⑤ 構えの崩し方 (10v.1~10v.4 & 14v.1~14v.3)

【訳文】


――4つの〘胸壁※1

――これらはきみを勝利に導く

――守備兵らは警戒し

――彼らは用心深い


 ここで師範は、〘戦闘前※2で敵のメッサーを打つべきではないが、しかし熱心に〘胸壁〙を探れ、と言っている。


(〘胸壁〙とは)1番目は腰ベルトから上、右半身のこと。2番目は同様に腰ベルトから上、左半身である。


 3、4番目は腰ベルトから下である。


 常に注意深く〘胸壁〙を攻め、彼が(〘胸壁〙を)移動させたなら、次の〘胸壁〙の〘隙〙を素早く〘斬撃〙せよ。



【解説】


「メッサー技名覚え歌」にちらっと出ていた〘隙〙のお話です。


 〘胸壁〙とは、15世紀当時は城壁の上にあるギザギザの胸壁のことを指していたと思われます。凹凸凸凹 ←こんな感じのやつ。弓兵などはこの出っ張り部分に身を隠しながら矢を射ていたわけです。


 メッサー剣術ではメッサーを〘胸壁〙に見立て、相手はそこに身を隠している、というイメージなのです。しかしメッサーという片手剣で隠せる(守れる)のは身体のごく一部だけで、身体を正中線と腰ベルトの線で4つに区切ると、このうち1〜2部位しか隠せません。最終行の『〘胸壁〙の〘隙〙』とは、このメッサーで隠されていない部位を指しています。


 これを踏まえた上で次の訳文を見ていきましょう。特定の構えを崩す技です。



【訳文】


――巧みに〘驚撃※3せよ

――切っ先を顔に転回させ

――運足で巧みに〘驚撃〙する者

――その〘斬撃〙はよく伸びる


 〘驚撃〙は4つの構えのうち2つ、すなわち〘牡牛※4と〘牡猪※5に対する下段からの攻撃である。


 敵が左足を前にして、左の〘牡牛〙で構えたなら、きみはメッサーを右肩に置くか右脚の横で〘遮断※6を構えよ。そして右足で自分の右側に跳び、右側から敵のメッサーを斬りつけよ。〘同時〙に彼の顔面の中で切っ先を〘巻取る〙。



【解説】


 〘牡牛〙は顔の横から右腕を前に出し、メッサーの切っ先を相手に向ける構えです。上段を防御しつつ、切っ先で相手を牽制する構えというわけです。〘牡猪〙はこの状態から手を腰のラインまで落としたバージョンのこと。こちらは下段防御の構えとなります。


 さてここでは、相手が左の〘牡牛〙に構えた場合を想定しています。4つの〘胸壁〙=〘隙〙のうち、(彼から見て)左上が守られている状態です。どう崩しましょうか――師匠はまず、右肩にメッサーを置くか、右の〘遮断〙を構えよと言っています。


 〘遮断〙とは、メッサーを持った右腕を身体の横で斜め下に突き出し、メッサーも腕と一直線になるように持つ構えです。したがって切っ先は斜めに地面を向きます。

横を通り過ぎようとする人の脚を引っ掛けて転ばせるようなイメージです。


 この構えの状態から、なんと師匠は『敵のメッサーを斬りつけよ』と言っています。あれぇ!? 『敵のメッサーを打つべきではない』って言ってなかった!? ――と驚くかもしれませんが、ここで〘牡牛〙を構えている相手のことを考えてみましょう。


 彼は上半身を守っています。守られているところをわざわざ攻撃してくるバカはいないので、普通は守られていない(〘隙〙である)下段を攻撃されると思っているでしょう――というか、この〘牡牛〙という構えは下段への攻撃を誘発する構えなのです。


 ここで①で取り上げた〘先手〙と〘後手〙の概念を思い出してみましょう。〘先手〙は相手に対応を強いる側、〘後手〙は対応を強いられている側のことでした。


 さて、下段への攻撃を誘発側は〘先手〙と〘後手〙どちらでしょうか?


 ――当然ながら〘後手〙です。相手は下段への攻撃に対するカウンターを用意しており、あなたが下段への攻撃を放った瞬間、相手の技が始動する可能性が高いです。この時点で明確にあなたは〘後手〙になります。


 なので師範は、〘牡牛〙の誘いに乗らず、あえて上段にある相手のメッサーを打ち上げにいくよう言っているのだ――と考えることが出来ます。


 あるいは自分が〘遮断〙の構えで対抗する場合は、こうシンプルに考えることも出来ます。「こちらが下段に構えたら、相手は防御のために構えを下げざるを得ないでしょ」と。上段を防御している相手に対して、いかにも「オラッ、そんなに欲しいなら全力で下から斬り上げてやるぞ!」という構えを見せて圧力をかけ、下段防御に切り替えということですね。これで自分が〘先手〙を取った状態になります。


 いずれの場合にせよ、相手のメッサーを打ってからやることは実にシンプルです。『〘同時〙で〘巻取る〙』。〘巻取り〙は、相手のメッサーを絡め取る技法でしたね。ここで恐ろしいのは、『彼の顔面の中で切っ先を〘巻取る〙』と書かれていることです。


 顔面の中で……!? まあ「〘巻取り〙しながら顔面を突け」の意だと思われますが、顔面に切っ先をねじ込む様子を想像するとゾッとします。


 ちなみにWecker=〘驚撃〙と訳したのですが、Weckerは本来「目を覚まさせる人」「叩き起こす人」といった意味です。現代ドイツ語では目覚まし時計を指します。


 顔面に切っ先をねじ込まれるの、驚くとか目が覚めるとかそういうレベルの話ではないと思うのですが……おそらくは「こいつッ!? こちらが守っている場所をわざわざ打ってきた!?」とか、そういう目の覚める思いをさせる技なのでしょう。たぶん。



【注釈解説】


※1 胸壁: Zinnenツィネン //なおこれ以降、「〘胸壁〙の〘隙〙」という言い回しは「〘胸壁〙」という1語に短縮されてしまいます(つまり〘隙〙=Blößeブレーセと同義になっている)。なのでたとえ「〘胸壁〙を突け」と書いてあっても「防御されているところを突けって意味だな!」と取らずに、「防御されていないところを突けって意味だな!」と解釈する必要があります。省略しないでください師範。というか〘隙〙で良いだろ!


※2 戦闘前: Zufechtenツーフェヒテン //双方の剣が当たらない距離のこと。あるいは構えて睨み合っている状態。剣戟が始まった状態は〘戦時〙=Kriegクリークと呼びます。


※3 驚撃: Weckerヴェッカー //なんとも皮肉なネーミングに驚きます。


※4 牡牛: Stierシュティーア //ツノを前方に向けている牛さんのイメージだと思われます。


※5 牡猪: Eberエーバー //牙を下から突き上げる猪さんのイメージだと思われます。


※6 遮断: Schrankhutシュランクフート //遮断器とかそういうイメージです。ロングソードの同じような構えも同名です。

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