第3話・決着
教会横の螺旋階段を登る。上からは先行する敵の足音。
(どこまでいくつもりだ?)
とにかく後を追う。距離を少しでも詰める為急ぐが――。
「ぐ……」
偶に上からの牽制弾が足場を抉る。やはり上を取った方が有利ではあるか。だが足を止めるわけにはいかない。こちらの有効打は近距離のナイフのみ。近づくしかない。
とにかく登る。この先で決着を付けるために。
敵は外へ出た。こちらも外に出る。
「!?」
外に出た、その光景は予想外のものだった。隣接する建物の屋上が連なる広場の様な解放感。そこに四、五名か。例の黒服に身を包んだマフィアくずれがいる。
「来たぞ! やれ!」
「っ!」
全員が揃ってこちらに銃を構える。発砲される前に前方目掛け疾駆する。さすがに五人の銃弾は捌けない。最速で一人落とす必要がある。
「ひっ……」
小さな悲鳴と共に一発発砲。それは見切れているので躱して、覆いかぶさるように男の体にまたがる。間髪入れずに首にナイフを突き立てる。と同時に所持していた銃を奪う。
立ち上がり、その隙を狙った発砲をなんとか見切る。が――。
(さすがに二発は無理か……!)
一発が左わき腹を抉っていく。だが今回は距離を詰める必要は無い。奪った銃を使って発砲。一発は頭部を貫き、もう一発は眼球を抉った。この照準力、スキルというやつか?
「なんて野郎だ……」
「落ち着け、同時に仕掛ければ勝機はある」
敵も読んでいる。だがその上でこちらは崩さなければならない。
敵が構え同時に発砲する。それは俺に対して垂直であり、少し軸をずらせば回避できる。それをある程度見込んだうえで、相撃ち覚悟の発砲。敵弾はこちらの頬を掠め、こちらの弾丸は敵の脳天を貫いた。
一人となった敵は大したもので、次弾の照準に移っていた。だがそれは見切りの範疇であり、回避後の反撃で沈むことになった。
先行する敵を追わねばならないが、その前に倒した敵を漁る。使っている銃は同じ規格。なら弾丸も流用出来る。マガジンを引き抜き二本控えとしてポケットに収めておく。
引き離されてしまったが追いかけて距離を詰めていく。幸い相手の移動速度は速くない。いや、むしろ遅いのか。
(狙ってみるか)
走りながらの発砲。……届かない。自分の照準性能が高いとしても流石に走りながらは無理があったか。こちらの弾数は限りがある。もっと有効な場面で使うべきだ。
敵は屋根上を走り抜け、そのまま室内に飛び込んだ。こちらも追って飛び込む。
「!」
飛び込んだ先は小さな空間。物置のような陽の光が僅かにしか入らない、暗い部屋。
入ったその場所に銃が向けられていた。先手を取られた、ナイフの防御は間に合わない。
――発砲。首を思いっきり回し回避する。直撃は免れたが頬を少し切った。
だがそのあとだった。回避にリソースを割いた体はそれ以上は動かせなかった。その横腹に蹴りが入る。
「ぐ……」
鈍痛による動きの制限が掛かり、すぐに体が動かせない。そこへ彼女は銃を構える。狙いは頭、ではなく回避不可能な胴体への攻撃だ。
だが時間はこちらにもあった。ナイフは構えられている。回避出来ないなら防御するまで。
発砲と金弾音。両者退かぬ戦いが繰り広げられる。だが違いがあるとすれば――。
「ハアッ、ハァッ……!」
肩で息を切らしているのは敵。いや、少女、と改めるべきか。激しい攻防を繰り広げてきたが相手が、こんなに小さな背をしているとは。対峙するまで分からなかった。
互いに銃口を向け合ったまま、しばらくの時間が経った。その時間は彼女に十分な休息になったと考えるが、顔色を見るにどうも「そういうもの」ではないようだ。
「……患っているな? 何か、内臓あたりを」
「何故そんなことを聞く?」
「分からん。俺は記憶が無くてな。直感がそう言っているだけだ」
「そう……」
会話の後、ゆるやかに空気が変わっていく。彼女は、最後の一合を撃ち合うつもりだ。
せめてその火蓋は、彼女に切らせるべきだろう――。
静寂。静まっていく世界。やがて、ある一瞬が、全ての音が消える。その時だ。
二人の発砲が重なる。交わる弾道が互いの弾頭を弾き合い、火花が散る。
二人は距離を詰めた。近接戦、銃とナイフのCQBでのダンス。
ナイフは交わり、銃弾は彩る。二人の最後の打ち合いが行われる。
体と弾道が交わった瞬間にトリガーに指を掛ける。お互いにそれを理解しているため、弾道から体を逸らす。その繰り返し。
そして――。
「もう辞めだ」
俺の銃弾が無くなった事を示すようにハンマーがカチリと倒れる。と同時に彼女の膝が折れる。
「――――」
彼女の呼吸はひどく細いものだった。よくぞここまで、と思わざるをえない。
勝敗は……はっきり言って直ぐについていた。俺は弾丸も拳も躱していなしたが、彼女はナイフの切創が複数に、銃弾が二発は直撃している。圧倒的にダメージが違う。
「……」
ヒューっと、細い息だけが彼女を生かしている。もう限界だろうが、楽にするための弾丸がない。
そんな彼女を見下ろしていた。何か感じ取ったのか、彼女は右手にあった自身の銃を、まるでこちらに譲るかのように地面で半回転させ、グリップをこちらに向けた。
「使い、なさい……。この先、必ず役に立つ、と思う」
意志を汲み取った俺は、その銃を拾い上げる。それはいままでに見たことのない銃だったが、銃であることは分かった。
「弟が、無事であるなら、それがいい。けど……」
その銃を彼女の眉間を照準に定める。最後にこれでいいのかと、目で聞いてみる。
「運命には……逆らえない……。ただ、どういう生き方をするかは、あなた次第」
彼女は目を閉じた。それが合図だと察した。
引き金を引いた。発砲音だけが周囲を満たしていた。世界が彼女の死を看取ったように。
* * *
「終わった?」
教会に戻ってくると、なんてこと無さそうな顔のリンが待っていた。それなりのダメージはあったはずなんだが。それに決着も雑談の様に話してくるな、コイツ。
「ああ私? なんていうか自動回復みたいなのが付いてるんだよね」
「だが、銃跡はそう簡単には……」
「治るんだな、それが」
彼女の謎にはあまり触れない方がいいのかもしれないな、と思った。
「で、次はどうするの?」
「少し寄り道をしてもいいか? 旅立つ前に、ケリをつけておきたくてな」
「ふ~ん。で、なにするの?」
* * *
黄昏の街の一角。その陰に隠れる様にあるその一角はほぼ常にタバコの煙が出ていた。
「あのガキが……連絡寄こさないってことは、しくじったか?」
「かもしれないな。まあいい。それならそれでやりようが――」
そんな、平穏かの様なチンピラの集まりの中に男が一人。
「なんだ、テメ——」
会話にはならず発砲でかき消す。
その後も会話を試みようとするチンピラはいたが、全て暴力の元にねじ伏せた。
「……これが、やりたかったの?」
陰からリンがぬるりと姿を見せる。振り返る事のない俺の背に何を思うのか。
「彼女の、心残りだった部分を排除した。チンピラどもの事が気になっていたようでな」
「そう。敵討ち的な?」
「そんなものだ」
死体となったものを見下しながら答える。彼女の望みはこれで叶ったのだろうか。
「それじゃあ、行こっか。旅は始まったばかり、ってね」
「……ああ」
並んだ死体。無慈悲な殺戮。けれどそれはほんの上澄でしかなく、これから歩む道には当然の様に在るものなんだろう。それを知った上で、彼女、リンは歩みを止めようとはしないのか。
「ほら、先いっちゃうよ~」
「……」
彼女は前向きだ。それはいい。けれど、殺したものに何も思わないのはどうなのか。少し、感覚のズレのようなものがあると、感じてしまう。
* * *
「多分もうそろそろだと思うんだけどな~」
「何が?」
いまだに夕日の世界。その大通りを歩き続けてしばらく。陽の落ちない不思議な世界だと思いながら歩いてきた。
「お、きたきた」
何が? と覗き込むと目の前にうっすらとシルバーのカーテンの様なものが見える。
「これは?」
「次の世界へ行くワープポイント的なやつ、かな。これを超えると新しい世界に行けるんだよ!」
堂々というが……。
「それって塔に近づいてるのか分からなくないか?」
「いや、近づいてるよ。それは間違いない」
「そうなのか?」
「多分!」
よくもまあ堂々と言えるものだ。ワープなんてしていていたら場所が分からないのに。
「それに考えても見てみなよ。あの塔まで、どんだけ距離があるのか知らないけど、どんなところからでも見えるっておかしいとは思わない?」
「……確かに」
「それってこの世界が球体ではない証明になるよね」
そんなところまで……。ああ、考えると余計に訳が分からなくなる。ここは自分の知る地球ではないのか?
「というわけで次の世界に行ってみよ~」
こうして旅は続く。今はまだ遠い塔への旅路。これから何が起こるやら。
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