第12話 新たな影
加古川の町に平和が戻り、凛も久しぶりに穏やかな日々を過ごしていた。教団の残党と最後の儀式を完全に断ち切り、町に新たな危機が訪れることはないと信じていたが、彼女の胸にはまだ小さな違和感が残っていた。それは、白い猫が「真実を知ることは時に重い枷となる」と語った言葉が頭から離れないからだった。
ある夜、凛は調査室の資料を整理していると、戸口の外でかすかな足音が聞こえた。気配を感じてドアを開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。女性はどこか怯えた表情を浮かべており、疲れ切った様子で凛を見つめている。
「あなたが、凛さんですか?どうか助けてください…」
凛はその様子にすぐに事情を察し、彼女を中に迎え入れた。女性は息を整えながら話し始めた。「私は町外れの村で暮らしている者です。このところ、村では奇妙なことが立て続けに起こっていて、皆、不安で仕方がありません」
「奇妙なこと?」凛は眉をひそめ、彼女の話に耳を傾けた。
「村の近くにある神社で、夜になると不気味な光が漂うのです。まるで誰かが儀式でもしているかのように。そして、村の人々が次々と倒れ、目が覚めたときには、何かに怯えきったような表情を浮かべているんです。皆、『何かが目覚めた』と怯えています」
凛の胸に緊張が走った。村の神社での怪異と人々の変調は、かつての教団が利用していた「覚醒の儀式」に通じるものがある。だが、教団の残党はすでに滅びたはずであり、彼らの儀式の文書もすべて焼き払った。だが、もし何かが残されていたのだとすれば?
「その神社の名前は?」凛が尋ねると、女性は少し怯えながらも答えた。
「『月影神社』です。村では昔から、“何かが封印されている”と言い伝えられてきましたが、私たちはその意味も分からず、ただお参りするだけでした」
「月影神社…」凛はその名を心の中で反芻した。教団の儀式が関わっている可能性は否定できないが、もう一つ気になるのは、「封印」という言葉だった。教団とは別に、この町には古くから何か別の力が隠されているのかもしれない。
翌朝、凛は月影神社へ向かうことを決意し、支度を整えた。村は加古川から少し離れた山あいにあり、古い石畳の道を辿るようにして神社へと向かった。村はどこか異様な雰囲気に包まれており、道行く人々の顔には不安と怯えが浮かんでいた。
村の案内で神社へと続く森の道を進むと、木々の間にぽっかりと開けた場所に古びた神社が姿を現した。社殿はひび割れ、苔が覆い尽くし、長年放置されているような様相だったが、社殿の前には奇妙な紋様が描かれていた。まるで何かを封じるための結界のようなものだ。
凛が周囲を調べていると、ふと背後から不思議な気配を感じた。振り返ると、そこにはまたしても白い猫が立っていた。猫は静かに凛を見つめ、まるでここへ導くために現れたかのようだった。
「猫…ここには何があるの?教団の儀式と関係があるの?」
猫はしばらく凛を見つめた後、口を開いた。「教団がかつて使っていた力とは異なるが、ここには別の力が封じられている。それは、教団が求めていた力以上のものだ。長い間、この地に縛られてきた“影”だよ」
「影?」凛はその言葉に不安を感じた。
「月影神社には、この地に眠る人々の負の感情が封じられてきた。それが何らかの原因で今、表に出ようとしている。もしかすると、教団の活動が何かを刺激したのかもしれない。そして、その力を引き出そうとする者がいるようだ」
凛の心は不安で揺らいだが、同時に新たな決意が沸き上がった。教団とは異なる、この地に眠る力を守り、解き放たれることがないようにしなければならない。
夜が訪れると、凛は村の人々が恐れている神社の儀式を確かめるために、再び月影神社へ向かった。森の中は深い闇に包まれ、遠くで聞こえる夜の鳥の鳴き声が不気味さを増していた。神社にたどり着くと、境内には淡い青い光が浮かび上がり、結界の紋様がぼんやりと光を放っている。
そして、その光の中心には、黒いローブに身を包んだ謎の人物が立っていた。凛は息を潜め、その人物が何をしているのかを観察した。その男は呪文のような言葉を呟きながら、手に持った古びた巻物をかざし、月影神社の力を呼び覚まそうとしているかのようだった。
凛はその場に出て、男に向かって叫んだ。「あなた、何をしているの?」
男は驚きつつも、不敵な笑みを浮かべた。「まさか、ここまで辿り着く者がいるとは。だが、お前は知っているのか?この地に眠る“影”の本当の力を。この村の人間たちの負の感情を糧に、我々はさらに強力な力を手に入れるのだ」
「そんなことはさせない。私が止めてみせる!」凛は構えを取り、男に立ち向かった。
男は奇妙な呪文を唱え、凛の周囲に薄暗い影が現れ、形を成して襲いかかってきた。凛はカンフーの技を駆使し、影たちの攻撃を避けながら、的確に反撃を加えた。だが、影は彼女の攻撃を受けても次々に湧き上がり、尽きることなく襲いかかってくる。
やがて凛は男の動きに注目し、彼が持つ巻物が影を呼び出す力の源であることに気づいた。凛は一瞬の隙を突いて男に接近し、巻物を奪おうと試みた。男は驚きつつも凛に抵抗したが、彼女の素早い動きに対応しきれず、巻物は凛の手に渡った。
巻物を手に入れた凛は、その場で巻物を裂き捨て、影を呼び出す呪文を封じた。すると、影たちは次第に消え去り、夜の静寂が戻ってきた。男はその場に膝をつき、力を失ったように崩れ落ちた。
「お前がいなければ…私は…真の力を手に入れられたのに…」男は憎しみに満ちた声で呟いたが、凛は冷静に彼を見つめた。
「その力は、この地に封じられてきたもの。それを解き放てば、町全体が危険に晒される。あなたのような者に任せることはできない」
男は黙り込み、やがて凛の前から姿を消した。
凛は巻物の残骸を手にしながら、月影神社を後にした。神社に眠る力と新たな脅威が生まれたことで、彼女の戦いはまだ終わっていないことを悟った。町には教団以外にも、古くから潜む未知の力があり、それを狙う者がまだ潜んでいるのかもしれない。
凛は静かに決意を新たにした。「私が守らなければならないものは、この町全体。そして、この地に秘められた謎もすべて解き明かしてみせる」
新たな謎と影が広がる加古川で、凛の冒険はまだ続く。
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