第5話・狩り

「はい!お疲れだろうけど背中を下に寝てた方が安全かもよ」

「何?」


 リンがジークへ呼びかける。俺も抜刀し、周囲を見渡す。他の全員が敵ということはないが、少なくとも五方向くらいからは視線を感じる。


「あんたの啖呵はかっこよかったけど、全員が良い奴ってわけじゃない」


 リンも抜刀。戦闘状態にあると暗に示す。


「あんたの事をここの全員がジークフリートだと知った。加えて山分けの報酬がたんまり。弱点の分かりきったやつの頭数くらい減らしたくなるもんじゃない?」

「・・・・・・!貴殿ら、まさか・・・・・・」

「私達は守る側に着いた。後味が気になるタイプなもので、ね」


 そう。話は前日の集会後に遡る。




「あんたさ、この戦いどうなると思う?」

「分からんよ。ドラゴンの相手なんぞした事がないからな。死ぬかもな」

「かーっ!分かってないねぇ」


 ノンノンと指を振るリン。こいつはたまにオッサンみたいなのが出てくるところがあるな。


「あのねぇ。ドラゴン討伐というシチュにジークという存在がいる。こんな分かりやすいことないって」

「・・・・・・すまんが、話が見えてこない」

「山分けの報酬!弱点丸わかりの味方!・・・・・・やるやついるでしょ。裏切り」


 ああ、そういう。と呆けた顔で聞いていた。

 そうか。俺たちはそういう世界にいるんだった。


「そういうわけで、私らはどっちに付くか、って話よ」

「ドラゴンはジーク達に任せてその背後を取る、という話か」

「いやいや、裏切れるから裏切れって事じゃない。そんな彼らを守るという方法もある」


 指を使ってひょろひょろと説明を続ける。


「裏切って、なおかつ皆殺し、まで考えてるやつもいるかもね。でも私的にはそれはめっちゃ不利だと思う」


 腰に手を当て話を続ける。


「だって考えてみ?ドラゴンスレイヤーなんてさ・・・・・・」


 そして、現在に戻る。




「私を守ったわけか。感謝しよう。だが──」


 倒れていた男は立ち上がる。そして、一振の大剣を構えた。


「そう背面を取られる程、ヤワに生きていない」


 彼は平然と構え、そして背面を狙っていた矢弾を簡単に弾き飛ばしてみせた。


「出来れば血を流させたくはない。それでも闘ってくれるか?」


 命を狙われていたであろう男のセリフには思えない優しさがあった。これが英雄としても名が刻まれた男か。


「峰打ちね。了解したわ」

「・・・・・・努力はする」


 それを合図にそれぞれが散った。

 俺よりこの世界に長いだろう二人だ。なんとかするだろう。それより俺は──。


「(もう一人、シグルドの安全を確保してやる必要がある)」


 あの爆発剣のあと、どうなったか分からない。まずは爆心地まで進む。それから周囲を探す。こちらが把握していないということは他のもそうであれとは思うが。


「ちっ、少し遅かったか!」


 前方から金属がぶつかり合う剣戟音が聞こえる。だが逆に、それは彼が存命である事を知らせている。


 敵を捉える。腰からナイフを左手に、銃・・・・・・名を聞きそびれた彼女から受け取った特殊な銃を右手に構える。


 走りながら発砲。殺す気はない。ただ注意が引きたかった。

案の定、彼を襲っていた二人はこちらを向いた。


「……ぬん!」


 その一瞬を逃さなかったシグルドは、うちの一人の頭蓋に剣を叩きこんだ。

 だが肩で息をするシグルド。マズイと判断し間に入る。


「あんたは血気盛んなんだな」

「? 何の話だ」

「方針の話だ。……殺してもいいか?」

「変な事を言う。——当然だろう」


 そうか。ならやりやすい。


「っ……『原典解』——」


 発砲。それはさせない。威力は十分分かったからな。

 相手の態勢が崩れ膝をつく。それを見て――。


「『解放』——」

「っ!?」


 喉の付け根あたりをぶち抜いた一撃が明確な致命傷だったはず。だが、相手はその詠唱を告げ切った。なにか、切り札が来る。彼の体は影の中に溶けて消え姿を見失った。

 背後のシグルドは気を失ったか。戦力にはならない。

 たしか相手の情報は、と集会前のことを思い出す。あれは――。


「ああ、俺? 俺はジョン。あんたと同じ二流のネームドってやつ」


 ネームドに二流もあるのか、なんて思っていたか。俺も同じ、と言われたがもしかすると、ありふれた名前ほど弱くなるみたいなものがあるのかもしれない。


 何にせよ、対応しなければならない。名前はジョン。連想される名前は……。


「ジョン・ドゥ」


 生死不明の男性を現わす言葉。それが意味するものは。


「(致命傷程度では殺しきれない?)」


 可能性はある。ではどうする? 蘇生不可能なほどのダメージを与える? 蘇生が出来ない体にしてしまう?


 考えろ。『生死不明』ならば死亡を確定させてしまえばいい。故に、やることは、次に姿を見せたら肢体をばらばらにする。

 ――さあ、どこだ。


「『原典解放』ジョン」


 声だけが聞こえる。だが方角までは分からない。


「皮肉なもんだな、ジャック。原典をなぞれば同じだったかもしれないのに」

「どうかな。俺はジャックだ。ジョニーではない」

「そうか? 俺は同じだと思うぞ。——故に、本気で相手をしよう」


 声の気配が殺気に変わる。凄まじいほどだ。殺気で人が殺せるなら、それを成しているだろうほどの。


「『原典分化』ジョナサン」


 気が付いた時には正面にいた。であるにも関わらず反応出来なかった。

 敵は拳銃をこちらに向けてきている。元のやつにそんな武装は無かったはずだ。なのに持っているということは、さっきの分化がなにかしたのだろう。


「スゥ――」


 落ち着いて構える。拳銃の弾ならナイフで弾ける。


「ジャックナイフ? 俺たち二流の強みは、名が割れた所で大した弱点にならないのがいいよな――」


 発砲、二音。拳銃の発砲にナイフで対応。後の動きを見切ってからこちらも発砲。弾丸の口径はこちらの方が大きい。威力も大きくなる。防御したりなどは――


「——」


 ——しない。体に受けた。胸に一発、十分だとは思うが銃身は下げなかった。さっきの一撃で倒しきれなかったからだ。警戒は続ける。

 敵の態勢は崩れた。——だが、倒れなかった。


「くっ――!?」


 さすがに何かある。そう判断して隆起していた岩陰に身を隠す。


「どうした? 頭を狙えばよかったのに」


 相手はそう煽るが、実際その通りだった。弾は当たった、だが致命には至らない。考えられるトリックは――防弾装備。だから以前の弾もダメージにならなかった。

 やはり、頭を狙うしかない。——だがそこにもタネがあるはずだ。でなければわざわざ焚きつけるような事は言わないだろう。


 岩陰から飛び出し、真っすぐ、敵に向かって飛び込む。銃を構え、狙いは頭。すぐに発砲する。結果——、弾が逸れていった。


「ジョナサンってやつは、どうにも弾が頭に当たらないらしくてね」


 それも原典の力か。だが通用しないことは分かっていた。それが確認したかった。故に、接近戦に持ち込んだ。


 やり方は知らない。分からないし、考えたこともない。


 だが人生、知らずにやらねばならない時もある。

 例えそれが、失敗だとしても。


「『原典開放』、ランスロット!」


 俺に大層な聖剣なぞないが、ナイフで近接戦を制する……!

 袈裟斬りは躱され、返しの突き上げもいなされたが、避けるということは効くということだろう。


「……真名隠し。確かに有効かもしれん」


 敵は……、笑っていた。完全にこちらの間合い。有利なのはこちらのはず。


「でも、嘘はダメだ。ブラフに使う分にはいいが、原典開放とはわけが違う」


 ——確かに。俺はランスロットではない。ジャックだ。

 首を狙った刺突。だが、巧くいなされる。接近戦の、刃物の扱いはランスロットの方が上のはず。だが、その一合は敵の見事なCQBの返り討ちによって終わった。


「ぐ……は――」

「原典開放はその本来の力しか増幅出来ない。繋がりがあるジャック=ランスロットは繋がりはあるかもしれんが、本人ではない。故に意味がない」


 鳩尾に入れられた一撃が重く、体を動かせない。そんなこちらの眉間に銃口を向けられる。回避、出来ない。


「じゃあな。もっとまともな名前だったら、もう少しはやれたかもしれないな」


 そういいながら引き金を引いて――。

 飛び散った鮮血。辺りにまき散る。その血は、敵の腕から出ていた。


「なん――」

「ほ」


 返しの刀が敵の首を取った。それは、リンがやった。


「いやぁ、間に合ってよかったねぇ」


 どさりと倒れる敵の体。苦戦した相手が、一撃の元に伏すとは。


「……なあ」

「ん?」

「俺は、弱いのか?」


 返答には時間があった。けれど、思ったよりも早く。


「うん。今はね」


 そう言って刀を鞘に納めた。改めて彼女は何者なんだろうか。


     *     *     *


「いやぁ~、離反者合計21人! 思いがけず大金が手に入ったね~」


 自身のステータスウィンドウを見て、軽い足取りで歩くリン。まあ、所持金が一気に500万になったのは心躍るものがあるのはわかるが。


「俺の前で倒したのは二人だったが、他でそんなことが起こっていたのか?」

「そうよ~。やっぱりドラゴンスレイヤーのネームバリューを知ってる人からすれば裏切るなんて馬鹿な真似は出来ないって」


 やはり、名、か。この世界ではよほど重要なんだな。


「実際、十人以上倒したのはジークだったし。穏健そうなこといって、内心がもう暴れたくってしょうがなかった、って感じだし」

「そんなにか」

「そんなによ。私もドン引きしちゃった。人って真っ二つになるんだね」

「……」


 やはり判断は正しかった、ということか。ともかく、無事で良かった。


「これで次の世界へ向かえるね」

「そう、だな」


 後ろ髪を引く思いはあるが、それでも前進しなければ。


「次はもっとマシな所がいいな~。雪って嫌いなのよね~」


 そんな軽口を叩きながら、俺たちは次の世界へと歩みを進めて行った。


     *     *     *


 おまけ

 

 新たな村へ入る。その道中の話。


「・・・・・・うーむ」

 

 休憩として程よい木陰を見つけ、腰を落ち着ける事にした俺たちは各々休みを取っていた。

 俺は、先の戦いで譲り受けた銃。それを良く見ていた。


 形状としてはハンドガンに分類されるのだろうが、いかんせんその形が見た事もないものだった。

 射撃は一度だけ。彼女の介錯にのみ使った。その時に分かったのは、変わった反動を持つこと。そしてその機構は、リボルバーとオートマチックの二つの動きが内蔵されているという事。


「うーむ」

「ちょっと。うるさいんだけど」

「それはすまん。が、どうにも分からなくてな」


 銃を見せる。彼女もなにやら興味を持った様に近づいてはくるが・・・・・・。


「私、銃とか全くわかんないんだよね」

「なら尚更ダメだな」

「なによ」

「扱い方が分からんのだ」


 銃を虚空へ向けて構える。アナログな照準システムが見える。


「そのまま引くんじゃないの?」

「・・・・・・まあ、以前はノリで引いたが」


 照準を外して、再び銃身をみる。


「このハンマーが落ちて弾丸が出る。それはいい。そして──」


 銃身左横、ちょうど親指がかかる所に指のかかるところがある。それを引くと。


「リボルバーの弾倉部分が出る。ここまではまあ普通の銃だな。で、だ」


 そのまま銃身を手前へ倒す。弾薬が出てくる、のだが。


「デカっ」


 まるで分銅かのような円柱状の塊が、チェンバーから出てきた。まんま塊。そこには薬莢も弾頭もない。金属の塊が出てきた。

 よく見ると分銅の先端(?)が少し削れている。


「なんなんだこれ・・・・・・」


 と困惑していると。


「あー、ここまで変だと逆に分かるわ。ちょっと貸してみ」


 そう言って彼女に銃身を取り上げられた。

 彼女は俺と違い、銃本体を見るのではなく、銃からUI的なウィンドウを開いて何かを見ている。・・・・・・そのやり方を教えて欲しかった。


「うーん。私レベルじゃ見える内容に限界があるね。でも核心は分かった。──エキゾチックウェポンだ」


 エキゾチックウェポン。また新しい単語が出てきた。で、それはなんなんだ。


「機構とかの一部が完全に物理法則とか魔法とかで説明出来ない構造になっているモノのこと。特にこれは珍しいね。この弾倉だけじゃなく、銃身全てが特殊構造、エキゾチックで出来てる」

「・・・・・・つまり?」

「使って覚えろ。かな。私じゃよくわかんないし」

「そうか。ついでに、さっきやってたウィンドウの開き方を教えて欲しいんだが」

「ああ、あれはねぇ・・・・・・」


そして、色々と教えて貰った。エキゾチック。結局何物なんだろうか。


「そうねぇ。簡単に言うと私たちと同じかな。この子にも名前が付いていて、その名を持つ”運命”を背負ってる」

「運命……」


 改めて銃を、そのウィンドウを見る。記された名は――。


「フェイトブリンガー」


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