第12話 おかえり
先生を先導して家の中に入る。
あとはボス猫たちに任せて、先生を休ませるためだ。
「ソファでいいから横になりなさいな」
「ぴろ……」
肘当て部分にぴょんと飛び乗って一声鳴けば、先生はキツネにつままれたような表情で腰をおろした。
驚いているわね。
無理もないけれど、私たち猫にだってコミュニティはあるのだ。地域猫たちは頻繁に集会を開いてるしね。
私は先生の膝の上に移動し、そのままぐーっと身体を預ける。
一休みしましょう。
押し倒されるように身体を横たえた先生は、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。
寝たというより気を失ったみたいな感じかしらね。
無理しすぎなのよ。
私は枕頭に身体を丸める。
ごろごろと喉を鳴らしながらね。
安心したのか、無意識に先生の腕がのびて私の毛並みを撫でる。
ふふ。甘えん坊ね。
よほど疲れていたのだろう。
ソファに身体を横たえたまま、先生は真夜中まで眠っていた。
そのせいで私のごはんを用意できなかったのはご愛敬ね。そんなことに文句を付けるほど、私は心の狭い女じゃないわ。
でも、さすがに起こさないわけにはいかない事態が起きた。
捕獲器になにかかかったのである。
物置から、哀しげな鳴き声が聞こえる。
いや、なにかっつーか、さくらだね。
ボス猫たちがうまく誘導してくれたようだ。
「先生。起きて」
がりがりと足を引っ掻いてあげる。
「いたたた。どうしたんだ? ぴろ」
「物置を見てくると良いわよ」
私はにゃあんと鳴いて、庭の物置の方を見つめた。
それで察したようだ。
「まさか!? かかったのか!」
押っ取り刀で先生が庭へと走って行く。
そして戻ってきたとき、手には捕獲器をぶら下げていた。
中では白い毛玉がジタバタしている。
おかえり。さくら。
一階のすべての窓とドアが閉まっていることを再確認し、先生が捕獲器を開いた。
「うわぁぁぁぁーっ!」
雄叫びとも悲鳴ともつかない鳴き声をあげて、檻から飛び出したさくらが仏間へと走り去っていく。
なんだかやたらと既視感のある光景ね。
「よかった……本当に良かった」
大きく深い息を先生が吐いた。
そのまま、どっかりと床に座り込んでしまう。
心労も祟っていたんでしょうね。
おつかれさま。
とことこと近づき、膝に乗ってあげる。
「ぴろ。ありがとうな。お前のおかげだよ」
「お礼ならボス猫たちに言うことね。私は頼んだだけなのだから」
彼らはちゃんとプロの仕事をした。
あとで私からもお礼を言っておかないとね。
そして、もうさくらが逃げないように網戸を直してもらわないと。材料費をけちって自作したせいでこんなことになったんだから、次はちゃんと業者にやってもらいましょうよ。
私はにゃあんと鳴いてみせた。
すると、仏間からさくらがふらふらと出てきた。
真っ白の毛並みはぼさぼさ、右目の上に傷があり、身体も痩せ細って一回りは小さく見える。
かなり痛々しい姿だ。
「ぴろしき……センセ……」
ようやくここがおうちだと認識できたのかな。
安全な場所だと。
私はとんと先生の膝から降り、場所を譲ってあげた。
よたよたと近づいたさくらが先生の膝にのぼって身体をまるくする。そしてすぐに目を閉じた。
あらら。
さっきの誰かさんと似たような状態ね。
この一週間、まともに寝てなかったのだろう。
「さくら。心細かったよな」
すっかり薄汚れてしまった被毛を撫でながら先生が呟く。
今日ばかりはイチャイチャしていても怒らないから、好きなだけくっついていなさいな。
さてと、私も安心したらおなかが空いたわね。
なにか食べておこうかしら。
そう思ってエサ置き場に行ったら、なんだかエサとおやつと予備の器が散乱している。
「なにごと?」
すわ泥棒でも入ったかと警戒したのだけど、すぐに原因に思い当たった。
先生の仕業だ。
ボス猫の三人にエサを貢ぐために、ここでばたばたしていたのだろう。
「よっぽど焦ってたみたいね。あ、らっき。ちゅー○の口が切ってある」
器に入れていこうとしたのかしらね。
私はにゅふふと笑い。左前肢で根元を抑える。
そして右前肢の肉球を入れ物の上を滑らせて、中身をにゅーっと押し出した。
この香りは海鮮ミックスね。
嫌いじゃないわ。
「いただきまーす」
床にびろーんと広がった液状おやつを、私はぺろぺろと舐めとっていった。
うん。
おいしい。
このおやつを考えた人って、天才じゃないかしら。
もっとも、こんな美味しいものばっかり食べてたら病気になってしまうかもだけどね。
栄養的にはカリカリの方がバランスが取れてるのよねぇ。
散乱してるから、あとでこれも食べようっと。
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