第31話 まずは一安心かな
あちこちエアガンで撃たれ、殴られたり蹴られたりもしたのだろう。
赤ちゃん猫はぐったりしている。
「ひどい……」
私はそばによってぺろぺろと舐めてやる。
「すぐに病院に連れて行く」
雪の上に膝をついた先生がそっと赤ちゃん猫を抱えあげた。
私はにゃあと鳴いて家の中に入る。
いつまでも外にいたら先生に心配をかけちゃうからね。緊急事態だから窓を開けたけど、本当はこういうことをしちゃダメなのよ。
「ぴろしき。大丈夫?」
家に入ると、すぐにさくらが近寄ってきた。
この子は脱走したときのトラウマから、外には絶対に出たがらない。
「私は平気。クズ人間も先生が始末してくれたわ。心配なのは赤ちゃん猫ね」
「ぴろしき勇ましかった」
「この家を守る戦士だもの。さくらもいずれ一人前の戦士になるわ」
身体をすり寄せ合った。
その間にも先生は動物病院に連絡を取ったり窓を閉めたりしている。あ、鍵も閉められちゃった。
ううむ。やむを得まい。
まさかまた私が外に出るとは思っていなかったんだろうし。
やがて、清潔なバスタオルで赤ちゃん猫を包んだ先生が、赤ちゃん猫を車に乗せて出かけていった。
「大丈夫かな……」
「なんともいえないわね。ぐったりしていたし」
それでも、のあーるが気づいて助けたからこそ、まだ生き残る目も出てきた。もしそうでなければ、クズ人間どもに殺されてしまっていただろう。
「人間って、どうして猫を虐めるんだろう?」
哀しげな表情をするさくら。
「そう主語を大きく取るものじゃないわ。クズはどこにでもいるものよ。人間の中にもヒグマの中にもね」
私は肩をすくめてみせた。
どうしようもないやつというのは一定数は存在する。人間に限った話ではないのだが、とにかく人間は絶対数が多いので、どうしてもクズが多いように見えてしまうのである。
猫に対して積極的な害意を持つ人間など、全体の一割もいない。
それでも日本で考えたら一千万人以上いる計算なのだ。
先生と赤ちゃん猫が帰ってきたのは、すっかり日が暮れたあとだった。
とても疲れた顔ではあったけど、それでも安堵がにじむのは赤ちゃん猫が一命を取り留めたからだろう。
私とさくらは、ふたりで赤ちゃん猫を守るように寄り添う。
医療用のフードを食べて血色も良くなり、いまはぐっすりと眠っていた。
「本当によかったわ」
私はぺろぺろと赤ちゃん猫を毛繕いしてあげる。
すぐにさくらも真似をした。
こうして、三人で川の字で眠ったのである。
その間、先生はいろいろやっていたらしい。
警察と連絡を取ったり、知人の弁護士と相談したり、けっこう夜遅くまで。
夢うつつに聞いていた感じだと、やっぱりあのクズ人間どもは高校生だったみたいね。
ということは本人の責任能力はあんまり問えなくて、親を相手にすることになる。
ただ、高校生だと警察が知るのは、明日の朝なんだってさ。
クズ人間たちには、一晩拘置所で怖い思いをしてもらうらしい。
で、朝になったら親を呼び出して説教タイム。その上で弁護士が訴訟について説明する手筈だっていってた。
そりゃあね、徒党を組んで武器を持ち、他人の家の敷地に入ってきたんだから、洒落では済まないのよ。
状況的には強盗未遂だからね。
未成年だからって大目に見てもらえる話じゃない。
ただ、私たちを襲おうとしたことについては、あんまりたいした問題にはできないのよね。
野良猫だったら動物愛護法違反、家猫だったら器物破損、そのくらいの罪にしか問えないのだ。これもまた人間のための法律だから仕方がない。
それにしても、クズ人間たちは、敵に回しちゃいけない人を敵に回しちゃったわね。
ぶっちゃけ先生はこの町の名士で知名度もあるし、顔も広い。
表から裏から手を回して、クズ人間どもの人生を終わらせるくらいわけないだろう。
やらないだろうけどね。
警察と弁護士が泣くほどびびらせたところに、充分に反省しているなら今回だけは不問に付すって感じに持っていくんだと思う。
優しさや寛大さからじゃなくて、心理誘導のため。
先生によって助けられた、と、強く印象づけることによって、グズ人間どもの復讐心を霧散させてしまうのが狙い。
策士よね。
野良たちに軍師なんて呼ばれる私だけど、先生の足元にもおよばないわ。
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