第4話・『原典』
「そういえばあんた……いやジャック。自分のスキルについてどのくらい理解しているの?」
「そもそもスキルという概念が分からん。技能のことか? 特技のことか?」
夕日の街を抜けた俺たち二人は、文字通り別の世界に来ていた。前の世界のイタリアっぽさとは違う。もっと昔というか、コンクリートで出来たデザイン性のない、背の低い建物が並んでいる。
さらに不思議なのは雪世界というところだ。冬という概念があるのか分からないが、それでも耐雪性のないコンクリート製で構造に工夫も見られない。歪、というのが感想だ。
「スキルは確かに技能ってことでいいと思うけど、そうじゃなくってこう……。……あんたさぁ、ゲームやったことある?」
「チェスなら、多少は……」
「はぁ。そんな返事ならデジタルの話なんてわかんないだろうね」
周囲を見渡す。……静かだ。人影も気配もない。殺風景だが、不気味ではない。とても、孤独な世界なんだ。
「というわけで!」
リンが前に立ちふさがる。なんなんだ、そのドヤ顔は。
「改めて世界観というものを整理しましょう!」
「あ、ああ。それは助かるが」
「そうでしょう。ではまずは世界観からね」
そういいながら腰に携えている刀を鞘ごと取り出し、雪面に描く筆として使い始めた。
「この世界は異世界みたいなものだと思ってくれていい。より正確に言うなればゲームみたいなシミュレーターみたいなものだと思う」
「シミュレーター? 電脳世界ということか?」
「そこは分かるんだ。大体そんな感じ。こうやって左手をすくい上げるみたいな形にしてしたから上にやると、パーソナルウィンドウが出てくるはず」
言われたとおりに手を動かす。すると青白いモニターの様なものが表示された。よく見るとなにやら細かく書かれている。
「左上にレベルとか書いてあって、その下には自分のステータスが書いてある」
「筋力B・・・・・・機敏A・・・・・・。これが本当だとは思えんが」
「でも指標の一つにはなるはず。でもこのステータスは重要じゃない。レベル横の名前のところ見て」
促されるまま視線を動かす。名前の欄には・・・・・・、ジャックと書かれている。
本来は不思議では無いはずだが、今はそうでは無いだろう。
「なんで自称が記載されてるんだ?」
「そう!不思議よね〜。ちなみに後からは変更出来ないみたい」
名前が変更出来ないのは、まあ、普通というか。当たり前というか。固有名詞がころころ変わるのはおかしいと感覚で分かる。
「つまり俺は、勢いで名乗ったジャックという名を背負っていく必要があるのか」
「うーん、どうだろうね」
意味深に首を傾げるリン。腰に手をあてて・・・・・・、教師気取りの様だ。
「この世界に『転生』してきた人達は最初からこうなってる。あんたは記憶が無いっていってるけど、私もそうだった」
「待て。『転生』と言ったか?生まれ変わった、という事でいいのか、俺は」
「そうね。この世界は転生者とそうでないもの。この2つの存在で成り立っている」
その二つには少しだが覚えがある。俺と戦った彼女は恐らく転生者に該当して、あの街を歩いていた銃声になんの反応も示さなかった者たちはそうでないものに該当するんじゃないだろうか。
「そういう転生者、過去を持つ者、それらは『ネームド』と呼ばれているわ」
「ネームド、ね……」
「そして転生者ということは――」
リンがこちらに近寄ってくる。なんとなく後ろに下がるが建物の壁に当たる。そして刀の鞘で左脇下を突いてきた。
彼我の距離が無くなった、ほぼ密着状態でぼそっと囁く。
「——全員、死因を持ってる」
それを言って彼女は離れた。今の話に秘匿性はあまり感じられなかったが、聞かれたらまずいものだったのだろうか。
「……で、それを踏まえてどうすればいいわけだ?」
一度離れた彼女が再び距離を詰めてくる。
「弱点があるってこと。分かった? 名前がバレたら状況は一気に不利になる。あんたもなんかあるんでしょう。ランスロットだから、ええ……。何がある?」
「知らん。そもそも俺はランスロットではなく、ジャックを名乗る一般人だ」
彼女がやっと離れる。彼女は……、匂いがしない。互いの距離が僅か数センチにまで迫ったわけだが化粧の匂いも女の匂いも人の匂いもしなかった。彼女こそ、何者だ?
「まああんたの事はいいや。それよりも今後の対策よ」
「対策?」
「さっきも言ったけど、この世界では『名』が重要になってくる。だから戦闘になった際はまず『名』を知らなきゃね」
「ふむ……。例えば?」
彼女は刀を腰に収めた。そしてこちらを向いて腕を組んだ。顔の向きはやや上向き。……どや顔をしたくて仕方ないのか?
「例えば! ジークとかアキレスとか分かったらそりゃこっちの勝ちみたいなもんでしょ。どっちも致命的な弱点が分かり切っている存在なわけだし」
ジーク。ジークフリートか。半分童話みたいなものだと思っているが、たしかドラゴンを討伐した男。その返り血を浴び不死性を得たが、葉っぱが背中にくっついたせいで背中が弱点になった。とかなんとか。
「そして、こっちの名前はなんとしても明かさないこと。敵に弱点がバレる事になるからね」
「俺は……そうでもないと思うが」
「なるの! なり得るの! とにかく名前は要注意ね」
これでもかと人差し指を立てる。そこまで言う、ということは、だ。
リン。その名の裏にはとんでもない秘密がある。と言っているようなものだぞ。と背中に思う。
しばらく歩いていくと、建物や風景は変わらないものの、人の姿がチラホラと見え始める。彼らが見ているのは広場の中央にある大きな焚火だ。
「この街を救う為に、ネームド諸君は力を貸して欲しい!」
焚火の近くで音頭を取る男性がいる。屈強な肉体に、それなりの装備の鎧を纏った大男。彼は何をしているのだろうと覗こうと、したその袖を引かれる。リンが嫌そうな顔をしている。関わるな、ということだろうか。
「この街を脅かす邪龍討伐のため、このジークに、力を貸して欲しい!」
再び彼女の方を見る。すごく笑いを堪えている顔をしている。
「作戦には俺、シグルドも参加する予定だ」
再三彼女を見る。下を向いて震えている。
会場はざわついていた。そりゃこの勝ちが確定しているイベント。ガヤとして参加する分には面白いものが見れるだろう。
「報酬はこの街から捻出された――」
ということは雀の涙程度の報酬か――。
「5000万ギルを山分けする」
物価を知らんが桁違いの額が来た――!
静かだった広場が騒然とする。参加者と思われるものがチラホラと現れ始める。そりゃそうだろう。実質タダでもらえるいくらかの賞金だ。参加者はたくさん……。リン?
「私達も参加するわよ!」
そういってチケットみたいなものを二枚持ってきていた。俺の分も、か。
「こんなチュートリアルみたいな話は旨すぎてたまらないわ。さっそく情報収集よ」
「情報? なんの?」
そう聞いた後、彼女は――それなりに怖い顔で――答える。
「参加者達の、よ。出来れば全員、ね」
* * *
邪龍討伐へ向かう一行。総勢約30名。集団行動に対してそわそわ感が収まらないのは、俺の過去には従軍経験がないからだろうなぁ、なんて思いつつ歩みを進めていた。
「(動きは、頭に入ってるわよね)」
「(……ああ)」
この戦いは邪龍を斃す。だけにあらず。真の戦いは……。
「邪龍確認! 構えろ!」
先陣を切るジークが声を上げる。一瞬分からなかったが、直後に頭上を巨大な影が通っていった。
「(アレを斃すだと……)」
内心は恐れていた。人間の何十倍の大きさを誇る邪龍、ドラゴンと対峙出来るのか、と。実際、こちらの持つ武器である銃とナイフでは何日戦えばいいのか分からない。
「だいじょぶだって。天下のドラゴンスレイヤーが二人よ。負けようがないわ」
「だといいんだが」
邪龍、翻って再びこちらへ。
「全員下がれ!」
ジークが声を張る。彼が剣を抜刀し八相の構えを取る。剣は瞬き、光を纏う。経験がないのに分かる。魔法の領域だ。
呆気に取られる俺と違い、俺の腕を持って移動するリン。
「よく見ておきな。この世界の戦い方ってやつを」
ジークの剣に光が収束していく。そして――
「『原典解放』、ジークフリート! 瞬け、バルムンク!」
地上に迫るドラゴンに向けて光線が放たれる。その一閃はドラゴンの胴体と翼を撃ち抜いた。致命的な一撃を受けたドラゴンは態勢を崩し、空中飛行から落下軌道へ移る。
勝敗は決した。素人目にはそう見えた。
「シグルド! 止めを!」
「任された」
落下軌道に入ったドラゴン、その軌道上にシグルドが走りこむ。
「『原典解放』、シグルド。穿て、グラム」
きわめて冷静に、しかし凄まじく強力な爆発を伴う熱線が胴体を貫いていった。その一撃は周囲一体に血の雨を降らし、積もっていた灰の雪に彩りを与えた。
「終わった、のか?」
「まあ、ドラゴンスレイヤーの日常みたいなもんでしょ。淡泊でいいじゃん」
血のかかった雪を見ながら、何もしてない自分の虚無さを思いながらも、極めて前向きに現実を受け入れていた。なによりも……。
「(『原典解放』……)」
この世界での戦い方、とリンは言っていた。名を持つ者、その名の力を解放する能力。たしかに、今の光景を見ればその力の圧倒さを理解する。
俺もこれを……、なんて考えていた。そこへ――
「ほら! 来るよ!」
リンが発破を掛ける。そうだ、ドラゴンが討伐された後——。
「——英雄狩りが始まる」
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