第13話 かつめしの始まり
月影神社での戦いから数日が過ぎ、凛はふとした違和感を覚えていた。これまで教団や神社にまつわる奇妙な出来事が、なぜかすべて「かつめし」という料理を中心に広がっていたことに気づいたのだ。かつめしにまつわる力が「覚醒」や「影」などの異様な存在と結びついているのは、ただの偶然ではないはずだ。
そこで凛は、かつめしの起源について調べることにした。調査を進めるうち、彼女は「かつめし」が加古川で生まれた料理であり、長い間、地元の人々に愛されてきたことを知る。しかし、単なるご当地料理としてのかつめしには、どうしても教団が追い求めたような「力」の痕跡は見当たらなかった。
「でも、かつめしの力を利用しようとする者がいるのは事実よね…」
そう考えた凛は、かつてかつめしを広めたとされる加古川の古い食堂に目をつけた。その店の名は「風見亭」といい、町でも特に長い歴史を持つ名店だったが、今は年老いた店主がいるだけでほとんど営業はしていないという。
翌日、凛は風見亭を訪れた。古びたのれんをくぐると、店内には静寂が漂い、歴史を感じさせる温かな雰囲気があった。奥には、年配の男性が座っており、凛が入ってきたことに気づいて、ゆっくりと顔を上げた。
「君は…どうしてここに?」店主は凛を見つめ、鋭い目つきで彼女を探るように尋ねた。
凛は静かに説明を始めた。「私は、この町で起こっている不思議な出来事について調べている者です。そして、その中心には『かつめし』があることに気づきました。この料理がどのように生まれたのか、また、どうして不思議な力を秘めているのかを知りたくて…」
店主はしばらく黙り込んだが、やがて深いため息をつき、語り始めた。「かつめしの歴史について本気で知りたいのなら、君に隠しても仕方がない。実は、かつめしにはある“伝説”があるのだ」
「伝説?」
店主はゆっくりと頷いた。「そうだ。この料理が誕生した頃、かつめしを提供するために使われた特別なソースが、人の心に働きかけると言われていた。古くからこの地に伝わる“癒しの味”とも、“覚醒の味”とも呼ばれていたが、それは決してただの調味料ではなかったのだ」
凛は驚きと共に興味が沸き起こった。「そのソースにはどんな力があるんですか?」
店主は静かに答えた。「そのソースには、食べる者の心を鎮め、深い感情を解き放つ力があると言われている。つまり、かつめしが人々に愛されている理由は、単に美味しいからではなく、食べた者が心の奥底にある感情を自然と受け入れられるようになるからなのだ」
凛はふと教団が言っていた「覚醒」の力を思い出した。もしかすると教団が求めていたのは、単なる操りの力ではなく、かつめしを通して人々の心に触れる「癒しと覚醒」の力だったのかもしれない。
「ですが…」店主は言葉を続けた。「時が経つにつれて、その力は忘れられていった。かつめしは、ただの料理として広まったが、かつての風見亭では、特別な相伝の儀式を通じてそのソースを作り続けていた。私もそれを守り続けてきたが、年々儀式に必要な材料が手に入らなくなり、今ではそのソースを作ることもできなくなってしまった」
「では、そのソースの作り方は、もう二度とわからないんですか?」
店主は寂しげに首を横に振った。「そうだ。ソースに使われる特別な材料は、この地でしか取れない“幻の花”と呼ばれる植物の根だったが、それはもう絶滅してしまったと聞いている。かつて教団がその花の存在を知り、その力を利用しようとしていたのかもしれない」
凛の中に不安が広がった。かつめしを巡る教団の陰謀はこれで終わったかに見えたが、「幻の花」が教団の力の源であったとすれば、その根を持っている誰かが再び力を手に入れることも考えられる。
その夜、凛は調査室で風見亭の店主から聞いた話を整理していた。かつめしのソースが持つ「癒しと覚醒」の力、そして絶滅したとされる「幻の花」。教団がその力を完全に支配することはなかったものの、もし他にその根を見つけた者が現れれば、また同じような悲劇が起こるかもしれない。
そのとき、窓の外に小さな気配を感じた。顔を上げると、そこにはいつもの白い猫が静かに座っていた。猫はじっと凛を見つめ、まるで何かを伝えたがっているように見える。
「またあなた…何か知っているの?」
猫はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で語り始めた。「幻の花は、完全には絶滅していない。遠くの山奥、加古川から離れた場所にまだわずかに残っている。それは人の心を解き放つ力を持つが、悪しき意図を持つ者に渡れば、恐ろしい力に変わる」
「教団以外にそれを狙う者がいるとでも?」
猫はゆっくりと頷いた。「かつめしの秘密を知った者たちは、少なからずその力を求めるだろう。そして、真の“覚醒”を成し遂げるために、また新たな影が動き出すかもしれない」
猫の言葉に、凛の中で再び覚悟が固まった。かつめしが持つ「癒しと覚醒」の力が、次のターゲットとなる可能性は十分にあった。そして、それが町や人々に再び危険をもたらすことがないように、自分が守らなければならない。
「私は、かつめしの秘密を最後まで見届け、町の人々を守るために戦い続けるわ」
猫は静かに凛を見つめ、再び消え去っていった。夜の静寂の中、凛は月明かりに照らされた街を見つめ、再び戦いに臨む覚悟を胸に秘めていた。
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