお!」
「おい! そのまま泳ぐ気じゃないだろうな!?」
足だけ~。と叫びながら波打ち際まで走っていった。ハッっと顔を上げると、彼女のブーツと靴下が飛んできていた。
「(そんなに嬉し、いや……)」
ただはしゃいでるのかとも思ったが、そうではないのかも、と考える。
俺は記憶の無いただの男だ。だが、俺は彼女のことも、彼女の背景も知らない。もしかしたら彼女のもつ背景には、こういったリゾートとは無縁の、あるいは真逆の背景があるのかもしれない。
浜辺に転がっていたパラソルを拝借し、地面に突き立て、影を作る。そこから彼女を見守っていた。寄せては返す波を追いかけ楽しそうにする彼女。本当に楽しそうだ。
「(……)」
記憶はなくとも何となく分かる。俺は人づきあいが得意な方ではなかったのだろう。はしゃぐ彼女を見て、何かしようとまでは考えても、何をすればいいのかは分からなかった。
「(せめて一緒にはしゃいでやったほうが……、いや、それは俺らしくない、か)」
などと思いながら、熱気に耐える。直射日光は防げてはいるが、乾燥した風といい、環境的には赤道に近い国、なのか?
……彼女は変わらずはしゃいでいる。よくもまあ飽きないものだな、と見ていたら。
「って、おい!」
リンが倒れた! あのひらひらの多いドレスは濡れたら厄介だろうと危惧して注意したのだが……。ってそうではなく、何かマズイ倒れ方をしたぞ。
近くまで駆け寄る。彼女は仰向けで幸せそうに破顔しているが。
「はしゃぎすぎたか? とりあえず担ぐぞ」
「にへへ……。うん……」
上体を持ち上げ背中に乗せる。腰が背中に来るところまで持ち上げたら横向けにして、股から腕を通して反対側の腕を掴んで背負う。
「(これは救急救命の技術? 俺の過去に習得した技術か?)」
ほぼ自動的に動いていた自分の体に驚く。とにかく担いでその場を離れ、砂浜……は面倒なので少し歩いて建物の影まで移動する。
それなりに人気のない影場までやってきてとりあえず彼女を横にする。
「いや、ぁ……はしゃぎすぎ? たかも」
「かもな。呼吸に意識を集中しておけ」
これだけの日照りの強い環境下、戦闘に比べればなんてことない運動。考えられる症状は熱中症だが。
「(どこかで水分を用意するか。塩分と、体温も下げてやる必要がある)」
まずどうしたものか。と考えながら彼女を見る。すると――。
「(日焼け? だが熱傷という感じでは……)」
「ハァ……、ハァ……」
「(休ませているのに呼吸が荒い。というか――)」
彼女の顔を見る。顔色が悪い。唇が青く、明らかに体調が悪い。
「……マズイ状態かもしれん。また移動するぞ」
再び担ぎ上げてその場を後にした。
* * *
やってきたのはホテル。どうみてもリゾートホテルで、それなりに値は張るだろうが、以前のドラゴン討伐で得た大金がある。
「イラッシャイマセ。ご宿泊の――」
「空いてる部屋一室。鍵をくれ」
パーソナルウィンドウから直接代金を支払う。この世界でのNPCとの取引のやりとり、事前に教わっておいてよかった。鍵を受け取って部屋に向かう。当然この間は彼女は担がれたままだ。
部屋に連れ込んだ後は、バスタオルを一枚取ってベッドに広げ、体を放り投げる。
濡れたままのドレスを脱がして下着だけにする。ハンドタオルで濡れている箇所をふき取っていく。
「(露出していた肩を見るに、経皮毒が盛られた可能性がある。どこかのネームドの仕業だろうが、こんな手段があるとは)」
考えながら手を動かす。まずは体温を下げる。その後解毒方法を考える必要がある。毒の種類は、熱か、日光か。どちらにせよそれらが毒として作用するのが理解できないが。
冷蔵庫を開ける。何も入ってない、こともなく、ビンの水が二本あった。いくらかかかるだろうがこの際どうでもいい。
雑に、脇に一本、首に一本を挟んで体温の低下を図る。一方で診察を進める。目立って見えるのは顔と両肩の発疹のようなもの。そして胸から下、腹部にかけては発疹がない。つまり、海で露出していた箇所だ。
「(原因とみられるのは太陽光か。どうやって、は不明だが……。む)」
彼女の足に目が留まる。露出という意味では足も出していたが、足に発疹がないどころか綺麗なまである。これは……。
「ふむ」
バスルームでハンドタオルを取り、水でぬらす。軽くだけ絞り、水分を多く含んだまま彼女のもとへ持っていく。肩から腕にかけてタオルを掛ける。今回は右腕のみ。左腕と変化を比較したい。
「……。う~ん……」
あれからしばらく。そろそろどうだろうかと、腕に掛かったタオルを外してみる。すると腕にあった発疹が消えていた。確信を持った俺はもう一度ハンドタオルを濡らし、反対側へも掛け、もう一枚顔に掛けておいた。
それから数時間後……。
日が傾き、部屋に日光が入ってきそうだったのでカーテンを閉める。
そんなころ……。
「復活した!」
ベッドの上に立つリンがいた。
「そりゃ……、よかったな」
「うん。すっごい不思議。さっきまでマジで死ぬかもしれない~みたいな幻覚見えてたのに、今じゃ信じられないくらい体軽いんだもん」
「結構強めの毒だったのかもしれないな。俺も顔洗っておいて正解だったな」
「ふ~ん。……でぇ、……その」
さっきまでベッドに直立していたリンがみるみるしぼんでいき、ベッドに体を隠すように小さくなってしまった。
「どうした。全快とはいかなかったか?」
「いや、その……」
上掛けを手繰り、体を隠すような仕草。確かに今の彼女は下着一枚で、ベッドに仁王立ちするくらいには恥じらいは無いものと思っていたが。
「寝てる間さ、記憶あんまなくて……。あんたが助けてくれたのは分かってる。分かってるけど……」
「……。これは……俺の記憶に関わる話だと思うんだが――」
「?」
「調子が悪いという事を見抜いてからは、俺には患者にしか見えなくてな。下心というより仕事感、といえばいいのか。治すために脱がせた、という感じ。——といって、信じてもらうしかないんだが」
「はぁ~ん……」
「確かに無遠慮が過ぎたとは思う。そこは謝るが、結果的に治せた。それは信頼してほしい」
しばらくの沈黙。夕日が落ちきるころ。はぁ、とため息が一つ。
「まぁ、あんたをどうこう言うつもりをないよ。そもそも――」
「?」
「なんでもない。もうちょっと寝る。全快じゃないっぽいし」
「ああ、分かった」
夕日も失せた頃。月光が浜辺を照らす。それをホテル高層階の部屋から見ていた。
「(日中は毒のダメージ。加えて敵がどこにいるかも分からない。討つなら今だろうな)」
そう考え、ホテルの部屋から出た。
* * *
静まり返った浜辺。月光の元、歩く。
「(なるほど。こういうものか)」
「ハァ~イ! おにいさん、こんな夜更けに奇遇じゃない?」
その声は浜の上、道路の方から聞こえた。赤いウェーブがかった髪、特徴的な真っ赤なリップ。どこかオフィスガールチックな服装。怪しさマックスだ。
「……」
「こんな時間に出歩くなんて、ネームドしかありえない。どう? お話でもいかがかしら?」
その女は妖艶な笑みを浮かべる。いや、ここは敢えて――。
「官能的だな」
「まあ!」
女の顔が明るくなる。かと思えば、キツネのような目つきに代わる。
「『原典開放』、女毒——」
女が告げる。一体の空気が変わり――。
「——ギ」
一発の弾丸が女の体を貫いていた。
「な――なんで、効いてない……」
「なんでこう、馬鹿な敵ばかりなんだろうなぁ」
「!?」
「人を殺せる? その力がある? どいつも出しゃばってくるんだろうなぁ」
「出血を、止めなければ……。ギッ!」
動こうとする腕を足で踏みつける。女は怯えた顔をしている。
「——ッ! お前、何者——!」
「名乗るほどの者ではない。ついさっき確信したばっかりだしなぁ」
再度発砲。今度は左胸の上を空ける。
「ガ――。……ころ、せ」
「嫌だよ。お前は殺されず、しばらくした後一人で死ぬ。それだけだ」
それだけ言ってその場を去る。ホテルへ戻って休もう。
その夜、小さなうめき声と波の音がビーチに在った。
* * *
「よし、服も乾いてんね。完全復活、です!」
仁王立ちするリン。昨日とは違って血色もいい。毒は完全に抜けたか。
あるいは、元凶を断ったからか。
「で、今日はどうする? 日光があるうちはまた同じことになるよねぇ」
「いや、昨日始末してきた。もう問題ないだろう」
「え、どゆこと」
昨日始末した。もう一度告げる。
「へー……。私は面倒なのは無視してもいいかと思ったけど、それならそれでいいか」
「いいのか? 無益な殺しだった気もするが」
「降りかかる火の粉は払うもんでしょ。それならいいでしょ」
そんなこんなで話はまとまり、次の世界へ向かうことになった。
——ジャックは、己が原典に気付きつつあった。
おまけ
「なんとなく分かったことがある」
そう話を切り出したのは俺だ。そして手元には、エキゾチックウェポン・フェイトブリンガーがある。
「原典が分かったの?」
「いや、そんな踏み込んだ内容なさすがにまだ。だが使える様にはなった」
そういって誰もいない海の方へ射撃した。
「まず、コイツは撃鉄の上げ具合で威力が変わる。いまのは最低威力の射撃で、まあ有効射程は10mといったところか」
「短っ」
「だがその分数が撃てる。完全に数え切れていないが100は連続で撃てた」
「マシンガンだね」
「先に指のほうが問題になるくらいには撃てる。そんな感じだ」
次いで、撃鉄を二段上げる。海に発砲、それなりの水しぶきが起こった。
「まあまあな威力だな。拳銃とよべるラインの火力がある、といえるか。有効射程は50mくらい。もう少し飛ぶだろうが、命中精度は保証できない」
さらに、撃鉄を三段上げる。海に発砲、かなり大きなしぶきが上がった。
「拳銃としては破格の火力だ。射程は100mを超える。問題は9発しか撃てないことだな。そして――」
撃鉄を最大まで引き上げる。海に発砲、水しぶきどころではない。クジラの跳ねたような水柱が出来上がった。
「ええ……」
「これが最大火力だ。……腕に来る負担もかなりのものだが、それ込みにしても十分すぎる威力だろう。そして」
チェンバーを開け、排莢(?)する。中から半分以上融解した分銅もどきが出てきた。
「この銃に薬莢や弾頭という概念はない。この分銅を削りながら射出する、という仕組みらしい」
「へぇ~。……で、替えの弾は?」
「それは……」
腰のポーチを探る。そこから新品の分銅が出てきた。
「こんな風に、生えてくる」
「……生える?」
「ああ、いつの間にかポーチにな。数分に一つ、くらいだが」
「ってことは無限に撃ち放題?」
「今のところ、多分、な」
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