第32話 元気になったね

 幸い、赤ちゃん猫の傷は内臓には達しておらず、骨折などの大怪我もしていなかった。


 のあーるが助けたタイミングが良かったのね。

 ボス猫のひとりとはいえ、人間四人の包囲から赤ちゃん猫をかっさらうなんて、そう簡単なことじゃない。


 力や瞬発力だけじゃなくて、死地に飛び込む勇気とか、弱い者を見捨てない義侠心とか、そういうものが必要にあるのだ。


「のあーるすごい! おとこのなかのおとこ!」


 さくらが喜んでいる。

 のあーる、くま、ちゃちゃまるの三銃士は、さくらのお気に入りだからね。


「あたちはたすかったの……?」


 身体を横たえたまま、赤ちゃん猫が呟いた。

 目が覚めたみたいね。


「おはよう。もう安心して良いわよ」

「ここは安全!」


 私とさくらで毛繕いしてあげる。

 赤ちゃん猫は目を開き、そして安心したように閉じた。

 いまはお眠りなさい。

 私はふわりと尻尾を動かして、赤ちゃん猫を包んでやった。






 そして、三日ほどの静養で赤ちゃん猫はすっかり元気になった。


 ブルーグレーの毛並みは、たぶんロシアンブルーの血が混じってるわね。緑瞳もそんな感じだし。

 さくらはたぶんシャムの血が入ってるし、いまは野良の中にも洋猫の血がけっこう混じってきている。

 のあーるだってペルシャの血が入ってそうだしね。


 で、赤ちゃん猫は生後一ヶ月くらいの女の子で、まだ名前はない。

 私やさくらもあえてニックネームもつけず、赤ちゃんと呼んでいる。

 というのも、先生がもらい手を探してくれているからだ。


 さすがにうちではこれ以上は増やせないからね。先生自身が多頭飼いは初めてで、いまだに少し戸惑うこともあるのだ。


 で、先生の手が回らない部分は私がやっているのだけど、それはまた別の話。

 現状、さくらだってまだまだ悪戯盛りの子猫だし、これ以上数を増やすのは難しい。


 なので、伝手を当たって里親を探しているのである。

 保護センターや掲示板には頼らずに、個人的なコネクションを使っているのは、もちろん赤ちゃん猫が虐められた経験をもつからだ。

 確実に信用できる人間にしか託せない。


 そしてその日、おうちにやってきた女性に、私は見覚えがあった。

 直接の知己ではないが、幾度も顔は見たことがある。

 テレビの画面越しにね。


 エゾシカのバンに助けられた女性である。

 名前はたしか、シオリとかいったかな。


「はじめまして。ぴろちゃん。さくちゃん」


 やや明るくした髪はボブで、動きやすそうな服装とあいまって、あまり女性を感じさせない。

 しかもそういう格好をしていても嫌味じゃない爽やかさがあるわね。


「人間にゃ!」

「人間にゃ!」


 さくらと赤ちゃん猫は、ぴゅーっと二階にとんでっちゃった。

 人間に怯えてるというよりは、走り回って遊びたいだけね。あの子たちは。


「はじめまして。ぴろしきよ。妹たちの無礼はお詫びするわ」

「いえいえ。お気遣いなく。子供は遊ぶのが仕事だからね」


 にゃうと鳴いた私の背中を撫でる。

 謎のセリフとともに。


 なんか、私の言ってること理解していない? このシオリという女性。


「まさかね……」

「そのまさかだったりして」


 にこっと笑う。

 まじか……猫語が理解できる人間が存在するのか……。


「より正確には、ほとんどの動物の言語がわかるようになったって感じかしら。猫語だけじゃなくてね」


 先生には聞こえないよう、超小声で話す。

 人間たちのいうところの、サイレントニャーというやつね。アレじつはちゃんと声は出してるから。


「なったってことは……もしかして」

「そ。バンくんに助けられたとき、なぜか彼の言葉がわかったの」

「なるほど……」


 命の危機に際して能力が解放されたったことかしら。


「はぜろリアルはじけろシナプスってやつね」

「なんでぴろちゃんの歳でそれ知ってるのよ」

「先生の影響でね。古今東西のアニメ作品に精通しているのよ」

「ぴろちゃんって本当に猫?」


 ソファに座り、こいこいとシオリが手招きする。

 まあ、内緒話をするなら膝の上が最適ね。

 初対面なのに私を抱こうとはなかなかのつわものだけど、まあいいでしょう。

 私はぴょんとシオリの膝に飛び乗った。


「おお! すごいですねタニヤマさん。ぴろしきがいきなり懐くなんて、はじめてみましたよ」


 先生が感動している。

 ちょっと待ちなさいよ。私はべつに人見知りじゃないわよ。

 距離感ってのを大切にしているだけ。


 そもそも、ほいほいと誰にでもすり寄っていくのは、いい女のすることじゃないのよ。

 私がそんなピッチみたいな真似をするわけないじゃない。


 ぷんすかと怒ってみせるけど、当然のように先生には通じないのだった。


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