第26話 おうちは千客万来

「すごいこともあるもんだなあ。まさに、事実は小説よりも奇なり」


 先生がテレビを見ながらしきりに感心している。


 ダンガーをやっつけてから数日。

 流れの速いマスコミにあっても、まだまだあの事件は取り沙汰されていた。


 トラックでヒグマをやっつけたことも、エゾシカが人間の女性を救ったことも、まさに前代未聞だもの。

 動物行動学のえらい教授なんかは、ありえないことだって叫んでたしね。


 草食動物であるエゾシカがヒグマから人間を助けるはずがない。一目散に逃げるのが普通で、人間を背中に乗せて逃げるとか見たことも聞いたこともない、と。

 でも、いくらありえなくても、事実は事実として動かないのよね。


 女性を乗せて走るエゾシカの画像は、トラックのドライブレコーダーにもはっきりと映っている。

 客観的証拠ってやつで、反論の余地はない。


 ていうかさ、動物って人間が思っているよりずっと色んなこと考えてるのよ。クマ語やシカ語が判る人間って少ないから、本能のままに行動してると思ってる人が多いけど。

 船から落ちた少年が、マンボウに助けられたなんて話もあるしね。


 案外、人間に友好的なやつらも多いんです。

 反対にダンガーのように凶暴なやつもいる。

 これは人間だって同じだよね。いい人もいれば悪い人もいるわけで、人間っていう大きな主語で語るわけにはいかないでしょ。


「あれ? また庭に木の実が落ちてる。最近おおいよな。カラスのいたずらかな?」


 先生がベランダへと歩み寄る。

 しきりに首をかしげながら。


「山の動物たちがもってきてるのよ。『ごんぎつね』よろしくね」


 私はにゃあと鳴いて正解を教えてあげた。

 もちろん先生は猫語が判らないから、足元にきた私の背中を撫でただけである。


『ごんぎつね』のストーリーは知ってる人も多いだろうけど、おじさんのところにキツネのゴンが栗とかとどけるって話ね。誰が届けてくれるのか知らないままおじさんは喜んでたんだんだけど、あるとき届けにきたゴンを盗みにきたと勘違いしてしまうのよ。

 で、撃ってから届けにきてくれたんだって気づいて、「ごん、おまえだったのか」と語りかけるという哀しいラストシーンが有名ね。


「誰が持ってきたのかわからないものを食べるなんて、おじさんチャレンジャーだね」


 さくらが首をかしげる。

 それな。


 野良猫を殺すために毒餌をまく人間もいる。落ちてるものを食べるってのは、かなり控えめにいってもリスキーだ。

 まして、動物が持ってきたような木の実を人間が食べるというのも、だいぶアレよね。

 どんな菌が付着しているか知れたもんじゃないわよ。


「まあ、きっとすごく貧乏で飢えていたのよ」

「銃を持ってるのに?」

「そこは突っ込まないであげて」


 きゃいきゃいと人間の創作物をネタにして盛り上がる。


 その様子を微笑ましく見守っていた先生だったが、不意に携帯端末をとりあげる。

 かしこまった話し方をしているところをみると、出版社の人からかしらね。

 





 先生が電話している間、私とさくらは庭を見張っていた。

 正直なことをいうと、山の動物たちからの捧げ物にはちょっと辟易している。


 私だって先生だって、もちろんそんなもの食べないし。

 最初なんて、バロンが狩ったネズミとか持ってきたからね。

 ぶん殴ってやろうかと思ったわよ。


 私もさくらも野生には生きてないから、そんなもん食べないって。

 ぜってーナマモノをもってくんなよって何度も何度も念を押した結果、どんぐりだのこくわだの、しょーもない木の実が庭に置かれることになった。


 食料の減る山からわざわざ持ってくんなっていってるんだけどね。

 私らは食べ物に困ってないし。


 でも、山の動物たちの気持ちなんだそうだ。明日は我が身って震えてた恐怖から解放してくれたのに、礼の一つもしないでは終われないんだってさ。義理堅いことよね。

 まあ、木の実は野良猫たちが美味しくいただいてるから良いんだけどさ。


 やがて、通話を終えた先生がソファに腰掛けた。

 すかさずさくらが膝に飛び乗る。

 早業ね。あなた。

 出遅れた私は先生の横に香箱座りをし、ごろごろと喉を鳴らした。


「こないだの事件が住んでいる街の出来事だと知ったらしくてな。これを題材に一本書いてみないかと言われたよ」


 右手で私を、左手でさくらを撫でながら独りごちる。

 なんとまあ、ひょうたんから駒な話じゃない。


「ぴろしき、うれしそう」

「そうね。先生の仕事に役立てることなんて滅多にないもの。とても嬉しいわ」


 私はさくらににっこりと笑いかけた。


 

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