第27話 調子のってる?

 動物が人間を救うなんて、普通にファンタジーだものね。

 ノンフィクションとかいったら取材も大変だろうけど、いつも通りのファンタジー小説として描けるから先生はノリノリで執筆している。


「おれも登場するんすかね。どうせなら格好よくてかいてほしいっすね」


 夜半、人目を忍んで遊びにきたバンが、ぶふふんと鼻息を荒くした。

 救出劇の立役者だからね。


 彼がいなければあの女性は助からなかったし、人食い熊ってことになったら山の動物たちだって救われない、

 大規模な山狩りがおこなわれ、かなり環境は荒らされてしまうだろう。


 本州の人たちはヒグマの怖ろしさをずいぶんと過小評価しているみたいだけど、北海道にそんな人間は一人もいない。

 三毛別羆事件や福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件など、痛ましい熊害が幾度もおきているのだ。


 最近でも、ヒグマに襲われたとみられる死体が発見されている。

 ヒグマを射殺した際に必ずといって良いほど出てくる「クマが可哀想」なんて意見に対しては、鼻で笑っている人がほとんどだ。


 ヒグマと人間の共存共栄は不可能で、できるのは棲み分けだけ。

 互いに接点を持たない、これしかないのである。

 そして今回のダンガーみたいに凶暴なやつが相手だと、棲み分けもへったくれもない。


「そりゃあ出るでしょうよ。あなたがいなければ始まらないんだから」

「たのしみっすねぇ」

「なんでよ。あなた人間の文字なんて読めないじゃない」


 そもそも小説を買うお金だってないし、エゾシカが書店にごめんくださいって現れたら大パニックですよ。


「人間たちの噂話を聞くだけでも楽しいっすから」

「ちょっとしたヒーローだものね。助けられた女性も、バンに会いたいってコメントしていたし」

「イヒ! モテモテっすね!」


 だらしない顔しちゃって。

 会いにとか行っちゃダメだからね? 判ってる?


「飼ってもらえるかもしれないじゃないすか」

「独身女性の財力で、あなたを入れておくような広い檻は用意できないってば」


 それ以上に、檻に入れられた生活になんか耐えられないと思うわ。

 森の中を走り回りたい欲求に耐えられなくなるんじゃないかしら。

 いくら三食昼寝つきっていってもね。


「そもそも、バンの顔だって憶えているかどうかあやしいし」

「きっと種族を超えた愛が芽生えるんすよ」

「ないない」


 ぱたぱたと右脚を振る。

 そんな美味しい話はありませんよ。


 それに、人間ってけっこう動物の個体識別が苦手だから。

 被毛の柄で憶えたりするくらいだもん。

 ひとりひとりかなり違うんだけどね。人間の顔がそうであるように。


「かりに愛が芽生えたとしても、異常な状況下で結ばれた男女は長続きしないものよ」


 有名なセリフを投げてあげる。

 月明かりの下、バンがとても嫌な顔をした。






「ついに姐さんがクマ殺しの称号を得てしまったね」


 バンが帰った後、のあーるがひょっこり現れた。


「のあーる!」


 さくらがぴょんと窓枠に乗る。


「やあやあ」

「やあやあ」


 仲いいわね。あなたたち。

 脱走のときに助けてもらって以来、良好な関係を築けているようだ。


「そんな称号いらないわよ。そもそも、私が倒したわけじゃないわ」


 私は苦笑してみせる。

 しがない家猫なのよ。こっちは。

 ちょっとアイデアを出しただけのね。


「まさに安楽椅子軍師だね」

「安楽椅子探偵なら格好いいけどね。私のアイデアでバンが命をかけたのは事実だし、一歩間違えば女性だって死んでたんだし」


 のあーるの言葉に肩をすくめる。

 とても自慢する気分にはなれない。

 結局、私は頭の中でちょっと考えたことを口にしただけの、世の中を知らない小娘に過ぎないわけだ。


「小娘って歳じゃ、あ、いえ、すみません。なんでもないです」


 私の自嘲になにか返そうとしたのあーるだったけど、すごくヒクツに引っ込める。

 そこまで言ったなら最後まで言っちゃいなさい。


「でも、ぴろしきがいなかったらバンも死んでたんじゃない?」


 こてん、と、あざとい仕種でさくらが小首をかしげた。

 そう言ってもらえると、少しは救われるわね。


 私はぺろぺろとさくらの毛繕いをしてやる。

 気持ちよさそうに目を細める白猫。


「百合百合しいのはけっこうなんだけどさ、このへんの木の実はもらってかえっていいかい? こういうのも食べさせないと偏るからね」


 にへらと笑うのあーるだった。

 偏るって、なにが?


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