第1話 消えた証言者
加古川の商店街を抜け、夕方の薄明かりに染まる街角を歩く凛の心は、まだ昨日の出来事に揺れていた。かつめし店の噂をたどり、ついに幻の店に関する手がかりを知っているという人物を見つけたのだ。しかし、その証言者は突如として姿を消してしまった。商店街の小さなカフェで会うはずだったその人物が、約束の時間に現れず、今もどこにいるのかは誰にもわからない。
凛は小さなメモ帳を取り出し、証言者についての情報を再度確認する。名前は高橋という中年の男性。彼は町の工場で働いており、数年前から「幻のかつめし店」に関する噂を知っていると地元では囁かれていた。そして、彼がその店の場所をほのめかした途端、足取りが途絶えたのだ。
「またか…」
幻のかつめし店に関する情報を得ようとするたびに、情報提供者がいなくなる。それも、不審なまでに突然姿を消すのだ。まるで、何か見えない力が関わっているかのように…。
凛が思案していると、不意に彼女の目の前に、一匹の猫が現れた。真っ白で美しい毛並みをした猫で、まるで人間のように賢そうな瞳で凛を見上げている。その猫はゆっくりと彼女に近づくと、突然口を開き、低く響く声で話し始めた。
「お前が凛か? 高橋に会おうとしていたな?」
凛は驚きで息を飲んだが、持ち前の冷静さでその猫の言葉を受け止める。
「どうして私の名前を…そして、高橋さんについて知っているの?」
猫は少し微笑んだように見えた。そして、ゆっくりとした調子で続ける。
「お前には、この街に潜む謎を解く力がある。高橋もまた、幻のかつめし店の秘密を知ってしまった一人だ。しかし、このままでは彼の存在も、やがて他の者たちと同じようにかき消されるだろう」
猫の言葉には奇妙な説得力があったが、凛は猫が何を言おうとしているのか、まだ半信半疑だった。
「どうすればいいの?高橋さんを助けることができる?」
「まずは自分の力を信じることだ。お前のカンフーの技は、ただ戦うためのものではない。自分の心を鍛え、真実を見抜くためのものでもあるのだから」
猫はそう言い残すと、凛の前から姿を消した。まるで幻のように、何もなかったかのように去ってしまった。
その日の夜、凛は自分の調査室に戻り、あの猫の言葉を反芻した。何者かがかつめし店の秘密を隠し続けている。それは、もはや都市伝説や単なる噂の範囲を超えて、何か巨大な陰謀に結びついているのかもしれない。
「高橋さんを見つけ出す…そして、幻のかつめし店の秘密を暴く」
凛は静かに拳を握りしめた。こうして、彼女の命懸けの調査が始まったのだった。
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